好きかもしれない

 「七瀬さん。」

「どうしたの。ゆきね。」


隣で横になっている人の名前を呼べば、返事が返ってくる。

それがこそばゆくて頬が緩む。


「七瀬さん。七瀬さん。七瀬さん。」


私のものだと確かめるように繰り返す。

今度は言葉ではなく腕に力を込めることで返事をしてくれる。


「ゆきね。私達、恋人になったでしょ。だから七瀬さんじゃなくて瑞樹って呼んでほしいんだけど。」


もっともだと思った。

でも、今までと違う呼び名を声にするのは恥ずかしいものだ。


「‥‥み、みずき‥‥。」

「はい。よく言えました。」

「そんな風に褒められるような年齢じゃないんですけど。」

「泣き虫さんがよく言うよ。」

「うるさいです。」


一瞬の間をおいて、私達は同時に笑ってしまった。

他愛もないこんな話をしているだけなのに、どうしてか幸せだ。


「ねえ、ゆきね。」

「はい。」

「愛してるよ。」


私の横で天井を見ながらみずきが言う。


「私も、なな‥‥みずきが一番大切です。」

「私はずっと待ってたんだからね。」

「それはすいません。」

「でも、私は今すっごく幸せだから許してあげる。」


みずきが私の方に転がってきて、頭の左右に手をつく。

顔が遠いのに近い。キスと比べたら何万倍もある距離なのに、もっとなんだか照れくさい。


「だからゆきねは黙って受け入れて。」


背筋がぞくっとするけれど、それが今は気にならない。


みずきが彼女の耳にかかる髪をそっとかき上げる。そんな仕草すら私を狂わせる。

そうして、その口を私の耳元に持っていき、


「ゆきね。」


吐息が混ざった声に、脳が揺さぶられる。

その間に、みずきの右手が服の隙間から入ってくる。

凄くこそばゆい。


「ひゃっ。」

「ゆきね。まだ早いよ。」


だって急にお腹に手が当たったから。


みずきの声が私の正常な思考をだんだんと奪っていっているのが感じられる。

それでも、ここで止めたくはない。先へ進みたい。

こんな想いを抱くなんてほんの数か月前には想像すらしなかった。


瑞樹は私を変えてくれた。

だから好きだ。



みずきが私の耳たぶを甘噛みする。反射的に首が縮こまる。

それでもみずきは止めずに耳を咥える。


頭に直接響く水音が、そんなことは無いのにすごくえっちに聞こえる。

あ、でも右手は私の胸を保護する添え物を、少しずつ上にずらしている。

耳に神経が向いていて分らなかった。


「‥‥。」

「‥‥小さくて悪かったですね。」

「‥‥いいと思うよ。私だってそこまでだし。」

「でも境目が分かりますよね。」

「それはそうだけど。」

「期待外れだったって言ってくれてもいいですよ。気にしませんから。」

「じゃあもっとよく見せて。」


みずきが私の服をはだける。


「ねえ。このブラ邪魔なんだけど。」

「取ればいいじゃないですか。」

「ゆきねが寝てるから手が入らない。」

「仕方ないですね。」


少し身を起こすと、さっと手が伸びてきてホックを外す。

外されると、空気が冷たくて自分の体が熱くなっていることを自覚する。


「ゆきね。きれい。」

「それはどうも。」


面映ゆくて無愛想な返事になってしまった。


みずきの手が私の胸を覆う。覆うというか、そのままくっつけている。

触れられた瞬間はなんとも感じなかったけれど、少しすると手が動いたわけではないのに何かの違和感を感じる。

神経が集まっていくような感じ。そんなこと起こるはずはないんだけど。


「ゆきね。心臓がバクバクしてる。緊張してるの?」


自分の鼓動の音に耳を澄ますと、たった今マラソンを終えたんじゃないかってくらい早く耳奥から鼓動が響いている。


「緊張しない方がおかしいですよね。」

「今までさんざんキスしてきたのに?」

「キスとこれとは別物です。そもそも私が自分の体を見せたのはここ数年でみずきだけですよ。」

「なにそれ。嬉しい。私が特別ってことだね。」

「何を今更。そんなの当たり前じゃないですか。」

「うん。大好き。」

「私もです。」


端から見たら所謂バカップル、というやつになるだろうか。とにかく私達は今はお互いのことしか見えていない。


