二度目の悪戯

 期末試験が始まった。普段から復習は欠かさないようにしているので暗記科目は私の得意分野だ。苦手なのは国語、特に現代文がひどい。まあ、ひどいと言っても平均点は取れているから私優秀。普段から本を読んでいることが多いのに感情の読み取りが苦手というのは笑い話にしかならないと思う。

そんな私に今回の試験では勝利の女神が微笑んでくれたようだ。今回の物語文では無人島に流れ着いた少年の心情を描いた文章が出題された。こういった孤独な人間に関する本を常日頃から読んでいるのでこれは高得点が期待できそうだった。


 試験が終わると多くの人は試験の苦悩から解放されて喚起を上げる。そんな中、七瀬さんがこちらに歩いてきているのに気づく。


「白世さん。今日の午後は暇?」

「はい。予定は入ってません。」

「だったら一緒に帰ろ。」

「ああ。分かりました。荷物を持ってくるので少し待っていてください。」

「うん。待ってる。」


「お待たせしました。それで家に来るなら書店に立ち寄っても良いですか。いつも試験後は自分へのご褒美に本を買っているんです。」

「うん。いいよ。どうせいろんな所に寄る予定だったから。」

「と言うと?」

「いつもご飯を御馳走になってるわけだしこの間のお礼も兼ねて何かね。」

「それは、ありがとうございます。」

「うん。じゃあ、行こうか。」

「分かりました。」


七瀬さんは律儀だ。



 「良さそうな本は買えた?」

「はい。家に帰ったら読みます。」

「白世さんってあんまり恋愛ものとか読まないよね。女子高生らしくない。」

「興味ないので。そう言う七瀬さんこそそういった本は読みませんよね。」

「推理小説は時に恋愛も絡むのだ。」

「それを屁理屈と言うんです。それで、七瀬さんはどこに行きたいんですか。」

「目的無く彷徨うのがショッピングというものだよ。白世さん。」

「それを時間の無駄と言うんです。」


そんなわけで本当に目的無く七瀬さんと歩いていると彼女は私に少し待つようにと言ってどこかへ行ってしまった。

まあ、どこに行ったか見えているから分かるんだけど。

お皿を見ている。割っちゃったのかな。う~ん。違いそうだ。今度はコップ?

あ、買ってる。あのデザインお洒落だったな。私も買いに行こうかな。

七瀬さんが戻ってきちゃったからまた次の機会になるかな。



 それから私たちはいろいろなお店を見て回った。


「白世さん。ここでお茶にでもしよう。」

「そうですね。少し歩き疲れました。」

「じゃあ決まり。それじゃあ、どれ食べるか決めておいてね。ちなみにここのお店はチーズケーキで有名だよ。」


チーズケーキは私の両親が好きだったものだ。小さい頃よく食べさせてもらった記憶がある。あの頃はすごく好きだったな。

今は、好んで食べたくはない。だから無難にショートケーキにする。



「白世さんってショートケーキが好きだったんだね。イチゴが好きなの?」

「そうですね。おいしいと思いますよ。」

「そっか。それじゃあ、はい。一口あげる。噂通りこのチーズケーキおいしいよ。」


今回は普通にお皿で回してくれた。さすがに人目があるところでは変なことはしないのか。


「じゃあ一口だけもらいますね。」


うん。甘酸っぱい。チーズケーキだ。昔の思い出が刺激される。でも泣かない。チーズケーキを食べながら泣く変人になりたくないから。


「甘酸っぱくておいしいですね。」

「でしょ。私は酸味が命だと思うの。」

「そうですね。私も甘いだけのものよりはこちらのほうが好きです。それでは、口直しに私のショートケーキも一口どうぞ。」

「ありがとう。んっ。あま~い。」

「全部食べてしまってもいいですよ。」

「いや。流石に申し訳ないから。」

「七瀬さんはおいしそうに食べるのでそちらのほうがケーキも喜びますよ。」

「何それ怖い。唐突にケーキを擬人化しないで。それと、これは白世さんが食べなよ。二つも食べると後から運動が大変になるからさ。」

「それもそうですね。」

「あと忘れるところだったんだけど、これあげる。」

「なんですか?これ。」

「さっき買ってきたマグカップ。同じ柄のものを二つ買ったから私が来たとき使って。」


そして七瀬さんはそのマグカップが入った紙袋を私に渡してくれた。


「ありがとうございます。嬉しいです。大切に使います。」


これからも来てくれるんだ。そう思うととても嬉しく、けれどそれに恐怖している自分がいる、そんな気がした。



 「それじゃあ今日は付き合ってくれてありがとね。」

「いえ。私こそいろいろとありがとうございました。ではまた。」

「試験休み中にもしかしたら遊びに行くかも知れないから、その時はよろしくね。」

「はい。いつでも来てください。」


ちょうど今日は土曜日で、一週間の試験休みのどこで家に来たとしても私のバイトはない。

つまりいつでも大丈夫なのだ。

七瀬さんは私のバイトが土曜日にあることを知っていて普段は来ないんだけど。


七瀬さんはこの二日後に来た。


 「コーヒーでいいですか?それとも紅ty」

「白世さん一つでお願い。」

「少なくとも日本語を話して下さい。」

「いいじゃんけち。」

「けちとかそういう問題じゃないです。それで、どっちにしますか。」

「うーん。じゃあ紅茶で。」

「分かりました。」


贈り物のマグカップをやっと使える。少し嬉しい。


「どうぞ。この前のマグカップに入れたんですがどうですか。」

「なんか面映ゆいね。でも使ってくれてありがとう。選んだ甲斐があるというものだよ。」

「これが初使用なのでしっかり味わってください。」

「使わないで待っててくれたんだ。嬉しいけど、別に普段から使ってね。というかそうして欲しい。」

「じゃあ普段から使わせてもらいます。」

「うん。そうしてくれ。」



 マグカップを片付けていると、七瀬さんに呼ばれた。


「今日は本、読まないんですか。」

「うん。なんか試験終わったら文字読むのが面倒になっちゃった。」

「そうですか。私は読みたい本が読めるようになって嬉しかったですけど。」

「それは白世さんが特別なの。そういうわけで、これからゲームをしましょう。」

「家にはそういった嗜好品はないって知ってますよね。」

「大丈夫。持ってきたから。やるよね?」

「内容によりますよ。七瀬さんには前科があるので。」

「それって、これのこと?」


そう言って七瀬さんは箱を取り出した。私と七瀬さんが一番最初にやった遊び。

またこれを見ることになるなんて思わなかった。


「やりませんよ。ポッキーゲームなんか。」


スッと目を細めて七瀬さんを見る。所謂ジト目だ。


「うわぁ。目がこわーい。」

「怖くしているんです。それで、どうしてそれを持ってきたんですか?」

「白世さんで遊ぶため。」

「今の助詞、絶対おかしかったですよ。」

「私知らない。」

「私「で」って言ってましたよね。そんなに人肌が恋しいなら、いつも周りにいる‥‥中野さん?とやっていればいいじゃないですか。」

「はー。白世さんは分かってないなあ。かわいい子がやらなきゃ意味がないんだって。」

「私、そんなに童顔でしょうか。」

「守ってあげたくなる顔、かな。いつも泣きそうだもん。」

「私、ここ数年で一度も泣いたことないですよ。多分。」

「それでもだよ。で、話を逸らされたけど、ポッキーゲームだよ。」

「逸らしたのは七瀬さんです。そして、もう二度とやりません。というか、七瀬さん私を気絶させてましたよね。罪の意識というか、躊躇いみたいなものはないんですか?」

「えへっ。誘惑に負けちゃった。」


可愛く言ったつもりなのかもしれないが、まったくもって逆効果だ。


「何度も言いますが、私はやりたくないです。それにもうする必要もないですよね。」

「ふむ。よく喚く。そんな白世さんにはこうだ。」

「むぐっ」


そう言った七瀬さんにいつの間にか取り出していたポッキーを咥えさせられる。

またこのパターンか。

それからの七瀬さんの行動は早かった。私が七瀬さんから距離をとる前に私をソファーに固定してしまった。


まずい。そう思ってめいっぱい息を吸い込み目をつぶる。


前回とは違い、唇が乾燥しているわけではなかったので七瀬さんのものがダイレクトに感じられる。

恐々と、薄目を開けてみると七瀬さんと目が合った。


「どうしたの?」

「楽しいんですか?」

「白世さんは、楽しくないの?」

「まったく思いませんよ。」

「私だけかぁ。よし。白世さんに分からせてあげる。いつかね。」


そう言って七瀬さんは帰っていった。

今日はご飯食べていかないんだね。



 それから七瀬さんとは終業式まで会わなかった。

そして冬休みが始まった。

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