じゃれ合いと仕返し

 七瀬さんが私にアピールを始めてから一日。早速いろいろなことがあった。


いつも通り登校しようとすると、家の前に七瀬さんがいた。


「‥‥あの、ずっと待ってました?」

「うん。驚いた?」

「驚いたというか、風邪ひきませんか?寒いですよね。」

「ちょっとね。」

「だったら少し家で温まっていきます?幸いまだ時間には余裕がありますし。‥‥というか、いつもは早く学校についてますけど、なんで来たんですか?」

「それは、昨日言った通り。寒いからちょっとお邪魔するね。」

「‥‥‥どうぞ。」


ここまで普通はするだろうか。でも、登校時に一人じゃないというのは新鮮で楽しかった。



この時私は七瀬さんの腰巾着たちのことを忘れていた。

そうして今色々と問い詰められているのだ。


「ちょっと白世さん。人の話聞いてる?」

「は、はい。聞いてません。」

「聞いてるんだったら‥‥‥。やっぱり聞いてないんじゃん。」

「うっ。ごめんなさい。」

「だから、どうして瑞樹があなたと登校してきたかを聞いてるの。」

「それは、お弁当を作っているところを見たいといわれたので?」


かろうじて思いついた言い訳がこれだなんて、貧相な頭だ。


「疑問形?ねえ、瑞樹。そうなの?」

「うん。遊びに行ってた。」

「ふーん。そうなんだ。珍しいわね。」

「まあ、いつもお世話になってるからね。これくらいは当たり前だよ。」

「そういえば、今だから聞くけどどうして白世さんは瑞樹にお弁当を作ることになったの?」


利害が一致したから、かな。


「幸音のお弁当おいしいから。学食より何倍も。」

「‥‥ちょっと興味あるかも。でも、同級生にそんなことしてもらえて羨ましいわね。」

「あれ?なっちゃん。もしかして羨ましいのかな。」

「そんなことはないけど、ちょっと楽しそうでいいなと思っただけよ。とにかく、瑞樹が朝いないと違和感がすごいんだから。ちょっとは気を使いなさいよ。」

「そうなの?それはすまんの。」

「分かってるんだか。白世さん、大変だろうけど頑張ってね。」

「はい。頑張ります。」

「幸音?大変だったの?」


七瀬さんが無言の圧力をかけてくる。どうするのが正解なんだ。


「えっと。楽しいです。」

「そう。よかった。」


ふぅ。間違ってはいなかったみたい。

朝から大変だ。


後から考えれば、これはほんの序の口だった。



体育の授業中、二人組を組む例の行事がやってきた。

私はいつも通り余りの人が出てくるまで体育館の端で待っていたんだけど、そこに七瀬さんが現れる。


「幸音。今日も一人。」

「知ってます。そんなこと言う七瀬さんは組む人には困らないようで羨ましい限りです。」

「へへ。ありがとう。でも、今日は幸音と組むって決めたから。」

「え?なんでですか?」


七瀬さんにとっての私と他のクラスメイトとの比重が私にどんどん傾いてきている気がする。


「幸音を好きにさせるって言ったでしょ。」

「確かに言われましたけど、ここまでする必要あります?」

「ある。絶対に。」

「そうですか。」


もういいや。なるようになるさ。



七瀬さんとのボール遊びは、楽しかった。

後から大変だった。



さて、これがお昼までにあった出来事だ。

これだけでもう十分である。

なのにだ。七瀬さんは昼食中にもちょっかいをかけてくる。



「ねえねえ幸音~。あ~ん。」

「食べませんけど。というか、全然周りから見られてますよ。」

「じゃあ、見せつけてあげようじゃない。」


何言ってるんだこの人。

よく考えてほしい。

ここは女子高である。そして、大半の生徒は思春期。すなわちそういったお年頃だ。目の前に展開されているこういった会話を逃すはずがなく、既に周りには野次馬が多数。

なにしてくれとんねん。


あー。もう無視無視。気にするな、私。

もぐもぐ、もぐ‥‥‥七瀬さんがこっちを見ている。


無視。


「ゆ~き~ね~。無視しないでよ~。」


七瀬さん、そんなキャラだっけ?


