息をするように
また七瀬さんが私の唇を奪う。最後に息をしたのはいつだっけ。
どうしようもなく苦しくて、それでいてどうしようもなく満たされていく。
七瀬さんの顔が離れる。
息を吸い込む。酸素がおいしい。
私が呼吸をしていると、ベッドに無造作に広がった私の髪を、七瀬さんが一束一束手に取って愛おしそうにまとめていく。
その行為に何の意図があるのかは分からないけれど、感覚がないのに七瀬さんに触れられていると思うとくすぐったい。
七瀬さんのキスがもっと欲しい。でも、言葉にすることはできない。
今日は私は七瀬さんの言った通りにしなくてはいけないし、言われていないようなことは自分からしてはいけない。
私の髪を弄ぶのをやめた七瀬さんが私に目を合わせる。
「どうしたの。ゆきね。寂しそうな顔してるけど。」
「いえ。何でもないです。」
「言ってもいいよ。聞いてあげる。」
髪をくるくるといじりながら彼女はそう言う。
「だったら。‥‥‥もっと。キスがほしいです。」
こんな恥ずかしいことを口に出来るのは、これが罰ゲームだからという認識があるから。
普段だったら思っても絶対に口にしない。と思う。
特異な環境が人を変えるという現象は往々にして生じ得る。
「いいよ。」
笑いながらそう言って、また七瀬さんが私に口を落としてくる。
私がするよりも、何倍も上手だ。
昔、七瀬さんが最初に私の家に来た時に、自然とキスが出来るようになるのが恋人なのかもしれないと思ったのを思い出した。
自然かは分からないけれど、少なくともキスという行為は嫌なものではない。むしろ、ずっとしていたい。
けれども今は、七瀬さんが全ての主導権を握っている。
だから、彼女の背中に手を回したい。間にある空間をつぶしてしまいたい。
そう思っても、私にその権利はない。
すぐ近くにあるのに、触りたくても自分からは触れないもどかしさに苦しくなる。
出来ることは、ただ黙って七瀬さんが落としてくるキスを受け取るだけ。
だから、七瀬さんの舌が入ってきたとしても、私は意識的に反抗したりはしない。
でも、口内は綺麗にしているけれど、不快に思ってないか不安にはなる。
七瀬さんの舌は、私の歯を少しだけなぞって戻っていった。
「スロートキス。どうかな。」
「喉のキスですか。どうしてそう言うのか気になりますね。」
恥ずかしいから返答を主題からずらす。
「ゆきね、どうだったかちゃんと言って。」
「‥‥‥どきどきしました。」
自分の心臓の音が七瀬さんに聞こえていないか心配になるくらい、今の私の拍動音は大きい。
その心臓の位置に、七瀬さんが手をそっと置く。
「ほんとだ。」
「恥ずかしいので手をどけて下さい。」
「いやだ。ゆきねは私の言うことだけ聞いてて。」
そう言って、そのまま七瀬さんが私に舌を絡めてくる。
初めてだと思うけれど、七瀬さんはこなれているようでなんだか悔しい。
外から見たら、映画のラブシーンのように見えるんだろうな。
いつもと違うキスに、七瀬さんの体温を近く感じる。
舌って内臓の一部らしい。七瀬さんの大事な器官が私の中にあると思うと、それだけで胸の高揚を感じる。
同時に何かがどろどろに溶かされていく。
「ゆきね。かわいいよ。」
「黙って下さい。」
自分の顔が緩んでしまっているのが分かって、それを見られたくないという思いが先行する。
たぶん、のぼせた時よりもひどい顔をしてるんじゃないかな。
そんな私を見る七瀬さんの手は、心臓の上から脇腹へと移動している。
物理的にくすぐったい。
そのまま、七瀬さんは私の上から隣へとゴロンと転がった。
同時に私の体も七瀬さんの動きに連動するように引き寄せられる。
「ね。ゆきね。もっと触りたい。いい?」
もっと、というのはどこまでを含むんだろう。
少なくとも、そういった行為をする気はないし、腹部は見られたくないんだ。
けれども、今は私に拒否をすることはできない。
「触りたいなら勝手にすればいいんじゃないですか。」
「ゆきねは触ってほしい?」
「それは。‥‥‥恋人になってからですね。」
「今はまだ駄目?」
「整理がつくまでは。」
「そっか。じゃあ、なるべく早くね。」
そう言って軽く私にキスをすると、七瀬さんが起き上がる。
「私、耐えられるか分からないから。」
‥‥また嘘をつこうとしてる。
