私の恋人
瑞樹が恋人カミングアウトをした。
結果、瑞樹はもちろんのこと、私もクラスの人たちに質問の集中砲火を浴びせられる。
自己紹介は中止だ。
こんなにたくさんの人に詰め寄られたのは初めてだから、どう対応すればいいか困っている。
瑞樹め。やってくれたな。
とにかく場を収めるしかない。
「言いたいことがある気持ちは分かりますが、いったん落ち着いて下さい。いきなりたくさんの人に話しかけられても何も聞き取れませんし、先生も困ってます。」
「いや、私が困っているのはお前たちが原因なんだが。」
あの化学教師め。さんざんサボっておいて、なんだその言い草は。
みんなが座った後、瑞樹が前に出て会見を始める。
私も引っ張り出された。
「幸音。どこから話せばいいんだろう。なんか、思ったよりみんなが反応するから何て言えばいいか悩む。」
「瑞樹のせいですよ。なんでこんなことを人前で言ったんですか。」
「だっていつかは知られることだと思うし、遊びに行くときも瑞樹を誘いやすくなると思って。」
「絶対にデメリットの方が大きいと思うんですけど。」
そんな風にひそひそと話していると、
「瑞樹と白世さん。付き合ってたんだ。」
と瑞樹の第一腰巾着である中野さんが呟くのが聞こえた。
その声を起点に、説明を求める声、いや、目の前にお菓子を出された子供のような声が広がる。
本当に面倒なことになった。
こういったときに頼りになるはずの瑞樹がおろおろとしてしまっているので、仕方なく私が説明をする。
「皆さん驚かれていると思いますが、私と瑞樹が付き合っているというのは事実です。」
尊い、という声や、狙ってたのに、という声が聞こえてくるが、女性同士で付き合うということに対して忌避するような態度をとる人はいなかった。
多様性の時代と言われていることもあるだろうし、何よりみんないい人なんだ。
一部他とは違う視線を向けてくるような人たちがいるけれど。
瑞樹がお弁当を食べさせ合おうとしてきた時に揶揄ってきた人たちだな。
「白世さん。いつから瑞樹と付き合ってるの?」
中野さんが聞いてくる。
「瑞樹と本格的に付き合いだしたのは二月からです。それより前からかなり近くにいたんですけどね。」
「ちなみに告白はどちらから?」
「瑞樹ですね。告白されたということに気付いたのは後になってからですけど。」
もちろんこの程度の情報では分かる事なんてほとんど無いだろう。
けれど、瑞樹が付き合っているということを公開してしまった以上、何らかの説明が必要となるわけだし、まずはこれくらいでいいかな。
クラスが静かになったところで、今まで黙っていた瑞樹がやっと説明に参加してくれる。
「まあ、そういうわけで私達は実は恋人でしたってことで、これからもよろしくね。」
違った。ただの宣言だった。
こうしてひとまずは窮地を脱したわけだが、もちろんこの程度で終わるはずがない。
ホームルームが終わった瞬間に、机を包囲される。
帰らせて。
包囲網の中に、瑞樹も放り込まれる。
逃げられない状況を作り出された。
廊下からは、七瀬さんに恋人が出来たという趣旨の声が流れてくる。
これくらい大きなことになるって瑞樹は考えていたのかな。
彼女の表情を見るに、予想以上の食いつきだったようだ。
自分の人気ぶりを理解していなかったというところだろうか。
教室が人で埋め尽くされ、周りが静かになる。
沈黙の圧力が増大する。
仕方なく口を開く。
こうして第二次説明会が開かれることになった。
「付き合い始めてどうだった?」
「毎日楽しいよ。」
「同じくです。」
「白世さんのどこが好きなの?」
「可愛いところ。」
「七瀬さんのどこが好きなの?」
「‥‥黙秘権を行使します。」
「二人はキスはしたの?」
「‥‥‥してないです。」
「したよ。ね、幸音。」
「‥‥。」
「初めてのキスはどうだった?」
「幸音が可愛かったのは覚えてる。」
「‥‥。」
「もっとディープなことは?」
「ええとね、」
「ちょ、これ以上はプライバシーに関わるので駄目です。瑞樹も悪乗りしないで下さい。」
「いいじゃん別に。減るもんじゃないんだし。」
「私の神経がすり減ります。」
「仕方ないなあ。よしよし。」
「今は頭をなでないで下さい。見られてるんですよ。」
「見られても大丈夫。もうみんな恋人同士って知ってるから。」
