寂しがり屋は胃袋をつかむ
学校で七瀬さんとお昼を過ごすということが日常化した。
未だに何人かの人は何かと中に入ろうとしてきて、それを七瀬さんが適当にあしらっている。私としては、その人たちに頑張って欲しいところ。今までの静かな日常が崩れ去っていく。
今日も今日とて七瀬さんが椅子を持って私の机まで来る。
「はい。どうぞ。」
「やった。白世さんありがと。」
お弁当を食べられてから、七瀬さんにお弁当を作ってくれと頼まれるようになった。いいように使われている気がする。
今までは見ていなかったため気が付かなかったが、七瀬さんはいつも食堂でお昼をとっている。両親ともに医師で、朝はいないことが多いとのことだ。
それを理由に泣きつかれたので、いやとも言えずほぼ毎日二人前のお弁当を作ることになった。
一応食材費等をもらっているし、自分の分プラスαで作ればいいので割のいいバイトだと思っている。
もっとも、それが原因で私と七瀬さんが付き合っているのでは、という根も葉もないうわさが広まっている。
正直あり得ないと思う。流石女子高だ。話題が尽きないシステムができている。
隣を見ると七瀬さんはすでにお弁当に手を付け始めている。
「はぁ~。」
「どしたの?白世さん。また熱でもあるの?」
「いえ。ただいろいろと精神的に疲弊しているだけです。」
「それはまずいね。じゃあ、よしよし、っと。」
「やめてください。なんでそうやってすぐに頭を触るんですか。少しは人目を気にしてください。」
恥ずかしいし。ちょっと嬉しかったけど‥‥いや、気のせいだ。
「うんうん。可愛い可愛い。」
「ダメですね。話が通じない。」
こんな風に、七瀬さんにあたっていると周りの視線が濃くなっていく。
おそらく私たちが付き合っているという誤った前提に基づいて、妄想を膨らませているんだろう。
流石女子高クオリティ。
「白世さん、今日も遊びに行くねー。」
「分かりました。バイトもないのでいつでも大丈夫ですよ。」
「そのバイトとやら。いったい白世さんはどこで何をしているのかな?」
「言う必要あります?」
「あるね。断言したい。」
「根拠もないのに何を断言するんですか。」
「恋人として、自分のパートナーの勤務先ぐらい知らなくてどうする。って感じ。」
「そもそも恋人でも何でもないですよね。七瀬さんこそ熱があるんじゃないですか。」
しかも、そんな事を言うから周りの視線が。
「熱があっても看病してくれるよね。この前みたいに。」
「この前はやむを得ずそうなっただけです。進んでお世話なんかしません。」
「本当に?」
「はぁ。やめましょう。水掛け論です。」
「そう?このまま頑張れば外堀は埋められたけど?」
「おふざけはいいですから。授業がもう始まりますよ。」
「はいはい。」
初めの頃はこの数十分の会話だけで一日分の精神力を使い切っていた気分だったが、最近では慣れてきたのかそこまでの負担はなくなっている。コミュニケーション能力が上がったのだと信じたい。
七瀬さんが遊びに来る時を除けば、普段の関わりはここでしか無いのでそこまで苦ではないのだ。
「きたよ~。」
「どうぞ。」
「お邪魔しまーす。あ。それとこれ。来週分のお弁当代。」
「これはいつもご丁寧に。」
「よし。これでミッションコンプリート。じゃあのんびりとさせてもらいますね。」
「お好きなようにしていてください。」
七瀬さんは金曜日に来ることが多い。その際に翌週分の食費を渡してくれる。週末なら土曜日の方が都合がいいのだろうが、その日は私の仕事があるので遠慮してもらっている。
七瀬さんは家で過ごす時、大抵私の本を読んでいる。彼女の家にはかなり軽い本が多かったのだが、私の場合は好みが完全に異なっていて彼女には合わないかと思っていた。だが初めの頃こそ重いだのなんだのと言っていたが今は素直にじっくりと読んでいる。
私のベッドで。マットレスの方が姿勢が楽にできるし、分からなくはないのだが如何せん私のベッドだし、彼女の奇行を受けた身としては少し落ち着かない。
それはともかくとして、今日もいつも通り夕方ごろには帰るだろうと思っていたらどうやら違ったらしい。
「白世さん。なんか、今日は親が帰れないらしくて、晩ご飯を適当に出前でとれって言ってきたんだけどさ。それで、悪いんだけど白世さんの晩ご飯に一緒してもいい?」
七瀬さんの親はごくまれにだが緊急で帰れなくなることがあるらしい。今日もそのうちの一つだったようだ。
「別にいいですけど。それなら一緒に出前でもします?」
「いいよ。いいよ。私としては白世さんのご飯が食べたいわけだし。」
「分かりました。では今から支度しますので。」
「はいよ〜。」
気の抜けた返事に苦笑しつつ、台所へ向かう。
二人分の食材はギリギリ足りそうだが、明日までは持たなそうだ。明日は買い出しに行かなきゃ、と頭の中にメモをしておく。
一人暮らしだから料理は得意だ。それなりの味を作れる自信はある。
野菜を炒めていると、七瀬さんが見物に来た。そこまで面白い光景では無いが。
「手際がいいな〜。これならいいお相手も見つかるね。」
私は恋愛結婚派だから料理が下手でも好きでいてくれる人がいいな。
まあ必ずそういう夜には傷のせいで嫌われることになるんだろうけど。
「ありがとうございます。でも、これくらいならかなりの人ができると思います。」
「少なくとも私はできないから。尊敬する。」
「どうも。」
ちょっとの嬉しさと共に、少しもやもやとした感情が湧き出てくる。ひねくれるにも程度というものがあるだろうに。これも全部、七瀬さんのあの奇行のせいだと思う事にする。
今日の晩ご飯は、簡単な野菜の炒め物にした。食材が不足していたので許してほしい。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ。」
「クオリティ高いねぇ。すごく美味しそう。じゃあいただきます。」
反応に期待するわけではないが、自分が作った料理の評価は気になるところ。
「うん。美味。野菜の味の引き出し方が上手だと思う。」
「それはよかったです。」
「うん。いつもと違うから特別感があっていいよ。」
「そう言っていただけると嬉しいです。」
私も一口。
うん、いつも通りの味だ。
「美味しかった。ご馳走様。それと、食費の分はまた来週持ってくるね。」
「お金なら気にしなくて大丈夫ですよ。いつも多めにいただいてますので。」
「それとこれとは別だから。まあ期待しておいてよ。」
インフルエンザのために、口をつけてくる人の期待しておいては恐怖でしかない。
「そうだ、また来週にでも来ていい?金曜日は親、帰ってくるの遅いし。」
「いつ来てくれても構いませんよ。土曜日以外は家にいるので。」
少し期待してしまう自分がいる。
それでも、純粋に楽しむことはできない。友達なんて消えて当たり前の関係なんだ。
こう考えてしまう私は逃げているのだろうか。
「それじゃあ、また来るね。」
それから彼女は、毎週金曜日に家へ夕食を食べに来るようになった。
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