負けない
瑞樹との成績での勝負で勝つために、勉強時間を増やした。
目的があれば、今までよりも頑張れる気がしたから。
そのせいで、瑞樹との時間は減ってしまったけれど後悔はしていない。
もちろん、一緒にいる間は全部忘れて甘えまくってた。
数少ない私のストレス発散方法の一つ。
その時は瑞樹は余裕そうにしてたけれど、そんな顔ができるのも今のうちだ。
すぐに私しか見れないようにしてやる。
「試験始め。」
その声と共に紙を捲る音が重なる。
うちの学校は、全科目を英語、国語、数学、理科、社会の五文類に分けて試験が行われる。小学校と同じ分類だから簡単そうに見えるけれど、全然高校生の範囲だ。
特に理科なんかは選択科目にならず、四種類全部をやる必要があるので頭が燃える。
しかも一科目九十分もある。長いと思う。
一日二科目しかないのがせめてもの救いだ。
最初の科目、英語はやればやる分だけ点数が取れるので、そこまで心配はしてなかったけれど、今回も例に漏れず普通に解けた。
次の社会は世界史の分量がいつもより多かったけれど、なんとかなったと思う。
情報の出し入れのしすぎで疲れ切った脳を支えながら、ふらふらと家に帰る。
瑞樹と一緒に。
甘い時間を過ごしても、脳の物質的な栄養にはならないので、私のバイト先に行くことにした。
チーズケーキは残念ながらなくなってしまっていたので、普通のショートケーキを頼んだ。
甘かった。
二日目は数学と理科。
かなりできた。
最終日。
国語。ここが勝負どころだ。
前回は運がよく、解きやすい問題が出題されたが、今回は‥‥‥
‥‥終わった。
二重の意味で。
物語の題材が青春だったのが最悪だ。私には友達がいないんだよ。どう解けと。
あーあ。絶対瑞樹に負けた。
どうやっても勝てない。
その日は瑞樹と一緒にいても気分が晴れなかった。
試験の採点には時間がかかるので、期末試験の直後には、自宅学習期間というものが一週間程度ある。
どちらが上かまだ分からないふわふわした時間だ。
多分私の方が低いけれど。
そんな憂鬱な気分を吹き飛ばしたくて、ひたすら私はお菓子作りに励んでいる。
なんでお菓子かというと、そろそろ円周率の日だからだ。
三月十四日。
バレンタインの一か月後という言い方もある。
別称ホワイトデー。
この日はバレンタインにチョコレートをもらった人が、お返しをする日になっている。
義理とはいえ、瑞樹に貰ったので何かを返さないといけない。
でも、私には瑞樹が梅干しが嫌いだということと、チーズケーキが好きということの二つの情報しかない。
だったらチーズケーキを買えばいいのだろうが、暇だしそこまで手間がかかるわけでも無いので、こうやって練習をしているわけだ。
そうそう。作り方を検索しているときに知ったのだけど、チーズケーキには主に二種類あるみたいだ。
レアチーズケーキとベイクドチーズケーキ。
私が作ろうとしているのはレアの方。というかこっちしか知らなかった。
瑞樹は酸味が大事って言っていたから、酸味が強いということで有名なヨーグルトを使って作っている。
そうやって数時間の苦闘の結果、見た目がとても素晴らしいレアチーズケーキが完成した。
これは練習用だから、実際に渡すものは後日作る。
早速試食してみる。
ちょっと硬かった。本番では、ヨーグルトを多めにしてゼラチンを少なくしよっと。
試作品を食べきるのに二日かかった。
なんでホールケーキの形で作ったんだろう。
瑞樹は試験が終わった翌日に腰巾着の人たちとお泊り会を開催していたようで、来たのは試験から四日が経った日だった。
チーズケーキを消費し終わった翌日だったので、ホワイトデーのことを秘密のままにできた。
冷蔵庫の中を見られることなんてないんだけど。
「幸音~。会いたかったよ~。」
「はいはい。私もです。」
瑞樹が私に抱きついてくる。
久しぶりに感じる瑞樹の感触が気持ちよかった。
そのまま流れで軽く口づけをする。
恋人だし、これくらい普通だ。
その日は瑞樹と色々な話をした。
春休みに何するかとか、そんな話。
私は瑞樹と一緒にいられればなんでもよかったのだけど、瑞樹が外出する方が雰囲気が出ると言ったので、どこかに出かけることは確定事項となった。
成績の話はしなかった。
瑞樹が気を使ってくれたのかもしれないし、もしかすると瑞樹もどれかの科目が悪かったのかもしれない。
真実はあと数日で分かることだ。
負けたら言うことを聞く、だっけ。
オセロの時もそうだったけれど、後から思い返すと後悔しか生まないようなことをどうして言ってしまったんだ。
