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「うわああああ! ベルソフだ! ベルソフの作品じゃないですかこれ! アシャリさん、何ですこれは! 凄いじゃないですか、ベルソフの護衛だったなんて! ほら見てくださいこの歩行補助機チューブ、ベルソフって書いてます。しかもめちゃくちゃ大きい文字で! 筆跡も機械のつくりも設計のクセも間違いなくベルソフですよアシャリさん! 本物! うわああああああああ出会いに感謝!」


 アシャリはげんなりとした顔で成すがままにされていた。腰にむしゃぶりついているこの、第一印象より更に滅茶苦茶な少女から提案されたのは「彼の体に植え付けられた機械を好きに調べさせること」だった。


 了承してしまった。


「元」が付くとは言え、強壮でなければならないフエルテの戦闘員が、年若い一般人相手に、明らかに気圧されている。


 どうにか興味の矛先を逸らせたくて「あいつの部屋にあった設計図をいくつか拝借してきている。見るか?」と言ったのも良くなかった。途端「感激!」と、小柄な体に似合わない、まるで熊のような剛力で抱きしめられた。とはいえ銃後の、しかも未成年の女性に乱暴に触れるわけにもいかない。歩行補助機が彼女を引っぺがしてくれるまで、アシャリはずっとげんなりとした顔で縮こまっていた。


「いやはや、失礼しました。お見苦しいところを」なんて平然と言ってのける少女にまたデジャブを感じる。「アシャリさん、うちで暮らしません? 私ベルソフを敬愛していまして。同郷ですし、世界でたった二人しかいない、私を上回る天才技術者ですし。ついでに私にベルソフの遺稿を預からせてほしい。丁重に遇します。ぜひ」


「……設計図やメモが必要なら君に譲渡する。俺が持っていても仕方ないものだから。別に居候させてもらう必要はない。腰のこれも必要なら、引っぺがしてくれていい。壊さないかぎりは、自由にしてくれて構わないから。あいつの物を大事に扱ってくれるような人に託せるなら、俺はもう──」と、椅子から立ち上がろうとして、腕を掴まれた。


「セラースカ?」問いかける。真っ直ぐな瞳がじっとこちらを見ている。


機械マキナというものは、大抵の場合何らかの意図を持って作られるものです。空を飛びたい、遠くの人と話がしたい。そういった分かりやすい願いから、個人的なものまで。機械には、生身の人間にはできないことを叶えてくれる、祈りの魔法が込められているんです。だから私は機械を愛している。私はそういったものも含めて、ベルソフの仕事を解き明かしたい。歩行補助機チューブを、意味結界アンブレラを、自動止血具ソーイング・セットを開発した彼女の根源に触れたいんです」


「何を言って……」


「きっと、あなたが鍵なんです。その歩行補助機とくべつが、それを示している」


 似ている、と思った。目指すものに真っ直ぐに突き進む在り様が、まるで照りつける太陽のような強引さが。


「アシャリさん、私と一緒に、ベルソフの遺言を解き明かしませんか。職員のほとんどが死に絶えたとされるフエルテで、彼女が何を考えていたのか。あなたに、なぜそれを託したのか」


 何にも知らないはずの少女を。きっとベルソフのことなんてニュースや風の噂でしか聞いたことのないだろう少女を。アシャリは重ねてしまった。ゆっくりと、頷く。「やったあ! 決まりですね!」セラースカが彼の手を取って笑った。彼の体に寄り添った歩行補助機が、不機嫌そうな様子でその手を小突く。


「これで『ベルソフが何を考えていたのか、一番近くにいた俺が知らないわけないだろ』みたいな感じで断られていたら、私だいぶかっこ悪かったですね」


 微笑み方まで、そっくりだった。

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