第2話 どうしたんだ、小織ちゃん!?
なんで俺!? と世界中の誰よりも俺が思った。
喜一の家でトイレを借りて出てきたら、小織ちゃんが俺を出待ちしていて……。なんで、俺? なんで、俺? と頭の中で何度も繰り返しながらも話を聞いてみれば、
「お兄ちゃんと仲良くなりたいの。誕生日プレゼント……選ぶの手伝ってくれませんか?」
なんの因果か――前世で俺はガンジーか何かだったのか――、こうして俺は小織ちゃんと一緒に喜一のプレゼントを選びに行くことに。
それを『初デート』と呼べば、妹に『は? 死ねよ』と言われるだろうが。まあ振り返ってみれば、それが初デートのようなものだったのだろうと思う。仲良くなったきっかけだった。
それから、よく小織ちゃんの相談に乗るようになって、さりげなく俺は喜一にも『小織ちゃんに冷たすぎる』と諭して二人の兄妹仲を取り持った。
俺たちが高校に入る頃には――学校が別になったこともあったのだろう――二人の間で会話も増えて、喜一も小織ちゃんを『小織』と呼ぶようになっていた。そして、ちゃっかり俺も『宗弥くん』なんて呼ばれるようになっていた。
とはいえ、その頃はまだ俺も小織ちゃんのことを妹のようにしか思っていなかった。小織ちゃんを恋愛対象になんて見てなくて……高二になった頃には、俺は同じクラスの高坂さんと付き合い始めた。
生まれて初めてのカノジョだった。
三ヶ月でフラれた。
びっくりした。
忘れもしない、高二のクリスマスである。
高坂さんは待ち合わせに現れなくて……『やっぱり、ちょっと無理』と俳句にもならない短いLINEのメッセージだけが来た。一句ぐらい詠んでくれや、と思ったものだ。
失意に暮れた俺が向かったのは、もちろん、喜一のところだ。
「なんで来る!?」
おモテになるくせに、女に興味のない喜一。クリスマスでもやっぱり家にいた。しかも勉強してた。
もう失うものは何もない俺は、デスクに座る喜一の前で床に正座し、「慰めてください」と頭を下げた。
ちょうどそのとき、ノックする音がして、
「お兄ちゃん? お風呂あいたよ」
おずおずと呼ぶ声がした。――小織ちゃんだった。
「おう」と喜一は迷いなく立ち上がり、「風呂、入ってくるわ」
「え、俺は……!?」
「知らん」
すっぱりと見捨てられた。
喜一はさっさと部屋を後にし、俺は一人寂しく残された――と思いきや。
「宗弥くん……」
静まり返った部屋にぽつりと小さな声が響いた。
あれ? と振り返ると、
「来てると……思わなかった。今日、クリスマスだから……」
開かれたドアの向こうに立っていたのは、モコモコとした寝巻きにハーフパンツを履いた小織ちゃんだった。
女の子の成長というものは目紛しいものである。背と毛だけ伸びていくだけのような俺たちとは大違いだ。
小織ちゃんは中三になって、本当にグッと大人びた。
背も伸びたし、身体は柔らかな線を描くようになって、黒く艶やかな髪は背中までになっていた。
無邪気だった可愛らしさは恥じらいを帯び、ふっと浮かべる笑みはちょっと憂いさえ感じさせた。そのときはお風呂上がりということもあって、髪はしっとりと塗れ、肌は火照ってほのかに色づき――また一層、艶かしく見えた。
変な男に捕まらないといいけど……なんてオッサンみたいなこと考えながら、
「あー、いやぁ……フラれちゃって」とわざとあっけらかんに言って笑って見せた。「クリスマスなのに」
自分で言ってて虚しくなって、顔を前に向き直した。
「喜一に慰めてもらおうと思ったんだけど相手もしてくれないわー。身も心も冷えきちゃって風邪ひきそう」
いやいや、俺は何を言ってんの?
恥の上塗りというやつである。誤魔化そうとすればするほど惨めになっていく。
居た堪れなさすぎて「小織ちゃん、慰めて〜」なんて酔っぱらいのおっさんじみたことを冗談っぽく言うや、パタン、と扉が閉まる音が背後でした。
え? 小織ちゃんにまで見捨てられた!? とゾッとした瞬間、首元にするりと絡みついてくるものがあった。
たちまち、ほわりと甘い香りに包まれて、ふにっと背中に優しい弾力を感じた。
え? え? どゆこと? とパニくる俺の耳元で「ほんとだ」と呟く声がした。
「宗弥くんの体、すっごい冷たい……」
首元に絡みつくそれはさらに強く絡みついてきて、背中に感じる感触も生々しさを増していった。
師走の凍てついた風に打たれて冷え切っていたはずの身体が、じわじわと熱を帯びていくのを感じて――焦った。
「こ……小織ちゃん、ですよね?」
この場に小織ちゃんしかいないのだから、小織ちゃんだろうが。
その感触も、その切なげな声も、とてもじゃないが小織ちゃんのものとは思えず。そもそも、小織ちゃんが俺に抱きついてくるなんてあり得るはずもない――と、そのときは思ってたから。その非現実的な現実に脳の処理が追いつくはずもなかった。
「えっと……」と急に、その声は緊張を帯び、「さ……サンタです」
「サンタさん!?」
ぎょっとする俺に、「――ということにしてください!」と声は続けた。
「今は……まだ……」
『まだ』――と言った小織ちゃんのその言葉の意味をはっきりと知ったのは、それから数ヶ月後。小織ちゃんの高校受験真っ只中のバレンタインだった。そのとき、告白され……初めて知った。妹のように思っていた小織ちゃんが、ずっと俺のことを男として見ていたのだ、と。
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