楽しい楽しいお出かけ
お出かけの約束からちょうど一週間たった今日、日曜日。七瀬さんとは駅で待ち合わせをしていた。
まずは、この前に七瀬さんが行きたいと言っていた水族館に行くようだが、その本人が中々見つからない。
七瀬さんにどこにいるのかと電話してみる。
「ごめん。思ったより着替えに手間取っちゃって。あと五分くらいで着くから。」
らしい。
十分後、七瀬さんが歩いてくるのが見えた。両手にコーヒーを持って。
「お待たせ。遅くなっちゃってごめんね。これ、お詫び。」
「‥‥‥その時間があればもう少し早く来れたんじゃないですか。」
「必要経費だから。もしかして、甘い方がよかった?」
「そんな事無いです。子供じゃないですから。」
「そうだよね。それじゃ、行こうか。」
「はい。」
電車に揺られて十数分。水族館につく。
「思ったよりも小さいですね。」
「そうかも知れない。でも、ここでも魚は見られるから。」
「そういう意味で言ったわけではないんですけど。‥‥七瀬さんはどの魚が見たいとかあるんですか?」
「私?特にないけど、タツノオトシゴとか?」
「思ってないですね。好きな魚がいないならそう言えばいいのに。」
「だって、そう聞かれたら何か答えなきゃって思うじゃん。逆に聞くけどさ、幸音はどれが見たいのさ。」
「クラゲですね。半透明なのに臓器が見えないのが面白いです。」
「うわ。ロマンチックさのかけらもない。まあ幸音らしくていいけど。」
「‥‥さりげなく貶してる。でも、クラゲはいいですよ。」
「はいはい。そういうことにしておいてあげる。」
本当にクラゲは見てるだけで楽しいのに。
分かってもらえないなんて。
私のイメージでは、クラゲは水族館の入り口あたりにいることが多い。けれどもここの水族館ではそうではなかった。
最初から大きな水槽が設置されていて、見る人を楽しませている。
七瀬さんも。
「幸音~。見てみて。ちっちゃいのがいる。」
「七瀬さん。子供じゃないんですから、大声ではしゃがないで下さい。」
「子供だけど?それよりこの子。可愛くない?」
七瀬さんの指す方を見ると、確かに小さい魚が泳いでいる。グッピーみたいだ。
私が知る限りでは、こういった小さな魚は群れているのが基本なはずなんだけど、近くにはそれらしいものがない。
はぐれたのかな。
「元の群れが見当たりませんね。」
「う~ん。多分あれじゃない?」
そちらに目を向けると、確かにそれらしいものがあるのが見える。
随分と離れている。
可哀想に。
思わず感情移入しそうになる。少し私みたいだったな。
グッピーもどきの観察はここまでにして、ほかの魚を見てみる。
ちょうど真ん中あたりに魚の大群が渦を作っている。
イワシかな。
魚が群れを作るのは、泳ぎやすいからとか、捕食者から逃げるためとかいろいろな理由があるみたい。
あの大きさで一匹も脱落者が出ないのには驚嘆する。
気づいたらかなり長い時間大きな水槽の前に佇んでいたようだ。
七瀬さんがそろそろ次のブースへ行こうと声をかけてきたから気づいた。
次に展示されていたのは、七瀬さんが好きだというタツノオトシゴを含めた小さな魚。
正直、あんまりここには見るものはないかな。
七瀬さんはタツノオトシゴではなく、小型のカサゴみたいな魚を見ている。
可哀想だから、タツノオトシゴを見てあげよう。どうしてかそう思った。
じっと見つめても、それは沈めてある木に引っ付いているだけだった。鰭すらも動かさないから、時たま動く顔だけが生きていることを教えてくれる。
ずっと泳いでいるイメージがあったから、こんなにも動こうとしないのには驚いた。
今日は虫の居所が悪いのかもしれない。
クラゲにたどり着くまでに、かなり長い時間を要した。
それでやっと見る事が出来たので感動もひとしおだ。
やっぱりこのただ漂っているように見えるのがいい。
クラゲの生態は面白いもので、生まれてから何度も姿を変質させるのだ。さらに、普通なら寿命は一年程度だという。
外見は穏やかなように見えて、実はかなり悲愴な生涯なのだ。
他にも、神経がないのに獲物をとらえる事が出来るとか、なにそれ?と言いたくなるようなことばかりなのがこのクラゲなのだ。
