私のお願い

 「私に他人にはしないようなことをして下さい。」


凄く曖昧な要求だけれど、こうとしか言いようがない。

既に恋仲であるということだけで他とは違う関係だけれど、それを何度でも確かめたい。

そうすればこの不安な気持ちも少しは解消される気がする。


「例えば?」


例えば‥‥どんなことなら瑞樹は私だけにしてくれるんだろう。

瑞樹が苦手な事ってなんだろう。


‥‥‥料理か。

というか、それ以外は瑞樹は大体完璧な人間だ。


「私にご飯を作って下さい。」

「そんなことでいいの?というか私の方が料理下手だけど。」

「いいんです。瑞樹が作って下さい。」

「分かったよ。不味くても文句言わないでね。」

「言いませんよ。」


こんなことを言ってくるくらいだから、瑞樹は普段料理しないんだろうな。

つまり、私だけにしてくれる特別な行為だということだ。


ソファーに腰掛けながら、瑞樹がキッチンでせわしなく動くのを観察する。

いつも瑞樹はこうやって私を見ているのかな。

私がどう見られているかは分からないけれど、ここから見える真面目に料理をする瑞樹は素直にかっこいい。

惚れてしまう。

もう惚れてるけど。


そんな冗談はさておき、瑞樹がやけどをしないか心配なので近くで監視することにする。



「あちっ。」


本当にやけどした。

見ると、左手の親指が赤くなっている。

これくらいなら大事にはならないだろうけれど、瑞樹にはもう火を使う料理は任せられないな。

彼女が良くても、私が嫌だ。


「気を付けて下さいね。私の心が持たないので。」

「そんな大げさな。でも、心配してくれてありがとね。」

「恋人ですから当たり前です。元はと言えば、私がこんなことを言ったのが悪いですし。」

「気にしないで。これくらいどうってことないしさ。最後はいい感じにサボれたし。」

「最後に本音が漏れてますよ。」


全く。これだから瑞樹は。

でも、そんな瑞樹に私は恋をしてしまったんだ。


瑞樹が作ってくれたのは臭いで察しはついていたけれど、オムライスだ。

作るのが簡単で見栄えもいい、初心者向けの料理の部類に入る。

それでもところどころ焦げ付いていたりしていたが、瑞樹が初めて私に作ってくれた料理は、それだけで値がつけられないくらいの価値を持つ。


ちゃんと食べさせ合ったりもして満足だった。



それから、瑞樹にソファーの上で膝枕をしてもらいながらだらだらと時間を過ごした。

ずっと瑞樹に触れていられて幸せだ。


うつらうつらしていると、いつの間にか十時になっていて驚く。


「瑞樹。もう十時です。どうして言ってくれなかったんですか。」

「あー。幸音の眠そうな顔を見てたら時間を忘れてた。」

「何やってるんですか。いいからさっさとお風呂に入ってきて下さい。」

「一緒じゃなくていいの?」

「‥‥‥今はまだいいです。」

「ふ~ん。今はまだいいんだね。」

「揚げ足を取らないで下さい。」

「いや、可愛いなって。それじゃ、先にいただいてくるね。」


今はまだだ。あまりにも特別すぎる。

そこの塩梅を上手くしなくてはいけない。



「あれ?瑞樹。その寝間着は。」

「えっと、朝洗濯機を回すのを忘れてたみたいで、乾かなかったから一日幸音の借りるね。」

「別に構いませんけど、寒くないですか?」

「これくらいどうってことないよ。平気平気。」


瑞樹が着ているのは、私が春先に着るためのパジャマ。冬用と比べると、少し薄手だ。


「先にベッドに入っていてもいいですからね。」

「はいはい。そうしとくよ。」


瑞樹が布団にもぐり込んだのを確認して、私もお風呂に入る。


外出したから、しっかりと洗う。

少し長くなった髪を、ゆっくりと梳かしていく。

じっくりと、体に残った冬を洗い流すように時間をかけて体をきれいにする。


少しだけ短めのドライヤーをして、瑞樹のところへ向かう。


「瑞樹。上がりましたよ。」

「うん。湯冷めしないように早く入りな。」

「はい。」


瑞樹の隣で布団にくるまる。

ベッドの中で瑞樹を抱き寄せる。


このまま触れたくて、でも嫌われたくないから手が中空を彷徨う。


「いいよ。ゆきねがしたいことして。」


そう言って瑞樹が私の手を取る。そのまま彼女の肩口まで手が運ばれる。

布団からはみ出していたからか、肌がひんやりとしていて冷たかった。

私の持つ熱でそこを温める。


「ゆきねはあったかいね。」

「お風呂から出たばかりですから。」

「そうだね。でも‥‥なんでもない。」


なんだろう。気になるけど、私は出来た恋人。変に詮索はしない。


肩からするりと手を移動させ、瑞樹の頬に触れる。

すべすべしていて柔らかい。

食べてしまいたいくらいに。

だから、そこにキスを落とす。ほんのりと香る甘い匂いが心地よく感じる。


