光と引力
瑞樹は私の家をまるで第二の自分の家であるかのように考えているみたいで、彼女の服のいくらかはこの家にある。
だから、よそ行きの着物も家に取りに帰る必要がないのだ。
お泊りの翌日のデートでも大丈夫になっている。
瑞樹の今日の服装は、ブラウンカラーメインの落ち着いた装いだ。
ロングコートが似合っている。
寒い時期も、今週で最後だとニュースで言っていた。
今年度の瑞樹のこの姿は見納めになるかな。
「幸音。見とれてないでさっさと行くよ。」
「見とれてないです。」
「それは無理があるんじゃ‥‥まあいいや。ほら、手。」
腕にかけていた耳当てをして、瑞樹と手をつなぐ。
カップルっぽくていいな。
ぎゅっとその手を握った。
「今日はどこに行くんですか?」
「どこがいい?」
「‥‥もしかしてノープランですか?」
「いや、一応考えてはいるよ。」
「それはいずこで?」
「‥‥ごめん。やっぱりノープラン。」
「‥検索、しますね。」
「ちょっ。雰囲気がぶち壊し。」
「えーと、「デートスポット おすすめ」でいいですね。」
「あー。もう。」
「出ました。一位は、プラネタリウムのようですね。行きたいですか?」
「‥‥行きたい。」
声が小さい。拗ねてる?
「幸音のばか。適当に歩き回るのも楽しいと思ったのに。」
なにそれ。歩き疲れるだけじゃん。
あと、ばかじゃないし。頭の良さは同じだし。
適当に歩き回ることはしないで、直接プラネタリウムが入っているデパートみたいな建物に行く。
もう一度手を握り直して、私達は駅へと向かった。
水族館とは反対向きの電車に乗って揺られることたったの五分。
プラネタリウムがある駅に到着した。
公演時間を見ると、お昼まで待たないといけないようだったので、今は同じ建物内で買い物中だ。
時間を事前に調べておけばよかった。
私は特にこれと言って欲しいものも、必要なものもないので瑞樹の後を背後霊みたいにずっとつけている。
その瑞樹は、メイクを真剣な顔をして見比べていて、ませてると思った。
「幸音幸音。これどう思う?」
「どう思うって‥‥メイク道具って全部同じ色ですよね。違いがそんなに分からないし、どうでもいいと思うんですけど。」
「幸音、それでも女子?興味ないの?」
「瑞樹がいるので、異性から意識される必要もないですし。」
「そう言ってくれると嬉しいけど。大人になったら必要だよ。」
そんな。
大人になりたくない。
というか、そう言う瑞樹は普段メイクしてるのかな。
今日はしてなかったような気がする。
「瑞樹はメイクしませんよね。」
「しないね。お肌のケアならするけど。」
素でこれなのか。
私の彼女、レベル高いな。
「う~ん。結局私たちにはメイクはまだ早かったか。」
「無理して大人ぶらなくてもいいですよ。今のままでも十分綺麗ですから。」
「えへへ。ありがと。幸音も可愛いよ。」
お化粧なんて、大人になってからやればいいんだ。
瑞樹はそんなことをしなくても、社会でやっていけそうだけれど。
まあ、誰かに譲るつもりも一切ないんだけどね。
結局何も買わずにプラネタリウムへ入る。
星は好きなので楽しみだ。
プログラムが始まる。
始めは星がぐるぐると回るだけだったが、後半では色々な星座を解説員の人が説明してくれた。
星同士を繋いで絵に見立てるなんて、昔の人は想像力が豊かだと感心する。
私なんか、線で浮かび上がった図形を見てもそれが何を表しているかさっぱり分からなかった。
過去の人たちはこういった星座と神話とを結びつけることに意味を見出していたようだ。
ロマンチックというわけではないけれど、なぜだか感動を覚えた。
私の星座はおとめ座らしいので、場所だけは覚えていたはずなのだが、たくさん表示されている星のうちのどれがおとめ座を構成しているのか分からなかった。
本当に昔の人ってすごい。
「どうだった?私は結構楽しめたよ。」
「同じくです。けど目が少し疲れました。」
「そうだね。寒いけど、外でお茶にでもしようか。」
