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 マテ茶の香りに目を覚ました。ベルソフがいつも研究室で飲んでいた、いつまで経っても耳慣れない名前の嗜好品。奇妙な形の茶壺から、ボンビージャなる金属製のストローで液体を啜る彼女の姿は、不思議と様になっていて愉快だった。一度アシャリも飲んでみたことがあるが、喉が焼けるように熱いばかりで、とても飲めたものではなかった記憶がある。


 どういう訳か、アシャリはベッドの上で寝かされているらしい。毛布は使い古されて薄くなっているが、それでも確かな温かさがあった。肩から体のこわばりが解れていくのが分かる。けれど、そのままくつろげるわけもない。身を起こして周囲を窺う。アパルトマンの一室だろうか。誰かが暮らしているのが分かる部屋だった。白い作業着が脱ぎ散らかされている。


 かた、と音がして、キッチンの方から人が出てきた。背は低い。少女だ。ベッドの側に捨て置かれている作業着と同じものを着ていた。髪を乱雑に後ろで束ねて、衣類や書籍の山を避けながら、ふらふらとした足取りで近づいてくる。


「目が覚めたんですね。ちょうど良かった。今マテ茶を淹れたところなんです」


 少女は奇怪な壺をずぞぞぞぞ、と啜ると、ふう、と息を吐いて手渡してきた。数拍アシャリが躊躇うと「どうぞお気兼ねなく。ウェルカムドリンクです」と大仰な身振り手振りを交えて笑う。ベルソフは本人のマイペースな性格もあってか、全部ひとりで飲んでしまうが、どうもこの飲料は回し飲みを前提とするものらしかった。アシャリはそういう情報を知っている。覚悟を決めて口を近づけると、冷たい感触が唇に触れた。思っていたよりも土臭い。目を開けると、歩行補助機チューブが割り込むようにしてアシャリの唇を抑えている。二本交差させてバッテンの形を作りながら。


 それを見た少女は目を丸くして「おじさ、まだお兄さんですね、いや、それじゃちょっと馴れ馴れしいですかね、ええと、そこの……「アシャリ」アシャリさん」と話し掛けてくる。「その歩行補助機、凄いですね。いやええと、その、そもそも歩行補助機で合ってます? 自律機能が付いているので? ちょっと拝見しても?」


「貰い物だ。詳しいことは知らない。作ったやつ曰く、特別製、らしい」アシャリは小さく息を吐いた。「どうも君には助けられたらしい。捨てるつもりの命とはいえ、感謝する。名前を伺いたいのだが」


「セラースカです」少女は笑った。微笑み、と形容するにはずいぶんとぎらついた表情だった。やけに顔が近いし、姿勢も前のめりである。岩でも穿つつもりかと思うほどに、真っ直ぐな眼光がアシャリに向けられている。嫌な予感がした。アシャリはどこかでこの笑みを見たことがある。そして、そういう時は大抵、人間台風めいた、断りづらい何かを頼まれるものだった。


「私は、。アシャリさん、早速なんですが、恩返し、してみる気はありませんか? 気軽で簡単にお礼ができるコース、今思いついたんですが。もしよかったら、ぜひ。ぜひ」

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