私の関係

 四月になった。

春の暖かさを感じられる日が続いている。

もう耳当てをしなくても寒い思いをしなくて済む。


そんな折に、瑞樹が花見をしたいと言ってきた。

なので今こうして桜の木の下で瑞樹と並んでお団子を食べている。


私は団子より花派だ。

団子は食べてしまったら終わりだけれど、桜は散るまでの間がある。

長く楽しめる方が何倍もいいに決まってる。

それに、お腹が膨れてつらい思いをするようなこともないし。


「桜、綺麗だね。幸音と見に来れてよかった。」

「そうですね。これで日陰を作ることが無ければもっと良いのですが。」


いくら暖かくなってきたとはいえ、まだ日陰は寒い。

じめじめしてるし。


「そんなこと言わない。せっかくいい場所が確保できたんだから。」

「木の真下ではなくても、色々他の場所があると思いますけど。」

「遠くから見るよりも、近くから見れた方がいいでしょ。真下なんて最高じゃん。それよりお団子の残り、どっちにする?」


瑞樹が持つ箱を見ると、よもぎ団子と三色団子とが一本ずつ残っている。


緑色の方にした。


こっちの方が、甘みが少ないような気がしておいしい。

香りもいいしね。


桜のピンク色とも補色になっていて見た目も合うと思う。


「幸音って甘いものをあんまり食べないよね。」

「そうですね。甘すぎると口に残るのでそこまで積極的に食べたいとは思わないです。」

「ふーん。」


そんなどうでもいい話をしていると、ちらちらと降ってきた桜の花びらが一枚、瑞樹の頭に止まる。

可愛い。


このままにしておきたかったけれど、風で飛んでしまいそうだから先にとってあげる。


瑞樹はこの花びらをお守りにするみたいだ。

私と最初に見た桜の思い出にするらしい。


少し、嬉しかった。



「そろそろ帰ろうか。写真でも撮ってく?」

「唐突に。まあいいですよ。」


桜の樹が写るくらいまでさっきいた場所から離れる。

こうやって遠くから見ると、そこまで大きな木ではない。むしろ小さい方だと思う。

それがあんな風に人を楽しませることができるということに意味もなく感動する。


風が吹いて桜の花が舞う。

そして、青い空が薄桃色に染まった。

一瞬の光景だけれど、無数の花びらが作ったこの空を忘れることはないだろう。

それくらい綺麗だった。



「幸音。こっち見て。髪しか写らないよ」


そう言われて、瑞樹のスマホに顔を向ける。


その画面に写った顔はほとんど表情が見えなかったけれど、それでも笑っていた。

この瞬間の私達が、瑞樹のスマホに保存される。

いつかこの日のことを思い返せるように。



「また来年も来ようね。」

「はい。楽しみです。」


軽い口約束。それでも瑞樹がこれを破ることはないだろう。

また来年。その時にもこの木の下で瑞樹と桜の花を見たい。

その次も、また次も。



 浴室で服を脱ぐと、背中から花弁がひらひらと落ちてくる。

どこかで入り込んだみたいだ。

捨てようとして、思い留まった。

瑞樹みたいに何かの形でとっておこうと思う。


押し花の栞にした。

本には使わないで、ずっと机に挟んでいる。



 四月になったこと、そして吹雪く桜の花弁が新しい学年というものを私に思い出させてくれた。


いままで、学校は勉強をする場所だという認識で入学式などの祝典には関心がなかった。

そのせいで一学年前へ進んだということに気付くのが遅れた。



瑞樹と恋人として過ごす事が出来たこの一か月は毎日が色鮮やかで楽しかった。

この一年もそうなることを願って、始業式の開始を待つ。



校長の話が長く、つまらないというのはどの時代にも共通しているのだろうか。

もしそうだとしたら、現校長はこの様式美を幼い頃から気に入っていたはずの、相当な変態ということになる。

ちょっと有り得そう。


こうも愚痴を言いたくなるほど、今回の校長の話はつまらない。

いや、毎回つまらない。

聞くはずがない。


聞いている人は一割もいなくて、残りは隣の子と指遊びをしていたり、隠れながらスマホを触っていたりと好き放題やっている。


私は校長の話を私だったらどう言い換えるかだとか、生産性のなさすぎる事に興じている。


しんどい。



そんな長い校長の話も終わり、やっと解放された。

始業式への参加は選択制にするべきだと誰かに主張して欲しい。


そんなことは置いておいて、早速新しいクラスでのホームルームだ。


今回の担任は割と若めな女性。化学の講師をしている。


やる気がないのか、学級委員を決めたとたんに全ての学級事務を丸投げしてしまった。

瑞樹ともう一人の学級委員の人が可哀想だ。


瑞樹は進んでこういう役職をやりたがる。

私はこんな面倒なことは御免だから立候補なんてしない。


でも、少し憧れるよね。



初回のホームルームなので、そこまでやることは多くない。

メインディッシュが控えているからということもあるだろう。


自己紹介のことだ。


何度も言うが、私の名前は白世幸音。

「あ」から始まるし、二文字目も「き」だから出席番号が最初なのはほぼ必然と言っていい。

今年も相変わらずで、事故紹介の最初を任される予定だ。

名前順という理不尽を無くすべきだと思う。


どうにか場の空気を冷やさないために、今までの私がとってきた戦略は、地味でいることだ。結局これが一番有効なのは経験を以て知っている。


いつもならこれを意識するだけでなんとかなるのだが、今回は生憎そう簡単にはいかないだろう。

自分の斜め後ろに目を向ける。


すると瑞樹が私ににこりと微笑む。


彼女と同じクラスになれたことは素直に嬉しいと思う。

けれども、彼女みたいに自分に自信があるわけではないから可能なら聞いて欲しくない。


黒歴史にならないように頑張ろう。



そうしてとうとうその時が来てしまう。


「一応新しいクラスだから、面倒だけれど全員自己紹介頼むよ。」


教師が面倒とか言っていいんだ。まあ、事務作業をやろうとしてないところからそんな雰囲気が出ていたけれど。

その人が私の方を見る。


はいはい。やればいいんでしょ。

ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「えーと、白世幸音と言います。白世は白い世界と書いて白世です。結構珍しい苗字みたいです。趣味は特にないですが、家事は一通りできたりします。‥‥仲良くしてくれると嬉しいです。一年間お願いします。」


無難な発表を終えて自分の席に脱力して座り込む。

あー疲れた。

これで一週間分の精神力をすべて使い切った気がする。

でも、そのおかげで悪目立ちはしていないと思う。


瑞樹はいつもと変わらない顔をしている。

よし。揶揄われるようなことはなさそうだ。

ほっと安堵する。


もし変なことを話してしまっていたら、瑞樹は私が布団に潜り込むまでこの話をループし続けるだろう。


それから、い、い‥‥いから始まる名前の人が二人いて、さらにたくさんの人が自己紹介を終えた後に瑞樹の番が来る。


「七瀬瑞樹です。この学年全員と仲良くなることを目標にしているのでよろしくね。得意教科は文系科目かな。」


その見た目からなのか、普段の素行なのか、彼女のあいさつに多くの人が注目する。

瑞樹はなんの変哲もない普通の挨拶をした。それなのに、こうも人の目を引けるのか。

流石すぎる。


「あ、そうそう。そこにいる幸音。白世幸音の恋人です。みんなも仲良くしてあげてね。」


‥‥は?

何を言った?


周囲の目線が私と瑞樹とに集中する。


先生も呆けた顔をしている。


きっと私も同じような顔をしていることだろう。

対して、瑞樹はすまし顔だ。


私の平穏な高校生活というものが遠ざかっていく。


数秒後、歓声や叫びでクラスがうるさくなる。



これ、どうすればいいんだろう。

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