告白

 七瀬さんは頭がいい。前から知っていた。

だから私が言った確実なんてものはないという言葉が、そのまま返されてしまったということに対して驚きはない。それについて考慮しなかった私が馬鹿だったという話なだけだ。


人の言葉に嘘はないなんてことを証明することは不可能だ。悪魔の証明というか、未来なんて分かるはずがない。


私の「大丈夫」も、七瀬さんの「待つ」という言葉も、誰かが保証してくれるわけではないし、信じてくれという方が無理な話だ。私だってそんなことくらいは分かる。


でも、確実ではない言葉を、それでも欲してしまう。

この先辛くなってしまうかもしれないという恐怖さえかなぐり捨てて。

暖かい拠り所が目の前にある時、全てを忘れてただ手を伸ばしてしまった。


それが今の私だ。

いつか後悔するかもしれない。でも、今は七瀬さんといたい。



「‥‥幸音。幸音。」


しまった。考え事に夢中になってた。


「あ、すいません。考え事をしていました。‥‥‥というか、名前で呼ばないでほしいって前に言いましたよね。」

「だって幸音がそう呼んでほしそうな顔してたから。」

「はぁ。そんな顔しませんよ。」

「いや、壊れ物を見るような顔してる。」


どういう顔だよ。そして、それは名前を呼ぶことには繋がらない。はずだ。


「理解できませんね。とにかく白世でお願いします。」

「う~ん。‥‥幸音。」

「はうっ。」


いきなり耳元で囁かれた。凄くくすぐったい。

でも、不思議と嫌な気分ではなかった。

七瀬さんにいろいろな思いをぶつけてしまったからだと思う。


「いきなり何ですか。びっくりしました。」

「でもほら。そんな嫌そうな顔してない、というか今笑ってるよ。」

「そんなことは‥‥」


顔を触ってみる。分からない。人間の得ている情報のうち、視覚は八割を占めているらしい。

自分の顔は見れないから笑ってるかわからないのも仕方ない事だ。


スマホのインカメで見てみる。


‥‥‥変な顔。


「これ笑ってるって言います?」

「いつもと比べたら格段に明るいよ。」

「そうなんですか。」


いつも自分の顔なんてちゃんと見てない。そこに親の面影を感じてしまうから。

でも、比べて見てみたいと少し思った。


「そう。幸音には心を許せる人が、頼れるような人が今は必要なんだよ。」

「心を許せる人‥‥。確かに自分がもう一人いたら、と思ったことはあります。」

「何それ。クローン?ああ、でもそうか。自分だったら裏切らないのか。ある意味理想的な人だね。」

「でも、そんなこと叶うはずがないので。」

「それ、私が叶えてあげようか?」


七瀬さんは科学者にでもなるつもりなのかな。今の成績だったらあながち嘘とも言い切れないな。


「でも、それってすごく時間がかかりますよね。研究が仮にうまくいったとしても、実現するのには法律の問題等もあるでしょうし。」

「何の話?私がもう一人の幸音の代わりになるって言ってるんだけど。」


代わり?どうやって?

いや、どうして?


「幸音は甘えられる人がいないんでしょ。この前泣きついてきたとき分かったけど。」

「泣きついたわけじゃないです。‥‥でも、周りに誰もいないのはそうです。」

「私は?幸音の周りに私はいない?」


七瀬さんはもちろん大切な人。だから踏み出す勇気が出ない。


「‥‥‥分からないです。」

「‥‥やっぱりそうだよね。幸音。私はいなくならないから。少なくとも私の中でこれは嘘じゃない。未来永劫ずっと一緒にいてあげたい、って思ってる。」


何が言いたいんだろう。というか、さっき人の言葉は信じられないってさんざん話したのに。


「さっきも言いましたが、どうやって信じろと?」

「あ~。やっぱだめかぁ。仕方ない。これはまだのつもりだったけど。」


そう言って七瀬さんが私に迫ってくる。

怖い。逃げなきゃ。本能がそう訴えてくる。

だけど生憎なことに、今私は、七瀬さんのベッドに背中を預ける形で床に座っていた。しかも正座で。立ち上がるのに数秒はかかってしまう。


その間に七瀬さんは私の前で立っていて‥‥‥

私は顎クイされた。後頭部がベッドにあたる。顎クイというか、上を向かされている。



待って。かっこいい、じゃなくて違う。七瀬さん女の子だよね。何してるの。


ゴクリ。と音がする。

あ、私か。


そんな私を上から見下ろした(顔がすごく近い)七瀬さんは耳元に口を近づけて、


「好きだよ。幸音。ずっと一緒にいたいし、そばにいて欲しいと思ってる。」


!!???!!?


