大人になる夜
本話では登場人物が洋酒入りチョコレートを食べる描写が出てきます。
法律上の問題等はありませんが、未成年の方が積極的に摂取することを推奨するものではありません。ご留意下さい。
________________________________________________
七瀬さんが私に告白をしてきてから大体一月が経った。
流石に七瀬さんは連日来るということはしなかったが、今までと比べてその頻度は二倍程度になっていた。
だから今日も私の家にいる。
「ねえねえゆきね。今日は何の日か知ってる?」
「‥‥‥バレンタインですか?」
「そう。だからこれ、あげるよ。」
「あ、すいません。私、用意してなかったです。もらえるとは思ってなくて。」
「いいよ。気にしないで。私が好きでやったことだし、それに数もあるから二人で分けて食べよ。」
バレンタインか。ホワイトデーなら円周率の日で覚えてたのにな。
「ありがとうございます。じゃあ開けてもいいですか?」
「うん。どうぞ〜。」
顔を出した箱にはWhisky.って書いてあった。
あ、これ知ってる。
ウイスキーボンボンっていうんだっけ。
お酒が入ってるっていう。
「未成年飲酒はダメなんですよ。」
「飲むわけじゃないから。実は平気なの。それに、濃度が低いやつを買ってきたから。気分だけ。」
心配なので調べてみる。
‥‥法律上は問題ないらしい。でも、健康に影響があることがあるので推奨はされないみたいだ。
まあ、一日くらいならいいかな。
「問題はないみたいですね。」
「信じてくれたっていいのに。」
「今まで大事なところで騙されてきたので。」
「うう。でも今回は本当だったでしょ。」
「今回は、でしたけど。」
「もういいじゃん。それよりさ、食べてみようよ。私も初めてなの。」
「体調を崩す可能性があるって書いてありましたけど。‥‥私は七瀬さんが倒れないように食べずに待ってましょうか?」
「どうして私が先に食べる事になってるの?幸音が先でしょ。」
「じゃあ、先にもらいますけど。三十分くらい待ってて下さい。アルコールが効き始めるのがそれくらいだそうなので。私が気分悪そうにしてたら七瀬さんは食べないで下さいね。」
「大丈夫だって。そんなことならないから。」
その自信はどこから来るのだろうか。不安なんだけど。
「じゃあ一つもらいますね。」
箱を開くと、お酒の香りがする。
高そう。今度しっかりとお返しをしなきゃ。
一粒とって口に含む。
表面は普通のチョコレートと何も変わらない。
割ると中からシロップのようなものが流れ出てくる。
口の中にお酒の香りが広がり、そのせいで頭が一瞬くらりとする。
苦い。大人の味だ。そのままでは私にはまだ無理な味。
それがチョコと合わさることで不思議な味を構成している。
苦くて甘い流動体が喉を伝っていく。
なんだか悪いことをしているようで、それでいて不思議と大人びた高揚感のようなものを感じる。
「味はどう?」
「ちょっと苦いですけど、大人の味という感じですね。」
「ふーん。私も食べよっと。」
「あっ。」
食べてしまった。三十分経ってないのに。
酔ってしまったらどうするんだろう。
七瀬さんは神妙な顔をして咀嚼している。
子供舌なのかな。
「ねえゆきね。」
「どうしました?」
「酔った。」
嘘でしょ。即効すぎる。
多分、雰囲気に酔ったとかそういうことだろう。
対処方法が分からない。普通の酔いなら水でも飲ませればいいんだろうけれど‥‥‥梅干しでも食べさせるか。
「七瀬さん。梅干しです。酸味が強いので気分も良くなると思います。」
「ありがとう。‥‥うん。酸っぱいわ。」
「どうですか。」
「‥‥‥なんで私はこれを食べたんだろう。」
「本当にそうですよ。流石に無いとは思いますが、急性アルコール中毒で倒れる可能性もあるんですからね。」
「そっちじゃなくて、梅干しの方。」
「?」
苦手だったのかな。今まで梅干しを使った料理を出したことが無かったから知らなかった。
「そういうことですか。すいません、七瀬さんが梅干しが嫌いだと知らなかったので。」
「なんか勘違いしてる。まあいいや。一回口濯いでくるね。」
そんなに苦手なのか。確かに独特の酸味が嫌いという人も多いと聞くし、七瀬さんもそうなのだろう。
七瀬さんの苦手なものを初めて知った。
七瀬さんは戻ってくると、その膝を手でポンポンと叩く。
いつもの食べさせ合いっこか。
これは別に甘えているのでは無い。七瀬さんがやらないと機嫌を悪くするから仕方なく、七瀬さんの太ももに体を預ける。
そして、七瀬さんが私に例のチョコレートを食べさせようとしてくる。
アルコールは毒なんだけど、七瀬さんが食べないという行為を許すはずが無い。
だから仕方なく、それを口に入れようとする。
でも、七瀬さんは摘んでいる指を離そうとしない。
「あの、食べれないんですけど。」
「食べれるじゃん。」
指より手前の部分だけ齧り取れってこと?
