第22話 春斗の告白
気づくと春斗は雪子を抱きしめていた。
「はると…… くん?」
雨に濡れただけではない。
きっと、昼休みから今の今までずっと雪子は一人、ここにいた。
計り知れない痛みに苛まれながら、孤独に耐えていたのだろう。
春斗は自身の不甲斐なさに怒りを押し殺した。
雪子の口からあんな台詞を聞くなんて。
それを言わせてしまった自分が、今まで呆然と黙って見ていることしかできなかった自分を殺してやりたい。
冷たく強張る雪子を抱きしめる。
少しでも自分の体温を分けてやりたかった。
無慈悲な雨から守ってやりたかった。
「好きだ」
このときの春斗に深い考えはなかった。
ただ、雪子の耐えきれずに吐き出された心情に感化されたように言葉が溢れた止まらなかったのだ。
「俺は、雪子が好きだ。ずっと、昔から。初めて出会ったあの日から、雪子のことが好きだ」
「……う、そ」
春斗の厚い胸板に顔を押し付けられた雪子は信じられないとばかりに力なく答える。
あの春斗が自分なんかを好きだなんて、なんて酷い冗談だとすら思った。
いや、優しい春斗はわざわざ自分なんかを慰めようとしているのだと。
そう言わんばかりに、雪子は目を伏せる。
だが、春斗は諦めない。
二度目の告白まで無かったことにされたくなかった。
「……昔、一回お前に告ったときも信じてくれなかったな」
雪子が春斗達とは違う中学に進学すると知ったあの日。
あの日、春斗は待ち伏せした雪子に勇気を出して、初めて告白をした。
「うそだ…… だって、だって、春斗君は、ずっとお姉ちゃんのことが……」
雪子はあの日の春斗の告白を信じなかった。
信じられなかったのだ。
皆が春斗と苑子が付き合っているのだと噂していた。
それにどれだけ雪子が傷ついたことか。
そのときにはもう春斗は遠い存在となっていて、雪子から声をかけることなどできなかったし、する勇気もなかった。
だから、春斗の告白をなんて酷い冗談だと思い、逃げたのだ。
春斗の顔なんて見れなかった。
春斗がどんな顔で自分なんかを好きだと言ったのか、逃げる自分をどのように見ていたのか、雪子は知らない。
「俺は、雪子が好きだ。お前だけが好きなんだ」
「……そんなこと、」
「なんで信じてくれないんだよ。俺がどれだけ雪子に惚れてんのか…… 我慢できなくてキスするぐらい、愛してんのに」
「っ……」
「俺にキスされるの、嫌だったか……?」
「……」
雪子は口ごもる。
実際雪子とて今朝の春斗の唐突な行動に対する自身の気持ちがよく分からなかった。
唯一断言できるのは、嫌ではなかったこと。
むしろ、その逆だった。
「好きだ。何度だって、言ってやる。雪子が信じるまで、何度でも」
春斗は濡れた雪子の髪を撫でる。
腕の拘束は未だ強いのに、大事な宝物に触れるような繊細な手つきだ。
雪子の、長く、綺麗な黒髪。
その髪を、春斗はうっとりと手に取る。
雨と汗で濡れた髪から香るシャンプーの匂いに、春斗は一瞬、目を伏せる。
その髪の感触と懐かしい匂いは、微かな痛みを春斗に与えたが、春斗自身すら、それに気づくことはなかった。
雪子は恐る恐る春斗を見上げる。
雨に濡れた初恋の幼馴染の綺麗な顔。
昔と違い精悍さが増した春斗の顔。
唐突に男の人の顔だと雪子は思った。
(春斗くんのこんな顔……初めて見た……)
痛みに耐えるような、何かを切望するような春斗の表情に雪子は魅入った。
雪子が信じなかったあの日の告白。
(あのときの春斗くんも、こんな切ない顔をしていたの……?)
春斗の指がそっと雪子の目元を撫で、頬を辿り、唇に触れる。
雪子の青褪めていた顔が一気に赤くなった。
慌てて春斗の視線を、無言で自分を熱っぽく見る春斗の視線から目を逸らした雪子は気づかない。
春斗の手が、指先が微かに震えていたことに。
雪子がそれに気づかなかったことに春斗は内心で深く安堵していた。
「俺はずっと、雪子のことが好きだ。雪子を守りたい、幸せにしたい」
春斗は誰よりも強く、頼りになる男になりたかった。
特に好きな子には決して弱味を見せない、そういう男に。
「もう、我慢はしない。お前を誰にもやらない。二度と辛い目には遭わせない」
「……はると、くん」
雨はまだやまない。
冷たい雨に曝された二人はそんなことまったく気にならなかった。
互いの熱が乗り移ったように、熱かった。
心も体も、全てがかつてないほど熱く焦がれていた。
「俺に、お前を守らせてくれ」
春斗の顔が降って来る。
今朝と同じ様に雪子は抵抗しなかった。
無言で目を閉じる雪子に、春斗も同じように目を閉じる。
間近でより強くなる雪子の香りと唇の柔らかさに春斗の心は漸く安らぎを覚えた。
「好きだ、昔から、ずっと、」
キスをする間、春斗は一度も瞼を開くことはなかった。
何度も、何度も、雪子の濡れた髪を優しく撫でながら、春斗は甘く優しく、雪子に愛を告げる。
雪子にしっかりと言い聞かせるように。
「ずっと、好きだったんだ、 ……」
そう、ずっと春斗は、 が好きだった。
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