私の欲しい人

 教室に入ると、私達に視線が集まるのが分かる。

やりにくい。

けれど、瑞樹と別々に登校するなんてことはしたくない。



朝のホームルームは本来、出席確認のためにある。

決して何か議題を扱うものではない。

だからここで席替えの提案がされて、しかもそれがほぼ全員の賛成で可決するなんてことはおかしい。


朝はそんな時間無いのに。


席順は、配慮に忖度が重ねられた結果、私と瑞樹が隣同士になった。

君たちこれを狙ってたよね。


周りからの視線が生温い。

でも瑞樹がうれしそうだし、かく言う私もこうなって良かったと心の底では思っているので気にしないことにする。


授業初日から色々とこのクラスは飛ばしすぎだ。


もっとも、先生はそこまで気にしていない風だったけれど。



毎年最初の授業はガイダンスなので、今日は一日中瑞樹を眺めていても何も問題はない。

瑞樹もこっちを見ているし、お互いに幸せ。



「そこの二人。寝てないで話を聞け。」


私知らないもん。


「白世。七瀬。お前達だ。」


名指しされた。

せっかくいい気分だったのに。


誰かと思ったら、例の化学教師。ホームルームティーチャーだ。

初回なんだから聞くこともないのに。

当てつけというか、遊んでいるだけだろうな。


そんなことをわざわざ言うのも面倒なので、ただすみませんと謝っておく。



その後は話を聞いていなくても何か言われることもなく、お昼休みを迎えた。



 「はい、瑞樹。今日のお昼です。」

「ありがと。」


そんな光景を見て、またクラスの友達が集まってくる。


「白世さんはいつもお弁当を作ってあげてるの?」


このクラスでお弁当を渡すのは初めてなので、新しく一緒になった人たちは知らなくて当たり前だ。


「はい。いつも作っていますよ。」

「わあ。良妻だね。七瀬さんが羨ましい。」

「いいでしょ。幸音の料理はおいしいんだよ。」


あんまり褒められ慣れてないから恥ずかしい。


「ずっとそんな風にいちゃいちゃしてたから付き合ってない方がおかしいと思ってたのよね。」


中野さんひどい。

あれは瑞樹に騙されていただけで、まだ付き合ってない段階での話だったのに。


「あはは。なら、付き合ってる今ならいちゃついてもいいんだね。」


ちょ、瑞樹。何言ってるの。最近の発言がヤバいことを自覚して。

そんな願いも届かず、目の前で瑞樹が惚気る。

本人の目の前で何やってるんだ。


瑞樹の話が落ち着きそうにないので、私は先にお弁当を食べ始める。


「ねえねえ白世さん。七瀬さんに食べさせてあげないの?」


余計なお世話ですよ、だ。ここでやらなくたって家でやるもん。

騒がれたりしたら鬱陶しいからね。



こんな感じで学校は終わり、帰ろうとしたところで瑞樹に呼び止められる。


「今日はなっちゃんたちと遊ぶ予定なんだけど、幸音も来る?」


どうしよう。

もう隠す必要はなくなったから‥‥、よし。ついて行こっと。


よく考えたら、瑞樹が普段どんな場所で遊ぶのが好きなのか恋人だというのに何も知らなかった。

いい勉強の機会になりそうだ。



どうやらローテーションでお互いの家を回っているらしい。

今日は瑞樹の家のようだ。

ここに来るのはこれで三度目。結構慣れた。


「普段は集まって何をしているんですか?」


瑞樹が飲み物を取りに行っている間にみんなが好き勝手始めてしまったので、とりあえず聞いてみる。


「なんだろう。宿題やって、SNSチェックしたりとかかな。」

「こう考えてみると私達って意外と何もしてないね。」


大人数で集まる必要性を感じない。

最近の人はこんな感じなのかもしれない。


「お待たせ。好きな飲み物を各自取ってね。」


一人だけ着替えた瑞樹が、人数分のグラスとペットボトルを持ってくる。

オレンジジュースにしよう。



そこから一時間くらいは勉強会というか、宿題会だった。

といっても初日なので量はほとんど無いに等しい。

それでもこんなに時間がかかったのは、途中でのおしゃべりが長かったから。

集中してサクっと終わらせればいいのに。


でもまあ、ちょっとだけ笑えたし、たまにはいいかな。

毎日だったらストレスが溜まる。


宿題が終わったら自由時間らしく、めいめい好きなように過ごしている。

とは言っても全員がスマホを触っているのだけれど。


「瑞樹。これ集まってやる必要あります?」

「うーん。どうなんだろう。集まって何かをすることじゃなくて、集まることそのものに意味があるんじゃない?私もよく分かんないけど。」


そうなのか。


「幸音だって私と一緒にいる方が一人でいるよりもいいでしょ。」


なるほどね。

大切な人と過ごす時間を可能な限り長く確保したいというのは人間の願望なんだろう。


もう恋人だってばれてるんだったら、一緒にいるためという理由で抜け出せるんじゃないかな。

瑞樹がこれに参加しなければ、独り占めできるし。


そのことを瑞樹に伝えてみる。


「私は構わないけどさ、みんなが嫌がると思うよ。」

「そうですか。じゃあ今まで通りで我慢するしかないですね。」


いや、他の人たちが帰った後でならもしかすると‥‥‥。



大体この集まりは六時くらいに解散するようだ。

みんな帰っていった。

今ここにいるのは、私と瑞樹だけ。


「幸音は帰らなくてよかったの?」

「まだ大丈夫です。それとも、私に帰ってほしかったですか?」

「全然。まだ帰らないで。」


瑞樹の家で集まるときには、解散するまで待てば二人っきりになれる。


「今からキス、したいです。」

「ここリビングだけど。」

「ご両親は帰ってきます?」

「ちょっと待ってね。確認する。」


瑞樹がスマホを見る。


今日は帰らないみたいだ。


「だったらここでも大丈夫ですよね。」

「そうだけど、なんか落ち着かない。」

「移動の時間を無駄にしたくないので。」


そう言って強引にみずきの上に跨り、唇を奪う。

一日ずっとそばにいたはずなのにみずきが遠くにいたような気がしたから、貪るように吸う。

こうしてみずきと口を合わせていると安心する。

息がすぐそばで聞こえるからかもしれない。


自然と手が合わさり、指同士が絡み合う。

まるでこの時間を離したくないとでも言うように。


唇を離すと、みずきが私をソファーに横たえる。


「昨日もその前もゆきねばっかりだったから。今日は私の番ね。」


みずきが自分から触れてきてくれる。いつになくそのことが嬉しくて、何もしていないのに背筋からぞっとする快感が上ってくる。


あ、でも今制服だ。汚れることは無いだろうけれど、よれてしまったら面倒だ。


「あの、触るなら制服を脱がせてほしいです。」

「あ、そうだね。忘れてた。」


どうせいったん中断したんだからと、瑞樹の部屋へ移動する。


制服をたたんで置き、座って待っている瑞樹の隣へ腰を下ろす。

今の私は下着しか身に着けていない。

少し肌寒い気がするけれど、後から熱くなるしいいや。


さっきとは逆に、瑞樹が私の腿の上に座る。


そのままぎゅっとハグをして、ベッドに倒れ込む。

みずきの香りがする。


「ここ私のベッドだから、濡らしてもいいからね。」


しないよ。

流石に建前なんだろうけど、そんなことにならないように気を付けよう。



みずきがシャツを捲る。

そして、お腹の疵を撫でる。

腹部から直にみずきの体温が伝わってくる。


もうすでに先ほどの寒さは吹き飛んでいる。


「ゆきねがこういうことを許していいのは私にだけだからね。」


もちろん分かってる。みずきだけだ。


みずきが傷跡のところへ唇を添える。

針で刺したような鋭くて小さな痛みに、今までとは比べ物にならないほどの熱がその部分に生じる。

キスマークをつけられた。

それがずっといてくれることの契約のように思えて、愛しく感じる。

目立たないところで良かった。


「絶対だよ。」


キスマークは消えてしまうだろうけれど、この熱の感覚は消えない。


その部分をなぞるようにして、みずきの指が動く。そのままゆっくりと下へ流れていく。

瑞樹の指先へと神経が集中する。


腰のラインで一度止まると、みずきが同意を求めるようにこちらを見る。


「もっとみずきが好きなようにして下さい。」

「‥‥分かった。」


そう言ってみずきが指を少しだけ浮かす。

そして掌が下腹部を覆い、直後に脊髄を伝った電流のようなもので脳が痺れる。

みずきが手を握ってくれて落ち着いた。


指が布越しで感じられる。

緊張、羞恥、安堵、そういった感情がないまぜになって、無意識のうちにみずきとつないだ手を握りしめている。


掌が下腹部へ接したまま、指先がトントンと私を軽く叩いている。

軽く衝撃が伝わる度に、腰より少し上の部分の肌が粟立つ。

それがだんだんと脳まで届き、口から大切な人の名前が発せられる。


何だかむず痒くて、体を起こそうとすると、みずきが上に覆いかぶさってくる。


そうして口を塞がれて初めて、自分の息が荒くなっていたことに気付いた。鼻からの呼吸だと酸素が足りない。

口を剥がそうとすると、みずきの舌が侵入してくる。

その際に出来た隙間から空気が流れ込んできて、私はそれを思い切り吸い込む。

呼吸に集中していたせいで忘れていたが、今も断続的に背骨を伝って電流が走っている。


脳を焼き焦がすような幸福感以上の感情に、なぜか涙があふれてくる。

もっとみずきを感じたくて、左手で頭を、右手で彼女の背を引き寄せる。

甘くて、気持ちがいい。

かつてない高揚感に身を任せる。



ほんの数秒だったと思う。

自分から呼吸を止めていたみたいだ。

肺が酸素を求めて横隔膜を全力で働かせている。

心臓のどきどきが止まらない。

全力疾走の後のように、全身が脱力感に襲われる。


家に帰りたくないな。

体がこんなよれよれの状態じゃ、無事に家に行きつけるか分かったものじゃない。


「ゆきね。だいじょーぶ?」


まだ息が荒くて、返事もままならないから軽くうなずくだけに留める。

少し手を伸ばすと、彼女も手を合わせてくれる。


こんなことをされた後なのに、まだみずきが欲しくてその手を自分の方へと運ぶ。

みずきは察したように私を抱きしめてくれた。

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