一番最後に展示されているのは、こんな風に暗い未来を背負っていても、見る人を楽しませる事が出来るというメッセージなのかもしれない。
‥‥‥考えすぎか。
少し詩的になってしまったが、クラゲを見ているのが楽しいのは確かなので、閉館時間まで居座っていようかな。
「幸音。いったい何時間見るつもりなの?三十分間動いてないけど。」
「閉館時間までここにいるつもりです。」
「嘘でしょ。」
「本気ですよ。」
「‥‥あのね、確かに私が遅れたのは悪かったけど、今日は私が好きなところに連れて行くっていう約束だったから。だから、そろそろ水族館以外にも行きたいんだけど。」
そういえばそんな約束をしてきた気がする。
それなら仕方がない。
「分かりました。それで、次はどこに行くんですか?」
「取り敢えず、もうお昼だから先にご飯食べてからね。」
「了解です。」
お昼を済ませてから私達が向かったのは、ちょっと大きめなデパート。
そのファッションフロアに今いる。
凄くありきたりな事が起きている未来が見える。
私が持っている恋愛小説のうちの八割以上にはこのシーンが含まれているのではないだろうか。
そう。服を買うのである。
まあ、絶対やるだろうなと思っていた。予想はできていたし、心の準備もしていたけれど、面倒くさいものはやりたくない。
「七瀬さん。私はパスで。」
「なんで?服は嫌い?」
「服は嫌いではないですけど、わざわざ着替えるのが面倒なだけです。」
「うわ。女子にあるまじき発言だ。全く。仕方がないから、すぐに終わらせてあげよう。」
「そうして下さい。」
「他にも行きたいところがあるからね。」
そう言って七瀬さんが服を選び始める。
こういうことは言うべきではないんだろうけれど、何のためにそこまで着飾ろうとするのか、全く分からない。
人を駄目にするパジャマが何着かあればそれでいいという風に思っていたこともあるくらいだから、ファッションなんかに一切興味がない。もちろん、メイクなんて以ての外だ。
それでも、七瀬さんが選んできてくれた服を着る。
「似合ってますか?」
「うん。惚れ惚れする。」
「流石七瀬さんですね。」
「違うって。ゆきねがかわいいから。」
「そうですか。それで、購入するのはこれでいいですか?」
「うーん。まあ、今日はこれでいいか。」
高い。
需要がこんなにあるなんて謎だ。
今日はかなりたくさんのことをした。外出という行為自体があまりしない事だったので、疲れたけれど、七瀬さんが楽しそうでよかった。
今も隣を歩く七瀬さんはスキップしそうな軽い足取りで歩いている。
「ねえ。幸音。今日は楽しかった?」
「どうでしょう。クラゲを見ていた時は楽しかったと思います。」
「そうだったね。」
七瀬さんは黙ってしまった。
楽しかったって言ったのに。
「あの、七瀬さん?急に黙ってどうしたんですか。」
「幸音にとってさ、私って必要?」
「‥‥急にどうしたんですか。七瀬さんは私にとって既に、大切なパートナーです。」
「そっか。」
そう言ってまた黙り込んでしまった七瀬さんは、私の手を握ってきた。
そうすることが正解のように感じたので、その手を静かに握り返す。
ちらちらと雪が降ってきた。雪といっても、雨と混ざった霙だ。
それでも、雪というものは寒さを演出する。
じゃりじゃり、とそこまで積もっていないのに足元で音を立てる。
七瀬さんの手が無性に温かい。
それでも、寒いものは寒い。特に何もつけていない頭が痛くなってくる。
そんな私を見て、七瀬さんが耳当てを買ってくれた。
白くてもふもふしている。
また七瀬さんにもらったものが増える。それが私の家へ帰る足取りを軽くする。
七瀬さんは家までついてきた。
彼女が言うには、今日は一日私は言うことを聞かなくてはいけないらしい。
そんな風に決めたっけ?しっかりとメモに書き残しておけば良かった。
そのせいで、七瀬さんにいいようにされてしまう。
するといってもキスくらいなんだけど。
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