私は七瀬さんのことが好きだ。依存してしまうほどに。でもそれは、恋愛感情じゃない。ただ、私が七瀬さんがいないと駄目だというだけのこと。
でも、七瀬さんは私のことを恋愛対象として見ている。どうしてかは、聞いてもはぐらかされたけれど。これは疑う余地がない。
とにかく、私はどうにかして七瀬さんのことを恋という意味で好きになる必要がある。
だって、そうしないと七瀬さんはいつか離れて行ってしまうかもしれないから。
きっとそんなことは無いだろうけれど、そんな風に思ってしまうことも嫌なんだ。
そのために、七瀬さんを好きになろうと今日も頑張る。
朝、七瀬さんの声を聴く。脳がセロトニンを分泌しているのが分かる。
授業中、七瀬さんの横顔を見てかっこいいとときめいてしまう。
休み時間、七瀬さんが私を気にかけてくれるのが嬉しくて、頬が緩む。
お昼休み、七瀬さんが私の作ったお弁当を食べてくれるのを見るだけで、胸がいっぱいになってくる。
放課後、今日も七瀬さんが家に来る。そうして、人には言えないようなことをする。
二人だけの秘密という言葉の甘美な響きに酔いしれながら、その喜びをかみしめる。
今日も私は七瀬さんとキスをする。
だけど、その私のせいで七瀬さんが人に詰め寄られている。
名前はもう覚えた。
腰巾着のリーダー。中野さん。
背がとても高い。
そんな人に机の前に立たれている七瀬さんは、一見すると子供が大人に叱られているかのようにも見えてしまう。
私と違って七瀬さんはそこまで身長が低いというわけではないのに。
「ねえ瑞樹。最近付き合い悪くない?ずっと白世さんと一緒にいるよね。貴方たち本当に付き合ってないの?そうじゃないなら、もういっそのことくっついたら?」
「ごめんってば。幸音とは色々とやっててさ。今日は顔出すから。」
「そういう話じゃないの。ただ、瑞樹がいたほうが色々と楽しいからって話。白世さんといたいんだったら、二人一緒に来る?そうすればみんな解決するし。」
「どうしよう。それは遠慮しておこうかな。ゆきねは大勢でいるのが苦手みたいだし。」
「そう。それより貴方のことよ。瑞樹が来ない理由は白世さんといるからなんだろうけど、いきなり頻度が増えすぎてない?一人と遊んでいるにしては時間を割きすぎじゃない?別のこれに関してとやかく言うつもりはないけどさ。」
「うーん。それを言われるとつらい。あと少しで解決する見込みがあるんだけど。今は何か弥縫策はないかな。」
「週四日。それで許す。」
「四日!?多くない?計画に支障が‥‥」
「計画?どちらにせよ今までは六日だったんだから。二日も減ってるの。我慢する。というか、私達といることはもう飽きたって感じなの?」
「そんなことは無くて、本当にあと少しの間だけまとまった時間がほしいだけなの。せめて三日じゃだめかな?」
「駄目。二日も白世さんといられるんだからいいでしょ。」
「くー。仕方ないかぁ。まあ、あれさえ上手くいけば何とかなるから大丈夫かな。幅を持たせた計画を立てておいてよかったよ。本当に。」
「何のことかはわからないけど、みんな不安なだけなんだよ。嫌われたんじゃないかって。少しでも安心させてあげてほしいかな。」
「それは、確かにもっとちゃんと注意しておくべきだったかも。私が悪かった。」
なんだかんだ言って、七瀬さんは人気なんだ。会話も上手だし、美人だし、頭もいいし。
私なんかにその時間を割いてくれているのが申し訳なく感じてしまうくらいには完ぺきな人。それが七瀬さんだ。
それで、七瀬さんが家に来れるのは日曜日を含めた週三日になってしまった。
寂しい。
___________________________
こんにちは。作者のノノンカです。
前回が第十五話目だったのでそこでメッセージを残す予定でしたが、また諸事情で一話分遅らせることになってしまいました。
申し訳ないです。
それでは今回の本題ですが、合計PV数がなんと3000になりました。この一週間で一気に増えました。本当に見て下さった皆様には感謝してもしきれないです。
ありがとうございます。
カクヨムコン9の終わりへ向けて最後まで頑張りたいと思います。
今後も二人をどうぞよろしくお願いいたします。
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