いろいろと言いたいが、強引に上を向かされていて声が出せない。というか、体中の筋肉が硬直している。そりゃそうだろう。頭が何も理解できていないんだから。


七瀬さんの顔が正面に来る。あれ、赤い。


ん?顎クイ‥‥キス?まさかね。

いや、前科があるし‥‥嘘だよね?


嘘じゃなかった。

七瀬さんは私をじっと見つめたまま顔を下ろす。

髪のカーテンがかかって視界には七瀬さんしかいない。


そうして顔と顔とが接近して、最後に唇同士が触れ合った。


今までとは何か違った。恥ずかしかったけれど、嫌じゃなかった。

ポッキーゲームよりも、七瀬さんを近く感じる。

そして何より、七瀬さんの顔が赤いなんて初めて見た。


ちなみに呼吸が出来ないのは変わらなかった。



「‥これでもまだ不安?」


えっ?

???????????


少しずつ、冷静な思考が戻ってくる。


七瀬さんが好き?私を?どういうこと?

というか、今キスされたよね。ポッキーゲームじゃ無くて本当に。

理解すると同時に顔が火照ってくるのがわかる。


奪われてしまった、ということにさほど悲しみはない。

けれども、七瀬さんのことが今までで一番わからなくなった。


‥‥もしかして、元気づけようとしてくれてる?のか。

なんだ。七瀬さんって思ったよりも不器用なんだ。もっと他にやりようはあっただろうに。

そう思うと心の底から面白くて、本当に久しぶりに笑ってしまった。



「ねぇ。笑ってないで、ちょっとはしゃべってよ。これでも私、凄く勇気出したんだけど。」

「いえ。すいません。七瀬さんが元気づけようとしてくれてすごく嬉しかったんですけど、おかしくてつい。ごめんなさい。」

「元気づける、ね。駄目だわ。」


だめ?

そう疑問に思っているうちに、七瀬さんはもう一度私の唇にキスを落としてきた。

もう元気になったってば。


離してと言おうにも、口をふさがれているし、上から押し付けられているのだ。力で押し返せるはずがない。


始めは軽い口づけ程度の圧力だった。それがだんだんと、ぐっと押し込むように強くなっていった。


また呼吸困難で意識を失うかも。そう思ったときにやっと、七瀬さんは私を離してくれた。


「はぁ、はぁ‥‥。幸音。まだ分からない?」

「分かりますよ。七瀬さんは優しいです。すごく。

だから、信じますよ。それに、暖かかったですから。」

「‥‥‥ほんっとうに、幸音は鈍感。好きって言ったじゃん。キスまでしたじゃん。勇気出したって言ったよね。鈍感。あほ。」


七瀬さんは扉を乱暴に、でも丁寧に開けて廊下へ飛び出していった。


えぇ。

‥‥‥もしかして、本当だったの?

嘘でしょ。だって、泣きついた人を好きになる?


でも、そうじゃなきゃここまで言わないか。

好きって恋愛感情のこと、だよね。母性とかそういうわけではないはず?

キスしてきたってそういうこと。多分。


理解が遅れただけで、それに対して抵抗は特になかった。

誰にも関心がなかった私を掬い上げてくれた人。

私にとって、今一番大切に近いのはその七瀬さんだから。


とにかくこのことをしっかり確認したいけど、彼女は部屋を出て行ってしまった。

多分私が帰るまでトイレとかに籠ってしまうのだろう。


帰ろう。

今考えたって仕方がない。また明日学校で会うんだ。

その時に真意を問いただせばいい。



 帰り道では、何度も迷いかけた。マップを見ているのに、いつの間にか思考はどこかへ飛んで行ってしまう。



その日は眠れなかった。

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