取り消してなんて言えないし。
前回は、お出かけした後に少し進んだキスをされた。
また今回もそうなるかもしれない。
別にもう恋人だから気にしないけれど、出来ればそう言った強制力に縛られずにやりたい。
まあ、あと数日は何もないんだ。忘れよう。
そうして緊張に満ちた終業式が始まる。
全然そんなことないかも。
長い長い校長先生の話の後、やっと成績の返却が行われる。
私の名前は白世で、「あ」だから一番最初だ。
もしかしたらという一抹の希望と、駄目だった時のショックを和らげるための感情が同時に働き始める。
先生から通知表と順位表を受け取る。
なんで通知表って名前なんだろう。
自分の机に戻って、呼吸を止めて、順位表を開く。
順位が書いてあるのは右側だから、左から順にみていく。
数学 99点
国語 82点
英語 95点
理科 97点
社会 93点
合計 466点
かなりいいのではないだろうか。
特に数学は記述での減点も一点だけだ。嬉しい。
さて、これで後は順位を見るだけ。
順位欄の上に置いた手をずらす。
1
そう書いてあった。
あー。って叫びたくなる衝動を堪えて、もう一度確かめる。
確かに1って書いてある。
やった。瑞樹に勝った。
目標を達成できた。
ピンと張っていた心が緩んで、体から力が抜ける。
机に突っ伏すと、瑞樹が私のところに来た。
「後で行くから。」
そういう瑞樹の顔は、いつもと変わらないように見えたけれど、私は知っている。
その仮面の裏に、悔しくて唇を噛んでいる顔が隠れているということに。
家に帰る足が、今までで一番軽かった。
お昼を少し過ぎた時間に、瑞樹がインターホンを鳴らした。
今か今かとそわそわしていたので、玄関まで駆け足で迎えに行く。
「幸音。来たよ。」
「待ってました。どうぞ。」
今すぐにでも優越感に浸りたい私は、はやる気持ちを表に出さないように、リビングへ招く。
紅茶を入れる間、なんでもなく瑞樹の方を向いていると、順位表を取り出すのが見えた。
「お茶です。」
「どうも。それじゃあさ、幸音。聞かなくても分かるけど聞いておくね。成績、どうだった?」
この言葉を待っていた。
自室まで超特急で駆けて行き、机の上の順位表を持って帰ってくる。
「これが私の成績です。」
「ありがと。はい。こっちは私の。」
そういわれて渡された瑞樹の紙をぱっと手に取り、そのまま開く。
こんどは時間をかけてみたりしないで、順位の箇所を最初に見る。
1
あれ?
1って書いてある?
何度目をこすって見ても、相変わらずそこには縦向きの棒が一本だけ置かれている。
得点は?
数学 92点
国語 96点
英語 94点
理科 91点
社会 93点
合計 466点
‥‥‥同じだ。
嘘でしょ。私頑張ったのに。
瑞樹の方を見ると、彼女と目が合う。
「‥‥凄い確率ですね。」
「だね。」
そうしてまた黙ってしまう。
どちらも相手に勝ったと思っていたのだろう。
一番つまらない結果に帰着してしまった。
「どうする?」
「どちらも勝ちにするか、どちらも負けにするかですね。」
私は目的が達成できなかったから、正直どっちでもいい。
瑞樹に全部任せる。
「私は両方勝ちにしたい。」
「じゃあそうしましょう。私はどっちでもいいので。」
「どっちでもいい?命令権が欲しかったんじゃないの?」
「別に‥‥‥。」
こういう時にちゃんと返事が出来ないから瑞樹が絡んでくるんだ。
「どうしたの?勝負そのものがしたかったってこと?」
「さあ。どうでしょう。」
「ふ~ん。言ってくれないんだ。だったら正解するまで列挙しますか。」
「え。」
瑞樹が総当たり攻撃を仕掛けてくる。
かっこいい言い方にするとブルートフォースアタック。
「私の気を惹きたかった。でしょ。」
「っ!?」
「ほらやっぱり。」
ブルートフォースとか関係なく、最初に言い当てられた。
瑞樹は心を読めるんじゃないかって疑いたくなる。
「幸音はかわいいなあ。」
「瑞樹。心読めますよね。絶対。」
「そんなことないって。幸音が分かりやすいだけだよ。」
うそでしょ。そんな表情豊かな人間じゃないのに。
「ほら。今は信じられないって顔してるよ。」
「そんな。‥‥全部ばれてたんですか?」
「いや。全く。今知った。」
今知ったとは思えないような口調で瑞樹が言い放った。
「だいじょうぶだよ。ずっとゆきねのこと、見てるから。」
言わなくたって、分かってるよ。
「大好き。」
そんなありふれた言葉でも、私を満たすには十分だった。
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