「賛成です。」
そうして疲れた目を休めるという名目で、屋上で休む事になった。
私が飲むことにしたのは、抹茶コーヒー。
抹茶とコーヒーというなかなか聞かない組み合わせで面白そうだと思ったからこれにした。
後味がすっきりしているのに濃厚で、時間をかけて楽しむのにはぴったりだった。
瑞樹が選んだのは甘酒。
こっちまで甘ったるい香りが漂ってくるので、糖分が入ってないものを選んで正解だったと思う。
甘いものの後に、増幅された苦みを飲まなくてはいけないのが嫌で交換はしなかった。
瑞樹は私の分を少し飲んでしまったけれど。
凄く苦いって顔をしていた。
数か月前には絶対にこんなことはしなかったのにな。
今ではこれが当たり前で、常に瑞樹の温かみがそばにある。
慣れというのは怖いもので、こんな風に誰かと一緒にいることが自然だと思うようになっている。
本当なら人間に温かい時間なんて存在しなかったんだ。
それが寂しくて耐えられなかったから、何でもない自分たちをつなげ合った。
星座みたいに。
そうやってできた集まりが、だんだんと意味を成すようになって、無くてはならないものとなってしまった。
私達は星みたいなものだ。
一緒に輝く人がいるだけで、ゼロだった意味がいくらでも増える。
私は瑞樹が一緒にいてくれるから、こうやって自分が生きているということに意味があるのではないかと思えるようになった。
その理由を失ったら光り続けられる自信が無い。
だから瑞樹を一番大切にする。
三段論法よりも簡単だ。
紙コップに半分ほど残っていた抹茶コーヒーを一気に飲み干す。
胸の奥がやけどするかと思った。
するすると液体が胃へと落ちた事による熱とは別の温かさがじっとそこにはあった。
せっかく高いところにいるのだからと、屋上の端の方へ歩いていく。
高いところから見ると人や往来が小さく見えて、その一つ一つに名前があると思うと言いようのない気分になった。
私も瑞樹もそのうちの一つ。
星の数くらい無数にある中の、たった一つの組み合わせ。
瑞樹は絶対に離さない。
改めてそう決めた。
帰りに私がしているのと同じ耳当てが売られているのを見つけた。
隣を見ると、瑞樹の耳が寒さで赤くなっている。
私は前に瑞樹にもらった耳当てをしていて気づかなかったけれど、来週からは暖かくなるとはいえ今日はまだとても寒い。
耳なんて出していたら痛いだろう。
ちょっとした日頃の感謝。
もしくは好きだから。
そんな理由でもいいから、瑞樹を守りたくなった。
そうして選んだのは、色も大きさも全く同じ。完全なお揃いにした。
お揃いにしたものは二つ目だ。マグカップが最初。
瑞樹に耳当てをつけてあげる時の耳は、さっきと同じくらい赤かった。
ブラウンメインの彼女の装いには、白い耳当てが全く合わなかったけれど気にしない。
瑞樹が私の選んだものを身に着けているというだけで幸せだった。
今日のデートは何もなかった。
そう思えるくらいには薄い日だったけれど、それと同じくらい濃い一日だった。
瑞樹と一緒ならどんな時間でも大切なんだけどね。
そんな大切な相手だから、遠慮して触れ合えないことがある。
ここ一ヶ月くらい、キスから進んでいない。
お互いにあの夜が気まずいというわけではないと思うけれど、そう言った雰囲気にもならない。
キスが嫌でもない。なのに何かが足りないというか、結局のところ瑞樹が私を見てくれるという証拠があればいいんだ。
瑞樹が腰巾着の人達と会わないことが理想ではあるけれど、それが叶わないから、私をもっと特別に扱って欲しい。
そう思うから、瑞樹に一つ、頼みごとをする。
「瑞樹。今日の残りの時間、私に下さい。それで、私の言うことを全部聞いて下さい。」
「それは、お願い?」
「そうです。」
「‥‥いいよ。何する?」
‥‥これは独占欲なのかもしれない。
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