「そんなことする七瀬さんが悪いんです。いいから前を向いて食べてください。」

「恥ずかしがり屋さんなんだから。」

「そんなこと関係なく、学校では流石にしないと思いますよ。」


さっさと食べきってしまおう。


私のこの判断は悪手であった。


お弁当箱をしまい終わり、この居心地の悪い空間から抜け出そうとしたら、周囲の人たちが当然のように話しかけてくる。


予想できたはずだったのに。ゆっくりと食べていればよかった。



「ねえねえ白世さん。白世さんと七瀬さんってもしかしなくても付き合ってるの?」

「ふぇ?どうしてそう思うんですか?」

「だって‥‥あ~んってやってたじゃない。これで付き合ってないはず無いよね。」


それはおかしい。確かに、人前でやるようなことではないが、七瀬さんは友達なら普通とか言ってたはずだ。ポッキーゲームもそうだけど。

どうして付き合ってることにな‥‥‥七瀬さん?もしかして嘘つきました?


そちらを見ると、七瀬さんがフッと顔を背けた。


あ、騙されたわ。

じゃあ、食べさせあうのって本当は恋愛関係にある人たちしかやらないってことなの?

どうしよう。七瀬さんに全責任を負わせることもできるけれど、そんなことはしたくない。


うーん。

ここで私は天啓を受ける。

そう。ゲームにしてしまえばいいのだ。遊びだったら、面白いね~で終わらせる事が出来る。


「別に、私と七瀬さんは恋愛関係にあるわけではないですよ。これはある種のゲームです。」

「ゲーム?」

「そうです。どちらが先に耐えられなくなるかという我慢比べですね。」

「そうなの?随分と百合百合しくておいしいから嬉しいんだけど、ちょっと残念。」


百合百合しい?聞いたことない。私おいしくないし。

とにかく、窮地を切り抜けることはできたようだ。今日帰ったら、七瀬さんを尋問しなくては。



 そんなことがありながらも、無事に学校から帰って来る事が出来た。


さて、本番はこれからだ。

七瀬さんを問い詰める必要がある。

そのための準備をしておこう。



 インターホンが鳴らされる。

やっと来た。連絡しても返事がないから今日は来ないかもと思い始めたところだった。


「えっと、幸音。その、お昼は‥‥」

「七瀬さん。取り敢えず中へどうぞ。」

「う、うん。お邪魔、します。」


七瀬さんにはソファーに座ってもらう。

ここまで計画通り。


「さて、七瀬さん。何か私に言うこと、ありませんか?」

「‥‥‥ごめん。その、ご飯とかを食べさせあうのは、実はあんまり友達同士ではやらないというか、普通はやらない、かも?」

「やらないんですよね。逃げないでください。」

「うっ。はい。すいません。」

「それで、どうして嘘をついたんですか?」

「‥‥どきどきするから。」


何を言っているんだろう。


「だから、幸音と恋人っぽいことをしてみたかったの。」

「それが謎ですね。嘘をつく必要がないですもん。本当のことを言って、それでやりたいって私に言ったら、おそらく断れなかったと思いますよ。」

「それじゃだめなの。いやいややらせるんじゃなくて、自分から進んでやってほしかったというか、可愛い顔が見たかったというか。」


不純すぎる理由だ。もう七瀬さんなんか知らない。


「じゃあ、嘘をついた理由は七瀬さんの個人的などうでもいい理由だったということですね。」

「言い方‥‥でも、そう。」

「七瀬さん。私言いましたよね。人は嘘をつくから信じたくないって。七瀬さんにだけは裏切ってほしくなかったんですけど。」

「‥‥それはごめんなさい。でも、もう嘘はつかないから。」


七瀬さんもちょっとは悪いことをしたと思っているかな。

順調順調。


「じゃあ、どうやって信じさせてくれますか?」

「え?何?またキスすればいいの?確かに恥ずかしいけど‥‥」

「違いますよ。七瀬さんがキスされるんです。」

「えっ。」


そう。これが私の完璧なパーフェクトプラン。

今までさんざんポッキーゲームやキスをされてきた私だからわかる。

これは、される方が恥ずかしい。

多分。


それに、意外な行動をとることで意表を突き、心情の乱れを引き起こす事が出来る。

これで七瀬さんもあたふたすること間違いなしなのだ。


というわけで、七瀬さんをソファーに押し倒す。

大体ここら辺は、私が所有する数少ない恋愛小説の全てで似たようなシチュエーションが出てきているので、攻撃力は高いはずだ。


「ちょっとまって。ゆきね。」

「待ちません。」


こうやって見ると、七瀬さんが可愛く見えてくる。

今までそうじゃなかったというわけではなくて、いじめたくなる?

嗜虐心が刺激されるとでも言うのか。

そんな感じ。


‥‥‥キスってどうやるんだ?


肝心の部分が分からない。

普通に顔を落とせばいいのかな?

でも、鼻がぶつかっちゃう。


ああ。顔を傾ければいいんだ。

そうして私の唇を七瀬さんのものに強く押し付けた。

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