瑞樹の胸元を見る。恋人になっても、触れてこなかった場所。

そして、私が既に見られてしまった場所。


瑞樹は私の視線に気づきながら、黙ってまだ少し湿った私の髪を撫でている。

嫌がらないよね。


指先で、少しだけ触れてみる。

瑞樹は何もしてこない。

ちょっと力を籠める。

それでも、瑞樹は反応しない。

いや、反応はしているけれど、拒否するような素振りはない。


「みずき。だいじょうぶ?」

「うん。いちいち聞かなくてもいいよ。」


そう言われたから、上から順に瑞樹が着ているパジャマのボタンを外す。

彼女の下着が露わになる。


そのまま触れてみる。

私が触られているわけではないのに、鼓動が激しくなる。


けれど、何も感じない。

特別な行為をしているという、高揚感だけがそこにある。

そういうものなのかな。


みずきを見ると、不思議な表情をしている。

くすぐったいのを我慢しているような、そんな顔。

少しだけ触れる手を動かしてみる。

みずきの表情が一瞬だけ崩れる。


「恥ずかしいんですか?」

「‥‥そんなの言わなくたってわかるじゃん。」


恥じらいの顔。この表情はそういう風に分類ができるみたいだ。


これを見ることができるのは、私だけなんだ。

そう思ったら、みずきに対する独占欲が満たされていくような気がする。


だから、もっと触れていたくなる。


「みずき。」

「ん。ゆきね。」


返事を求めたわけではない言葉に、艶のある声が返ってくる。


脳を麻痺させるような声だ。

その音波に乗せられるように、彼女を覆う薄い布を外す。


そのもの自体に楽しさは感じないけれど、この前されたから。

そういう理由で同じことをする。


「う‥‥んっ。」


みずきが変に喉を震わせる。

いつか私が聞かれたのと同じ声。


なぜかもっと聞きたい気がして、くすぐるように触っていく。

と、その手を腕ごとみずきに掴まれた。


「ゆきね。ストップ。ちょっと待って。」

「‥‥いやです。みずきは静かにしていて下さい。」


ちょっと抗議するように腕を強めに握られた後、みずきの手が離れていく。


でも、継続する気にはならなかったから、手を少し下に伸ばす。

みずきのお腹にぺたりと手をつける。

腹部が一瞬緊張したけれど、すぐに元通りになる。


そこから少し手を下ろす。

みずきは何も言ってこない。


さらに手を近づける。

みずきはただ私を抱きしめるだけだった。


流石にすぐ触れるのは躊躇われたので、横に膨らんだ骨盤に手を置く。

大きな血管が通っているはずがないのだけど、拍動を感じる。


そのまま手を内側に‥動かせなかった。


「みずき。今日はみずきは私のものという約束ですよ。」

「だってもう二十四時を回ってるよ。だから、お願いのを聞く時間は終わり。」


嘘。


枕元に置いてある時計に目を向ける。

真夜中を五分過ぎていた。


時間をかけ過ぎた。


「‥‥少しサービスする気はありませんか?」

「無いよ。私だって恥ずかしいのを我慢してるの。」


一時間もしてないよ。

変にソファーでぐだってる時間がなければ。


もう後悔しても遅い。


「分かりました。今のところはここでやめてあげます。」

「そうしておいて。」


瑞樹が服を戻すのを待ってから、またいつものようにくっついて寝ようとする。

抱きつくと瑞樹の体が過剰に反応した。


「瑞樹?」

「ちょ。ゆきね。今はくっつかないで。」


別に抱きつくのはいつものことなのに。

‥‥‥そういうこと?


少し手を回しただけなのに、瑞樹の息が不規則だ。

ちょっと悪戯をしたくなって、彼女の胸元に頭を擦り付ける。


みずきの可愛い声が聞けた。



「うう。ぐすっ。」


瑞樹が私に頭をなでられながら泣いている。

別に声を聴かれたくらいで泣くことは無いでしょうに。


「ゆきねが悪いの。なんで触れないでって言ったのに。」


沈黙は金というから、私は何もしゃべらない。

ただ瑞樹の頭をそっと引き寄せる。



一晩中瑞樹を慰めていたせいで疲れてしまった。




___________________________

こんにちは。作者のノノンカです。


もう最初の投稿から二十日が過ぎました。

そして、総PV数が6000を超えました。

本当に読んでいただきありがとうございます。


最初の頃は自分の作品をこんなにも多くの方に見ていただけるとは思っておらず、ただただありがたいと思うばかりです。


この作品も終盤となってまいりました。

最後まで全力で頑張ります。


あと数話ですが二人をどうぞよろしくお願いいたします。

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