絶対中のお酒の部分がこぼれちゃうじゃん。
というか、その行為になんの意味があるんだろう。
躊躇っていると、七瀬さんに急かされる。
指ごと口に入れてしまえば、流れ出てしまう事はないだろうけど、指はね。
舌を入れられたことがあるのに何を言っているんだと自分でも思うが、どうしてか指を咥えたくは無い。
「ほら。溶けちゃうよ。」
「分かりましたから。」
意を決して七瀬さんの指を口で包み込む。
チョコレートと七瀬さんの指とが離れる。
その指は、私の口から出て行こうとせず、内頬をなぞっている。
七瀬さんはなぜだか楽しそうな顔をしている。
よく分からない。
しばらくそのまま口の中を弄られた後、その指は帰っていった。
変な感覚だったけれど、悪くは無かった。
「ゆきね。」
七瀬さんが手を拭いた後私の名前を呼ぶ。
私も七瀬さんを呼び返す。
そうして唇同士を接触させる。たったそれだけで、幸せだと思えてくる。
今日のキスは、少しビターな大人の味がした。
七瀬さんの手が私の鎖骨あたりに伸びてくる。
「もっと触りたい。いい?」
七瀬さんにそんな風に言われたから、思わず首を縦に振ってしまいそうになった。
「良くないです。七瀬さん、酔ってますね。」
「全然酔ってないよ。だからもうちょっといいでしょ。」
「それは無理です。服は脱ぎたくないので。」
「じゃあ服の上からならいいってこと?」
いつもと少し違う時間に、私は普段ならしないような返答をする。
「どうしてもと言うなら。」
その返答を待っていたかのように、七瀬さんは私の胸部に手を置いてくる。
前に心臓の音を測っていた時とは違う触り方にドキリとしてしまった。
だが、残念ながら私はかなり小さい。触っていても境目が分からないくらいに。楽しくないだろうな。
「七瀬さんのえっち。」
「ゆきねがいいって言ったんだよ。」
「言わされたんです。」
「嫌なの?だったら場所を変えるけど。」
そう言って七瀬さんはもう一方の手を私の膝の上にのせる。
ひゅっと全身に鳥肌が立ったのが分かった。
それは無理。
「‥‥‥嫌じゃないですから。変えなくていいです。」
「よしよし。じゃあそうするね。」
七瀬さんに撫でられ続けていると、だんだんと神経が集中していってしまうのが分かる。体全体が熱を帯びたようで、それが顔に出てないか気になってしまう。
そのことに気づかれたくないから、七瀬さんに話しかける。
「楽しいですか?あってないようなものですけど。」
「ゆきね。今は静かにしてて。」
「‥‥はい。」
七瀬さんがいつになく真剣な顔をしている。このタイミングじゃなかったら惚れてたかもな。
そう思っている間にも、七瀬さんは私に触れ続けている。
布越しでも、七瀬さんが私を求めてこういうことをしていると思うと、心臓がぐっと押し込まれるような感覚がする。
この体を覆う布切れを取り去って、七瀬さんに私を見てほしいという衝動の欲求に駆られるが、私にそんな勇気はない。
いつもみたいに、黙って受け入れる。
「大好き。」
そう言われてハッとした。
今なら好きだということが分かるかもしれない。
愛ってなんだろうか。
もしそれが、独占欲だというのなら私が七瀬さんに抱いているのは正しく愛だろう。
家族のように過ごしたいと思う気持ちだとしたら、それも当てはまってしまう。
友愛かもしれない。
この気持ちが分からない。
それでも、一つだけ七瀬さんに言いたくなる。
「好きです。」
気づくと自分の息が不規則になっていた。肺に空気を送ろうにも、すぐに吐き出されてしまう。
七瀬さんが大丈夫?と目で問いかけてくる。
そんな風に思うんだったらやめればいいのに。でも、そんな選択肢は彼女には無いみたいだ。
急に七瀬さんの手が止まる。
いや、私が掴んだみたいだ。
これ以上は無理だと体が言っている。
荒い息をしながら私は七瀬さんの腕をしっかりとつかむ。
「もう無理です。」
「そうだね。今日は、もう終わりにしようか。初めて好きって言ってもらえたしね。」
そう言って七瀬さんが私を抱き込む。
嬌声が響く。
七瀬さんを有無を言わさず追い出してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます