大切と恋の交差点

 今日はタイマーが鳴るよりも早く起きた、というか寝ていない。

一晩中七瀬さんの「好き」という言葉について考えていた。

というか、私は七瀬さんの自らを鼓舞してした告白を、笑って受け流してしまったのだ。

そりゃ怒られるというか、呆れられるだろう。


スマホで連絡しようか何度も迷ったけれど、しっかりと顔を見て言葉で伝えなきゃいけないと思ったのでしていない。


七瀬さんになんて言えばいいんだろう。今から胃がふわふわしている。


学校の門が開くのは六時かららしいけど、七時に登校しても誰もいなかった。


なんとなく、家にいるのが落ち着かなくて学校に来てしまった。それだけ。

でも、チャイムが鳴るまでの一時間程は暇だ。

本を読もうにも、これから七瀬さんと顔を合わせると思うと、何にも集中できない。


七瀬さんが友人と登校してきて、話しかけるタイミングを逃してしまったら授業中ずっと集中できないかもしれない。不安だ。


しかし、それは杞憂だった。


「あ、おはよう。」

「おはよう、ございます。」


七瀬さんが登校してきた。いつもこんなに早かったのか。

誰もいないのに、寂しくなかったのかな。


‥‥‥気まずい。

本当は私から話しかけるべきなんだろう。一応、告白されてるから。

でも、なんて話しかければいいんだろう。生憎、人とのコミュニケーションなんて七瀬さん以外とはほとんどしていないし、読んでいる本も主人公は私みたいに人と話をしないような人達だから、何て言えばいいのか全く分からない。


勇気を出せ。私。

簡単なことだ。

七瀬さん。昨日のって私を恋愛対象として見ているっていうことでいいですか?って聞けばいいんだ。


‥‥‥チクタクチクタクチクタク。


時間だけがゆっくりと過ぎ去っていく。


今を逃したら二度と聞けない気がする。頑張れ私。勇気を出すんだ。


そうして、七瀬さんの前に行き何とか言葉を紡ぎだした。


「七瀬さん。昨日は、勘違いをしてしまってすいません。その、あの好きって私に‥‥‥ええと、恋?してるっていうことで合ってますか?」


七瀬さんは私を怒ったような目で見つめてきた。


もしかして私また間違えた?

でも、確かに昨日は‥‥キス、したし。


七瀬さんを見つめる。

目を逸らされる。


「幸音の‥‥ばか。」


静かに、けれど確かに七瀬さんはそう言った。


「合ってるってことですか?」

「遅いよ。」


そう言って七瀬さんは椅子から立ち上がって私に軽く口づけをした。


学校なのに。

早く来てよかった。



 そうしてその日はそれ以上七瀬さんとのことについて悩むことは無かった‥‥‥わけではなかった。

七瀬さんとの仲直りが出来たことで、私は昨日のことについてしっかりと考えてしまった。


そう。私たちはキスをしたのだ。ポッキーゲームではなく、本当のやつを。

恥ずかしい、と一言で言えれば良かったかもしれない。

けれど、七瀬さんと唇が触れ合った時感じたのはきっと、もっと欲しい。だった。


自分でもどうかと思う。でも、確かにあの時私は、言葉で言うなら満たされていた。

信じられないけれど大丈夫だ、と根拠なく確信できた。それで、もっとそうしていたいと思ってしまった。


でも、キスはキスだ。もちろん、七瀬さんが私を大切に思ってくれているんだとわかって、凄く胸がいっぱいになったし、七瀬さんは私の本当の意味での大切になってくれると思えた。


でも、私は七瀬さんの好き、に応えられるのだろうか。

多分だけど、私の好きと、七瀬さんの好きは何かが違うんだ。



そうそう、お昼のお弁当はしっかりと作ってきた。告白されたから気まずいって作らないのは身勝手だから。

でも、もしかしたら七瀬さんは今日は食堂に行ってしまうんじゃないかって、少しだけ不安だった。


結局そんなことは無く、いつも通り私の席の隣まで来ておいしそうに食べてくれた。

こっそりと私に食べさせようとしてきたときには心底焦ったけれど。



 その日、案の定というか、予想通り七瀬さんは家に来た。

しっかり話し合うためだ。

‥‥だよね?ポッキーは出さなくていいよね?


ひと悶着あったものの、ちゃんと話し合いの場は設ける事が出来た。


「それで七瀬さん。」

「なに?幸音。」

「拗ねてます?」

「拗ねてないよ~だ。」

「私が悪かったですから、機嫌を直してください。」

「じゃあ、ん。」


と、七瀬さんは唇を上げる。

キスはしないよ。

とりあえず、手元にある先ほどのポッキーを口に押し込む。

今までされてきたことのお返しだ。


七瀬さんも驚いたような顔をしている。これぞ完全な意趣返しだ。

私は根に持つ女。


「幸音。おもしろくない。」

「それはいいですから。今日はいろいろと話さないといけないことがありますから。」

「はいはい。じゃあ、私は幸音が好きでした。終わり。」

「終わらないでください。」

「じゃあ何について話す?なんでもいいよ~。」


話さないといけないことは、主に私に関することだ。

まずそもそもとして、私が大切な人を作りたくないという話が、七瀬さんの告白のせいで有耶無耶になってしまっている。体よく騙されたといえばそうなんだけど、七瀬さんには分かってもらわなきゃいけない。


「ええと、まず七瀬さんが私のことが好きだというのは今はいいとして、昨日の私の話を七瀬さんなんとなく終わらせようとしてません?」

「だって、幸音そういうところ面倒そうだし。」


面倒だと思われていた。確かに客観的に見るとそうなってしまうのか。


「悪かったですね。じゃあ単刀直入に言うと、私は七瀬さんと同じような感情を持てませんし、本音を言うと今でも逃げたいです。」

「‥‥うん。大体そうだろうなと思ってたよ。」

「すいません。」

「気にしないで。それでも好きにさせるから。」

「‥‥変なことはしないで下さいね。」

「しない、と思う。」


確証がないのか。七瀬さんらしいというか、被害を被るのは私なんだけどな。


「まあいいです。とにかく私は七瀬さんに好きと言うことはできません。」

「いいよ。だって、今まで私のことが好きだったらあんな風にならないでしょ。」

「いえ。そんなことは無いです。七瀬さんは私の大切になってしまいそうなんです。それでも、絶対離れないと分かるまで受け入れられないです。」

「いいよ。待つって決めたからね。だから、幸音が本当に私を大切だって言えるようになったら、その時また話そう。」

「はい。」


待ってくれる人がいる。私が不完全でも、面倒な人間でも、それでも好きだと言ってくれる。

私がどうにかしなくちゃいけないんだ。もう、七瀬さんにやってもらうわけにはいかないから。



「でも、ずっと待ってたらおばあちゃんになっちゃうからさ。幸音が私を好きって言うまで頑張るね。」


ん?

頑張る?何を?


「すぐに好きにさせてあげる。」


そう言って七瀬さんは私の肩を抱き寄せる。

七瀬さんの甘い香りがした。

こうしているだけで、満たされてしまう。

もっと近くに感じたくて、七瀬さんに手を回す。

そして、そこに力を籠める。


どんどんと、七瀬さんを拒否していたものが溶け去っていくのが分かる。

どうしても七瀬さんが欲しい。


それを感じ取ったのか、七瀬さんもしっかりと私を抱きしめ返してくれた。

この数年で、一番幸せを感じた。


もういいや。そう思ってしまいそうで慌てて離れる。

危ない。本当に好きって言わされるところだった。

今の私にとっては、七瀬さんの全てが劇薬だ。


「どうしたの?急に離れて。」

「七瀬さんが大切になってしまいそうで、何とか一歩踏みとどまりました。」

「嫌なの?」


嫌じゃない。逆だ。凄く欲しいから最後の一押しが出来ない。

でも、このままだとすぐに堕とされてしまいそうで怖い。

いや、そうすれば楽になれる。かもしれない。


「幸音また考え事してる。まあ、今日は可能性が見えたからいいか。じゃあ、また明日来るから。覚悟しておいてね。」



覚悟。明日とかには終わってるかもしれないな。

そうして私が七瀬さんと正式に恋仲になるまでのタイマーが動き出した。

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