8オルトロス

屋敷から少し離れた所にある森の中を駆ける。


少しずつ周りが明るくなってきた時間帯。私はいつもの日課である鍛錬をするためにこの森に入ってきた。屋敷に用意されていた動きやすい服装に腰には私が使っている細身の剣。魔王リアンが使っていたらしい魔王城で拾った剣は屋敷に置いてきた。


鍛錬をするだけならこの剣一本で十分なのだ。


「ここら辺でいいかな」


高い木々が並ぶ森の奥深くに少しだけ開けた場所に出た。


ここに来る間にも少々魔物は出たが、それほど大物ではなく私でも十分倒せるような相手ばかりだった。街の中心から離れているとはいえ一応王国内ということもあり、魔物対策は施されているらしい。大きな魔物が入らないよう王国の騎士たちは常日頃から見回りや、退治をしてくれているんだろう。


私たち平民が平和に暮らせているのはサブリオン王国の王様たちのおかげということである。






シュッという風を切る音が静かな森の中に鳴る。

木々の隙間から明るい日差しが差し込み。照らされた足元にぽたりと汗が落ち、土に染み込んでいった。


使い慣れた剣だけど、やっぱりあの魔王リアンが使っていた剣に比べると劣るな。自分の思うように剣が従ってくれるようなあの振り心地はこの安物の剣では味わうことができない。


ウィリアが使って良いと言ってくれたからと言って、魔王リアンの遺品とも呼べるウィリアにとっては大事な剣を易々と受け取れるはずがない。


まぁ、また魔王討伐に行くようなことはないから使うこともないだろうけど。ウィリアの兄、現魔王が戻ってきたとしても、どういうわけかウィリアの許嫁というポディションにいる私は、その兄である魔王を討伐に行くなんてことはしたくない。


剣を鞘に戻し、気持ちの良い疲労感と空腹を感じてそろそろ家に戻ろうかという時、近くで草を踏みしめる音が聞こえた。


すぐにそちらに振り向き臨戦体制に入る。魔王討伐に赴き、長い旅を経験した私はその足音が人か魔物かはたまた動物かすぐに察知することができるくらいには、経験値を積んできたのだ。


「まさかこんなところで出くわすなんて……今日イチの大物じゃないか」


複数の唸り声を上げながら木の影から真っ黒い姿が現れる。

黒いたてがみを靡かせて二つの頭がこちらを見据えている。体は一つだが頭が二つ。尻尾は蛇のようにうねうねと動いている。


オルトロスなんて魔犬がこんなところにも出るだなんて聞いてないんですが……


私より大きいオルトロスは動きが早く、王国の騎士ですら数人がかりで倒すような相手。二つの頭はそれぞれ意思を持っており攻撃してくるし、そして何より厄介なのが、このオルトロスが群れで行動している事が多い魔物ということだ。


私と対峙するように睨みつけてくるオルトロス、そして他にも何体かの足音が聞こえてくる。


「囲まれるとまずいなぁ」


剣を構え目を逸らさずにオルトロスから距離を取る。赤く燃えるようなオルトロスの瞳がギロリと動く。わずかにオルトロスの筋肉が動き出す瞬間を見ると同時に私も動いた。


左から襲いくる二つの頭の片方に向かって縦に剣を振ったが、わずかばかりのたてがみを切るだけで動きの早いオルトロスにかわされてしまう。


「あれで避けるのかよ!速いなぁ!もう!!」


もう片方の頭が来るのを感じて、その頭に蹴りを入れて距離をとった。オルトロスの尻尾が口を開けて目の前を横切る。蛇のようにうねうねとしているとは言ったが、オルトロスの尻尾は蛇なのだ。二つの頭に尻尾が蛇という魔物は、地面を強く踏み締めてそのままの勢いで迫ってくる。


相手も相当早いが私も負けちゃいない。


魔王討伐に向かった時の仲間の中で1番足が速かったのが私だ。そのおかげでよく、近くの村まで食料調達に向かわされたのは苦い思い出だ。


大きく口を開けたオルトロスが目の前に迫ってきた。咄嗟に鞘を手に取り大きく開かれた口に叩き込み、右手に持った剣をオルトロスの二つの頭の付け根に突き刺した。


二つの頭が同時に大きく吠え、地面に倒れた。


致命傷とまではいかないが、すぐに動き出す気配のないオルトロスを見つめる。


「早くこの森から出ないと……」


近くにいるオルトロスの仲間が襲ってくるかもしれない。

草が揺れる音がして振り返る。


「うさぎか……」


小さなウサギが飛び跳ねながら草に紛れていった。


昨日のウィリアの方が可愛かった。寝室は別だし朝は私が早く家を出たため、ウィリアに会うことはなかったが、布団で寝ているうさぎのウィリアは絶対可愛いに違いないっ。


そんな想像に耽っていたせいで、近づいてきていた仲間のオルトロスの存在に気づくのが遅れてしまった。


「うわっ、やばっ」


視界には大きく体を伸ばし、口も大きく開けている二つの頭。


しかし、瞬きを一つした次の瞬間には視界から黒い影は消えて、銀色の絹のような髪が朝の陽差しに綺麗に輝いている後ろ姿だった。



「シュー様。朝ごはんをお持ちしました」



にこやかに笑うウィリアの足元には、ウィリアに踏まれ動けないでいるオルトロスが「きゃいん」と鳴いた。


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