「生成秘話」釈義:第八話
「さてさて。ここに取り出したるは舶来物の片眼鏡! 銀細工が綺麗だろう?」
周さんの口上と共にテーブルに置かれたのは、ハッとするようにきれいな片眼鏡だった。
片眼鏡って、てっきりレンズだけだと思ってたんだけど、これはツルがついてる型式ね。そのツルの部分に、瀟洒な細工がされてるの。
「そこに、狐の眉毛と……鬼の髪の毛を加えて、と」
「痛っっ!!! おい、周! 毟るなら毟ると言ってからやれ!」
「ん? ああ、すまんすまん!」
笑いながら自分の眉毛を抜いたのとは反対側の手で、周さんが伊吹さんの髪の毛をブチリと毟り取っていった。
伊吹さんの悲鳴、初めて聞いた気がするわ。男の人でも、悲鳴を上げることってあるのねぇ。
……というか、狐の眉毛と、鬼の髪の毛って……?
伊吹さんが人ではないことはわかるんだけど、もしかして、周さんも人じゃないってこと!?
声もなく目を白黒させる私の前で、勿体ぶった手つきで周さんが片眼鏡と眉毛と髪の毛を両掌で包み込む。酷く真剣そうな顔だった。
「阿闍羅伽黙蓮、求頼祖、貞慧裂埜……破ァッ!」
あじゃら……か? んん? なんて??
よく通る声なのにわざとらしく口の中でむにゃもにゃと呪文を呟いた周さんが、重ね合わせた掌にぐっと力を込めたのが見えた。
瞬間、ピカリと手の中が光ったように見えたのは気のせいかしら?
一呼吸分くらいそうやって掌を重ねていた周さんだけど、ふと目元を緩めて手を開く。
そこに乗っていたのは、先ほどと微塵も変わらない片眼鏡で……。
「さっきと変わらないように見えるよな。でもまぁ、ちょっとかけてみてくれないか?」
「え……は、はい……」
満面の笑みで促されて、それを断る度胸はない。
それに、周さんも善意十割って感じだったし、そもそも断る理由もないなぁ、って。
周さんから受け取った片眼鏡は、人の手の中にあったにもかかわらず少しひやりとしていた。
片方の耳にツルをかけるようにして、レンズの位置を調節して……。
「うわ、うわぁ……!」
はしたなく叫んじゃったけど、それもしかたなくなぁい?
だって、それで見まわしたレンズの向こうには、先ほどとは全く違った世界が広がっていたんですもの!
「な、な、なんですか、コレ!? 今までいなかったじゃないですか!」
「周が言っていただろう? 見えるように慣れてもらうってな」
ハハ、と笑う伊吹さんの手元には、さっきまでいなかったはずのなにかが群がってる。
五寸くらいで、人の形をしてる。どの子もこの子も、頭から一本なり二本なり角が生えてるの。男の子も、女の子もいるように見えるんだけど……。
これってもしかして……子鬼、というやつ?
片眼鏡を外すとあっという間にそれらは見えなくなって、かけ直すとまた見えるようになる。
急に見えるようになったのは、この片眼鏡のせいなの!?
「ははは! 鬼の身体の一部と狐の眉毛とを組み合わせた、簡易照魔鏡だよ!」
カラカラ楽しそうに笑う周さんを眼鏡越しに見ると……。
「まっしろ……」
「んふふ。やっと見えたかい? なかなか凄いだろう?」
さっき、一瞬だけ周さんが真白に見えたのは、どうやら気のせいじゃなかったみたい。
眼鏡越しに見る周さんは、真っ白な髪と金色の目をキラキラさせながら、ふっかふかの尻尾をご機嫌そうに揺らしながら笑ってた。
狐の眉毛がどうこう、って言ってたし……周さんは狐さん、って言うことなのかしらね。
眼鏡の力っていうのはわかったけど……でも、でも、なんで眼鏡をかけただけで、こんなものが見えるようになってるの?
「そうか。雪は知らないのか。狼の眉毛は人間の本質を見抜くといわれているが、狐の眉毛は見えないものが見えるようになると言われてるんだ」
「そこに、妖力の塊ともいえる鬼の身体も使ってるからねぇ。そりゃあもう
「なる、ほど……すごい代物なんですね」
正直なところ、説明してもらってもよくわからなかったけど、兎にも角にも受け取ったものが凄いものだ、ということだけははっきり分かった。
その間にも、伊吹さんの手元に集まってた小鬼たちが、わらわらと私に群がってくる。
その中でも数が多いのは、可愛らしく髪を結ったり、手ぬぐいを姉参加振りしてる子たち……パッと見で女の子ってわかる小鬼たちだ。
みんな、どこか期待に満ちた目で私が着てる浴衣と、私の顔とを交互に見比べてる。
……この反応、もしかして……。
「もしかして……貴方たちが私を着替えさせてくれたの?」
そう尋ねてみると、みんなパァッと顔を輝かせてコクコクと頷いた。
わ! わ! なんだか、すっごく可愛いわ!
ちょっとお口が大きいし、その口の中に鋭い牙も見えるけど、そんなことも吹っ飛んじゃうくらい、素直で可愛い!
少し手を伸ばしてすぐ近くにいた子の頭を指で撫でたら、あっというまに押すな押すなの大行列ができる。
あわ……はわぁ……! かわ、かわいいぃぃぃ……!
押し合いへし合いする小鬼たちの頭を順繰りに撫でる私の傍では、伊吹さんと周さんが和やかな雰囲気で言葉を交わしていた。
漏れ聞こえてくる単語から推測するに、議題は私の今後について……かしら。
二人とも、このまま私を猫可愛がりする気満々みたい……。
そりゃあ、猫かわいがりされるのは、正直ちょっと…………ううん、とっても夢見心地だったけど……いつまでも猫かわいがりされてるってわけにもいかないでしょう?
それに、可愛がられるばっかりっていうのも、ちょっと居心地がよくないし……。
「あの、私、できれば何かしら働きたいんですけど……」
「え゛っ!?」
「なん、だと……!?」
恐る恐る発した提案に返ってきたのは、そりゃあもう驚きに満ちたお二人の声だった。
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