みずきの顔が私の横から正面へと移動する。

もう何をするかは分かっている。

だからただ目をつぶる。


キスなんてもう何度もしてきたけれど、それに慣れることは無いと思う。

ずっとエンドルフィンを放出させてくれる。

みずきの唇の柔らかくてふっくらとした触感。甘い香り。全てが脳にこびりついて離れない。


「楽しい?」


数十分前の質問をまたされる。

今度はちゃんと答えられる。

みずきの唇に自分のものをふっと押し付ける。

これが答えだ。


みずきも頬を上気させながらも、とても嬉しそうにしている。



楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。みずきの親から電話がかかってきて気づいた。

八時だった。

連絡してなかったんだ。


当たり前のようにみずきが泊まることが決まった。

今までで一番このことが嬉しい。



 寝るまでいつも通りだった。

普段と同じように、夕食を食べ、お風呂に入り、そしてオセロをしてテレビを見る。

テレビなんて面白くないと思っていたけれど、瑞樹と一緒だと見てしまうから不思議だ。

きっと瑞樹と一緒にいる時間が全部私にとっての大切な時間になっている。


「そろそろ寝ようか。」


みずきがそう言う。


「聞くまでもないと思いますけど、一緒に寝ますか?」

「当たり前じゃん。」

「布団が役立つ機会がついぞありませんでした。」

「そんなこと気にしない。いつか使うかもしれないし。」

「‥そう思うことにします。」


ベッドに上がった私達は、さっきの事が無かったかのように、静かに布団にくるまる。

でも、その中では手をしっかりと握り合う。


「ゆきね。おやすみのキスは?」

「そんなことするんですか。」

「したくないの?」

「します。しますけど‥‥‥。」

「けど?」

「だったら私からします。」

「うん。いいよ。」


そう言ってみずきが私の目線と高さを揃えてくれる。

私は軽く、ほんの少しの口づけをする。

物足りないけれど、これくらいが今はちょうどいい。


「じゃあ寝ますよ。」

「は~い。」


みずきと私は結局寝るときにはしっかりとくっつき合った。

ずっとずっと暖かかった。



 朝目が覚めると、隣に人の気配を感じる。

七瀬さん‥‥瑞樹が横で寝ている。その肌に手をあてる。


よかった。現実だ。


そんなことを確認してしまうくらいには、瑞樹に依存してしまっている。


瑞樹が寝ている顔はすごく綺麗だ。

もっと眺めていたいけれど、いつも設定しているタイマーが鳴る。


ああ、起きちゃった。


「‥おはよう。幸音。」

「おはようございます。‥‥瑞樹。‥‥‥まだこの呼び方、慣れないです。」

「ゆっくりでいいよ。」


そう言って瑞樹が私を抱きしめてくれる。

言いようのないもので胸がいっぱいになる。


私の全部が瑞樹で埋められる。


今はもう少しだけ、この温もりの中で何もしない時間を過ごしたい。




___________________________

こんにちは。作者のノノンカです。


ついに七瀬さんと白世さんとが相思相愛になれました。

ここまで書き続けて本当に良かったです。


このお話では、大切なもの、消えてしまうものにどう向き合うかに焦点をあてているので、私の日本語力ではかなり厳しいものがありましたが、何とか一応筋は通っているのかなと思います。

ここまで頑張ってこれたのも、いつも読んでくださる皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


そして、この「少し大人なクラスメイトに溶かされる」の総PV数がそろそろ5000となりそうです。投稿を始めてから二週間と少しでこんなにも多くの方に読んでいただけて感激です。


何度も同じ言葉で申し訳ないですが、本当にありがとうございます。


あと十日と少し、頑張ります。


今後とも二人をどうぞよろしくお願いいたします。

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