第4話 初キッス
その後、どっちつかずの甘く曖昧な時期を経て――小織ちゃんの中学卒業とともに、喜一にもことの次第を報告。「分かってんだろうな、お前」という呪詛ともつかぬ祝福の言葉を承り、晴れてお付き合いする運びとなった。
しかし、小織ちゃんが高校に入学すると、今度は俺が大学受験。初々しい日々を満喫できたのもほんの数ヶ月ほど。夏に入れば、いよいよ受験勉強は本格化し、小織ちゃんは小織ちゃんで吹奏楽部のコンクールやら何やらがあって、ウフフアハハな夏休みなどどこへやら。ようやく手をつなげた――程度の進展具合。
仕方ないだろう……!
なかなか会えない上……年の差がある。まあ、たった二歳差ではあるが。俺は小織ちゃんを中一の頃から知っている。ほんのちょっと前までランドセルを背負っていた頃から小織ちゃんを知っているのだ。
正直……やはり、手を出しづらかった。
蝶よ花よ、と育てられ、テレビでキスシーンが流れれば、それだけで顔を真っ赤にして目を逸す姿も見ていた。俺が初めての彼氏であることも分かっていた。当然、処女であることも自明の理というもので。そもそも……そういう知識があるのだろうか、ということすら危うい。
そんな彼女にキッスをして押し倒す――なんて童貞の俺にはベルリンの壁の如き難関だった。
いったい、どれほどのチャンスを棒に振ってきたことか。きっと数えきれないほど……だろう。野球選手だったならば、とっくに戦力外通告だ。
でも……大事にしたかったのだ。
どれだけ腑抜け、と罵られようと――実際には、誰にも言ってないから、誰にも罵られたことはないけども――知ったことか。俺は小織ちゃんのためならば、たとえアソコがいつか石となってしまおうとも耐えられる。いつまででも待とう。小織ちゃんが本当の本当に身も心も俺を受け入れる準備ができるまで。その確信が得られるまで、俺は小織ちゃんへの下心は真心に変え、一切の邪な欲望は○ENGAに注ぎ込もう。そんな覚悟を決めてしまえるくらい、俺は小織ちゃんのことを好きになっていたんだ。
だから、今年もその意気込みも新たに、俺は元旦から一人で勤しんでいたわけなのだが……その話は、ちょっと置いといて。
無事、大学に合格し、俺もピッカピカの大学一年。小織ちゃんは華の高校二年生になっていた。
他県の大学に進んだため――といっても、実家から電車で一時間ほどだが――年の差に加えて、距離まで離れることになってしまった。
寂しくないと言えば大嘘極まれりになる。でも、お互い、それを紛らわすように欠かさず、連絡を取り合い、逢える日を心待ちにした。物理的距離は広がったが、心の距離は縮まった気がする――なんつって。
その証拠に……とうとうキスもした。
大学に入ってすぐのGW。小織ちゃんが俺のアパートまで遊びにきてくれたときのこと。『日帰りで帰せよ』と喜一からの
初めて俺の部屋に来て、はしゃぐ小織ちゃんは一段と可愛くて。ふんわりとしたドット柄のブラウスにロングスカートを着たその姿が、また愛らしくてグッと来るものがあって。ベッドに並んで座った瞬間、ずっと堪えてきたものが爆発しそうになった。
どれだけ吐き出そうと、底なしの泉の如く、それはどんどん湧いてきてしまう。卑しく身勝手で独りよがりの欲望――そんなものを小織ちゃんに浴びせるわけにはいかない。それは後ほど、TEN○Aさんに受け止めてもらうとして……と必死に自分を諌め、己を鎮めた。
そんなとき、小織ちゃんはそっと俺の手に触れてきて、
「あの……」
指を絡め、じっと俺を上目遣いで見つめ、意味深にそれだけ言った。その唇は熟した桃のように瑞々しく潤い、なんとも柔らかそうで……そして、物欲しそうに見えた。
なんだかんだで、俺も限界に来ていたんだろう。どれだけ己を鎮め、不埒な気持ちを紛らわせようと……それが無くなることはない。結局、腹の奥底で燻っているのだ。いつ、どんなきっかけで爆発するとも知れない、危うい火種となって。
「ん……」
まだ窓からは燦々と神々しい陽の光が注ぎ込んでいた。
眩い真昼間の部屋の中、俺はとうとう我慢ができずに小織ちゃんの唇を奪ってしまった。
初めて触れたそれは、ふんわりと柔らかく、今にもとろけそうな甘美な感触で。気づけば、貪るように何度もその感触を味わい、その勢いで雪崩れ込むように小織ちゃんをベッドに押し倒していた。
理性が飛ぶ、という感覚も、俺はこの日、初めて味わった。
ベッドの上で抱きしめたその身体はあまりに華奢で、『守ってあげたい』という想いと『奪いたい』という想いが俺の中で激しくぶつかり合うのを感じた。
唇を合わせたまま、ほっそりとしたそのラインを確かめるように小織ちゃんの身体に手を這わせ、ふいに、なだらかな膨らみに指先が触れた。
その瞬間、ビクン、と小織ちゃんが身体を震わせ、途端に緊張がその身に走るのがはっきりと分かった。
そこでようやく、俺はハッと我に返った。
今にも沸騰しそうなほど熱く全身を駆け巡っていた血潮が一気に冷え切るのを感じた。
「あ、ごめん……!」
慌てて飛び退くように小織ちゃんの身体から離れ、俺はベッドから降りた。
ゆっくりと身を起こす小織ちゃんの髪や服はすっかり乱れ、濡れそぼった唇がまた生々しく罪悪感を煽った。
その夜はさすがに……自己嫌悪と申し訳なさで、TENG○さんにお世話になる気も起きなかった。
そして、この日、俺は己の不甲斐なさを思い知り、今後はさらに徹底したシコ……自己管理を行うことを心に決めたのである。二度と、小織ちゃんにこんな不意打ちのようなマネをしないように。
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