「生成秘話」釈義:第九話
「そんな! 無理に働かなくてもいいんだよ、雪ちゃん!」
「そうだぞ、雪。今はまだ身体も治っていないし……ゆっくり休むことに専念したらどうだ?」
私の働きたい宣言が、相当堪えたみたい。
周さんも伊吹さんも、オロオロおたおたしながら必死に私を説得しようとしてる。
二人からしたら、ボロボロの猫がボロボロのまま家から出てこうとしてるように見えるんでしょうし。
そりゃあ、必死で引き留めようとするのも無理はないわよねぇ。
でもだからと言って、このまま何にもしない居候状態っていうのも、ちょっと気が引けるんですもの……。
「お金のこととかいろいろと心配してるんだろうけど、そーゆーのはほんっとうに気にしなくてもいいんだよ!?」
「百歩譲って、雪が働きたいというなら応援するが……まずはせめて、身体が治ってからにしないか?」
「そうそう! 今の雪ちゃんは、身も心も消耗しきってるんだからさあ。このままじゃ、いつ消えちゃうか心配で仕方ないよ!」
二人がかりであの手、この手で私を説得してくる伊吹さんと周さん。
ついでに、私の手に纏わりついてる小鬼さんたちも、必死な顔で私の指にしがみついてくる。
うぅん。こうも全身で引き止められるなんて……。それくらい消耗してる、ってことなんでしょうね。
「……わかりました……。でも、身体が治ったら、働き口を見つけたいです!」
「頑なァ! 雪ちゃんは、なんでそんなに働きたいの?」
「だって……自分の食い扶持は自分で稼ぐのが常識、じゃないですか? それに、他所様のお金で一杯ご飯を食べるのは、ちょっと申し訳なくて……」
本心をぽつりと漏らしたら、片手で目元を覆った周さんが大仰な仕草で上体を仰け反らせた。
ちょっと芝居がかった様子なんだけど、それが似合っちゃうお顔立ちなんだもの。お得よねぇ。
でも、普通に考えたらそうじゃない?
伊吹さんが私の血縁とかならわかるけど、赤の他人なのにいつまでも居候させてもらいっぱなしっていうのも心苦しいし。
…………そもそも、多少の血のつながりがある親族ですらアレだったわけでしょう?
だったら、ちゃんと自分の足を地につけて生きていった方がいいかなぁ、と思ったのよ。
「他所様と言われてもなぁ……。成りかけのナマナリとはいえ、鬼は鬼。鬼の子ならば、
「袖振り合うのも他生の縁、っていうしさあ。これも何かの機会と思って、甘えればいいんだよ~!」
んもー! ああ言えばこう言うんだから! 私の主張も空しく、どんどん押されっぱなしなんだけど!
でも、流石にこれ以上締め付けるのも悪いと思ったのかしら。
どこからともなく新しいビスカウトを取り出した周さんが、伊吹さんと顔を見合わせると渋々口を開く。
「……それじゃあ、身体が治ったら
「周さんのところで? いいんですか?」
「吾の手伝いということも考えたが、そちらは目利きの腕も必要になってくるからな。もちろん、そちらもおいおい手伝ってはもらいたいが……」
周さんの口から飛び出してきたのは、思いもかけない提案だった。
それは、とてもありがたいことだわ!
給仕の経験はないけど、お母さんのお店を手伝ってたりしてたからある程度の接客はできるだろうし。
骨董品をアレコレするよりは、喫茶店の方ができない仕事ではなさそう!
「伊吹のトコは、色々と持ち込まれるもんなぁ。オレの方は、喫茶の方だけでいいわけだし、それなら雪ちゃんもやりやすいでしょ?」
「……ん、んん? 喫茶の、方?」
「あ~~~、ね。まぁ、なんていうか……オレねぇ、ちょっといろいろ手掛けててさぁ」
ちょっと気になったところを突いてみたら、思った以上に歯切れの悪い返答が返ってきちゃったわ……。
な、何か私が知ったらマズい裏があるのかしら?
思わず身構えた私の頭に、ポンと伊吹さんの手が乗せられる。
「今でこそ天星珈琲店なんぞを名乗っているが、周の本業は探偵だ」
「それだけじゃ食っていけなくて、狐らしく飲食に携わってみたら思いがけなく客の入りがよくてさあ! 帝都の地震で屋移りして以降、珈琲店の方にちょ~~~~っとだけ重きを置いてる、ってわけ!」
「は、はえぇぇ……!」
意外な新事実発覚だわ! 珈琲店と探偵業が、全く結びつかない!
……というか、狐らしく飲食に携わってみた、っていうのはどういう意味なのかしら?
宇迦之御魂神様のお使い、っていう意味?
それとも、人を化かすときに馬のアレやらソレやらを喰わせる……っていう意味?
前者ならともかく、後者だったら、ちょっと…………今までご馳走になったものが心配になっちゃうわねぇ。
ビスカウトに伸びかけてた手が、つい止まっちゃったのも無理はないと思わない?
「や……何を思われたのか何となくわかったけど、雪ちゃんは騙さないってば!」
周さんが大げさに傷ついたような顔で泣きまねをするけど、元はと言えば意味深なことを言う周さんが悪いのでは……?
罪悪感にチクチク突かれながら嚙り付いたビスカウトは、ちょっぴりしょっぱいような気がした。
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