一人の娯楽と二人の遊び

 今日は七瀬さんは友好関係の維持のために、腰巾着たちと一緒に遊びに行った。

というわけで今は一人で本を読んでいる。最近一人で静かに過ごす時間が減ったので、今のようなものも悪くはない。

じっと考え事、自分の心を探っている。

私にとって七瀬さんはもう大切なんだ。これはもう変えようのない事実だ。そばにいるだけでお腹の底から暖かさが込み上げてくるし、何より私をずっと待っていると言ってくれたのだ。


だから私は今とても困っているのだ。

七瀬さんに恋愛感情は抱いていないと言ったものの、そう言い切るためには恋心がどんなものか知る必要があるから。そして、いつか七瀬さんの思いに応えてあげたいから。

なので最近は恋愛小説を手にすることが増えている。


自分の気持ちが分からなくなった時に、他の人が書いてくれた文章を読むことでそれを言語化できる。そうして整理していくことで、これからどうしていくべきかが分かる。



本棚が新しいジャンルで塗り変わっていくのは少し寂しいようで、また嬉しくもある。


まだ恋情が何かは分からないけれど、七瀬さんが私の大切な人になっていると言うことは理解している。もう七瀬さん無しでは生きられないくらい。

だから、恋人かどうかは別として、パートナーではあるかも知れない。

キスも何度もしてるわけだし、本当に恋人じゃないかと言われると怪しいところもあるが、私の中ではそういう関係ではない。


パートナー。いい響きだ。


そう考えながらページを捲る。

基本的に多くの恋愛小説では、主人公が思い人の苦しみを共有することで仲が深まるものが傾向的に多いと思う。


このお話も、ありきたりな展開を迎えるだろう。最近はあまり勉強にならなくなってきた。

そろそろジャンルを変えてみるのもありかも知れない。


例えば‥‥七瀬さんが好きだという推理小説とかを読んでみるのもありだ。



その七瀬さんは、三時くらいに顔を見せてくれた。


 前に七瀬さんが家に来た時と一つだけ大きな違いがある。

オセロを買ったのだ。理由は特にない。ただ、七瀬さんが来てもただ本を読んだり、テレビを観るというだけでは退屈だろうと思ったから。オセロならルールも簡単だし、場所も取らない。ちょうど都合がいいのだ。


「幸音の家に、とうとう娯楽目的の物が存在するようになったなんて。」

「私を何だと思っているんですか。本ならたくさんあるのに。」

「人と遊ぶためのものは初めてじゃない?」

「そう言われてみるとそうですね。今までは一緒にいるような人がいなかったので。」

「‥‥‥」

「どうしたんですか。遠い目をして。」

「だって、そんなこと言われたら。今は私がいるからね。」

「そんなこと分かってますよ。」


今では人と一緒にいることが楽しい。主に七瀬さん。


「じゃあ早速やってみる?」

「やります。」


そうして記念すべき第一回目の対局が始まった。



結果、勝った。

運が良かったのだと思いたい。でもきっとそうではない。

七瀬さんに勝負では勝ったのに戦いでは負けた気がする。

その理由が、目の前にある盤面。

黒石と白石が並んでいる。

ハート型に。


ハート型なのだ。どうして?

いくらオセロを始めたばかりの私でも分かる。オセロの対局で絵を作るのは相当な高度な技術であると。それを七瀬さんがしてきたのだ。

凹むよ。


「好きだよ。ゆきね。」

「この状況で言います?それ。」

「メッセージ性があっていいじゃん。グッときたでしょ。」

「そうですね。もう二度とオセロをしたくないと思うくらいには。」

「なんで?幸音勝ったでしょ。」

「どう考えても七瀬さんの八百長ですよね。」

「私は真面目にやってたから。そんなこと言われるなんて心外なんだけど。」

「真面目にやる方向が違います。」

「人の努力をそんな風に言うのはよくないと思う。」


実際そうだし。何やってるんだよ本当に。

オセロをしていてハートができるってどれくらい難しいんだろう。というか、それを目的としていない対局では普通ならできないだろう。


全てが七瀬さんの掌の上だ。


「どうする?もう一回やってみる?」

「やります。今度はハートとか作らないで下さいね。」

「だったら、勝った方が相手の言うことを聞くルールにしようよ。そっちの方が盛り上がるし、私も負けないようにするから。」

「分かりました。今度こそビギナーズラックを見せてやります。」


今回は七瀬さんは真面目にやっているようで、石を見ても絵になっているようには見えない。


そうして勝負が終わった。


市松模様が出来た。つまり引き分けだ。

ふざけるなと言いたい。


「どうしてこうなるんですか。七瀬さん、狙ってやってますよね。」

「これはたまたまでしょ。うん。狙ってこんなことできないよ。」

「狙ってハートを作ったような人に言われても一切説得力ありませんよ。」

「そうだけどさ。」

「というか、どうしてこんな綺麗に模様が作れるんですか?普通勝負でこんな模様はできませんよね?」

「幸音と相性がいいってことじゃないの?」

「はぁ。もういいです。ちょっと色々と疲れましたし、お休みにしましょう。」

「いいね。私、甘い物が欲しいな。」

「ここに来る度に糖分を摂取していきますけど、体型とか大丈夫なんですか?」

「ふふふ。私を甘く見ないで欲しいな。これでも体重はここ一ヶ月で一キロ減ったのだ。」

「‥‥‥それもそれで問題なような。」


七瀬さんといると話題に尽きることが無い。

それだけで日常が色づく。楽しいと思う。



休んだ後は七瀬さんはちゃんと勝負をしてくれた。

そして惨敗した。悔しい。

七瀬さんは私が真面目にやっていても、なぜかアートを完成させられるほど先読みをしているのだ。普通に戦って勝てると思っていたことの方がおかしいのかも知れない。


本当に七瀬さんは何者なんだろう。


まあ、負けた事は変わらないし、その結果、私は七瀬さんの言うことを聞かなくてはならなくなった。

それでお願いされたのは、後日一緒に出かけることだけだった。


別にその程度ならお願いされなくても行ったのだが、一日中好きな所に連れ回すから、と言われて納得させられた。


少し楽しみ。

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