確かに隠す必要はないのかもしれない。
いや、こういうことは二人だけの時がいい。
やっぱりやめてもらおう。
「そういう問題じゃないです。‥‥‥帰ってからにして下さい。」
最後のは小声だ。
瑞樹以外の誰にも聞かれてはいない。
こんな感じで質問に答え続けたら、いつの間にか夕方になっていた。
お腹がすいたわけだよ。
交流会を兼ねて、みんなで晩ご飯を食べに行くみたいだ。
私達も行きたいな。
「お二人さんはどうする?一緒に来る?それとも白世さんの手料理を?」
「行きます。」
作りたくないわけではないけれど、今日は色々あって疲れたし、交流会というものに参加するのも一興だろう。
瑞樹も行くみたいだし。
ファミリーレストランにみんなで入る。
かなりの大所帯なので、全部で三つのグループに分かれた。
もちろん私と瑞樹は同じグループ。
気を使ってくれたみたいだ。
ありがたい。
私はパスタ。瑞樹はオムライスを頼んだ。
料理を作った時もそうだったし、瑞樹はオムライスが好物なのかもしれない。
いつも幸音の料理は全部おいしいとかいうので、一番好きなのが何か分からないのだ。
聞いてもはぐらかされるし。
一週間オムライスを連続で食べさせてみようかな。
そんな計画を立てていると料理が届く。
こうやって、たくさんの人と一緒に食事をとるのもいいかもしれない。
特段味に優れているというわけではないが、みんなと食べると食事という行為そのものが楽しいように感じる。
「幸音。あーん。」
瑞樹のスプーンからオムライスを食べる。
うん。おいしい気がする。
‥‥あ、やば。
「あーんだって。マジの恋人じゃん。」
「いいな。なんか羨ましい。」
‥‥
いつもの流れでもらってしまった。
穴があったら入りたいってこんなことを言うんだろうな。
もう知られているから関係ないという気持ちと、そうだとしても見られてる時にするようなことじゃないという考えとで板挟みになる。
とにかく気を引き締めないと。
「幸音も一口頂戴。」
引き締めたばかりの気持ちが一瞬で緩められる。
「う、仕方ないですね。‥‥いや、駄目です。人前ですよ。」
「だからもう大丈夫だって言ってるじゃん。幸音だって食べてたし、もう隠れてやらなくてもいいんだよ。」
「それは、いつもの癖で食べてしまっただけです。」
「ほらまた自爆してる。」
あっ。
‥‥もうどうにでもなれ。
「瑞樹。口を開けて下さい。」
そうしてフォークに巻いたパスタを瑞樹の口へ放り込む。
瑞樹がおいしそうに咀嚼する。
それを周りの人たちがじっと見つめている。
もう帰りたいよ。
結局家に帰れたのは、八時を回った頃だった。
瑞樹も一緒だ。
というか、一緒に帰らざるを得ないような空気を作り出された。
逆に好都合だけれど。
「さて。瑞樹。ちゃんと話して下さい。どうして恋人だってことを話してしまったんですか。」
「だって、そうすれば幸音と一緒の時間を増やせるでしょ。それに、幸音も私以外の人と関わるようにするべきだと思って。」
私のためだったの。
それにしたって、せめて事前に相談しておいてよ。
「瑞樹との時間が増えるのは嬉しいですけど、私には瑞樹がいれば十分です。他の人は別にいなくても。」
「そんなこと言ってるくせに、みんなでご飯を食べてる時は随分と楽しそうだったけど。」
‥‥確かに楽しかった。それは否定のしようがない。
けれど、そのせいで瑞樹との時間が減ってしまったりしたら本末転倒だ。
「そんな心配しなくても大丈夫。恋人だってみんな知ってるから必要以上に時間を使うようなことはないって。」
「単純に瑞樹以外の人と話をするのって苦手なんですよね。」
「だったらできるようになる練習だと思ってさ。」
そこまで言うんだったら、たまに関わるくらいならいいかもしれない。
それに、瑞樹と腰巾着の人たちの集まりに加わっても訝しまれることが無くなったというのは大きい。
確かに総合的に見るとメリットの方が多い。
「次こんなことをするなら、絶対に事前に話しておいて下さいね。」
「分かってるって。今回は驚かそうとしただけだから。」
はあ。
心労がたまるんですけど。
これは全部瑞樹のせいなので、取り敢えずキスをして疲れを癒そう。
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