「生成秘話」釈義:第六話
「……と、まぁ。長々と説明はしたが、理解はしてもらえただろうか?」
そう言って、伊吹さんがカップの中身を勢いよく煽った。実は、あれから二回飲み物のおかわりが届いて、砂糖がけのビスカウトも出されてるの。
それだけ長い間、伊吹さんが話してくれてた、ってこと。
頭の芯が痺れそうなくらいに甘くて軽いそれを齧りながら聞いた話は、今までの常識から全くかけ離れた夢みたいな話だった。
「えーと、つまり……私は一度死にかけたものの、その際に恨みが長じて鬼として産まれ変わった、っていうことでしょうか?」
「恨み辛み嫉妬情念……そのいずれも、人の身を鬼へと変じさせる力を持つ。雪の話を聞く限り、意識がなくなりかけていたおかげで理性などの介入がなくなり、恨みの粋だけを集めたような純粋で強い力が作用したんだろうと、
「惜しかったのは、雪ちゃんの基礎体力がなくて鬼になり切れなかった……ってことだよなぁ」
「だから伊吹さんが私のことを成りかけ……〝
出会った時から伊吹さんが言っていた〝成る〟だの〝成らない〟だのは、鬼になっているか否か、ということだったらしい。
人から鬼へと変じることができたのであれば〝成った〟判定。
鬼になれずそのまま死んでしまう、もしくは消滅してしまうと〝成れなかった〟判定。
私の場合は、完全に鬼にはなり切れず、さりとてもはや人ではない……っていう、なかなか複雑な状態らしかった。
……というのも、鬼になるためには生命力だとか体力だとか……とかく色々なものを消費するらしいのよ。
でも、ほら。私、今までご飯もロクに貰えないまま散々コキ使われてたでしょう?
その上、意識もなくなりかけてたものだから、自分の意志による底上げも上手くいかなかったらしくてねぇ。
伊吹さんが言うには、そんな状態で生き残れたのが奇跡、だそうよ。下手をしたら鬼に成れないまま儚くなるか、成れてもすぐにエネルギー不足で消滅してしまう可能性の方が高かったんですって。
私、もしかしてけっこう運がよかった?
「さっきのハットケーキをぺろりと食べられたのも、それが原因なんじゃないかなぁ? 〝成る〟時にエネルギーをいっぱい使っちゃったから、それを補おうとしてるのかも!」
ヘラリと笑う周さんの言葉が、すとんと胸に落ちた。
あんなにたくさんハットケーキをご馳走になったのに、実はもうお腹が空きかけているのよ。
でも、周さんの推測が当たっているなら、こんな状態にも納得ができるわ。
「その可能性が高そうだ。雪が、人間の食事で精気を養える形態の鬼でよかったな」
「あのぅ……その言い方だと、普通のご飯を食べない鬼もいるように聞こえるんですが?」
「ん? ああ、まぁなぁ。食事ではなく、人を喰うことで直接精気を得るようなやつもいるからなぁ」
なんだかちょっと引っかかったことを聞いてみたら、思った以上に怖い答えが返ってきちゃった。
人間から、直接……? それって、その……昔話でよく聞いた、頭からバリバリ……的な感じ、よね?
そんな感じにならなくて良かったぁ!!!
だって、もしそんな鬼に成っちゃったら、人を襲わなきゃいけなかった、ってことでしょう?
そんな恐ろしいこと、絶対にしたくないもの!
「それじゃあ、ご飯が食べられてよかった記念だ。まだまだ腹ペコそうな雪ちゃんには、天星珈琲店特製のクッキーをあげよう」
「いいんですか? ありがとうございます!」
思わず震えた私の前に、周さんが焼き菓子を出してくれた。
さっきよりは弱いけど、もっと食べたいと頭の中で訴える声につられるように、頂いたクッキーを早速口に運ぶ。サクサクした食感と、口いっぱいに広がる甘さが素敵ね!
……本当に、ご飯を食べられるままでよかった……!
こんなに美味しいものを食べられなくなるところだったもの。
最期のクッキーを飲み込みながら、心底そう思ったわ。
「ただなぁ……雪の場合、問題はそれだけじゃない気がするんだ」
「まだ何かあるんですか?」
「おそらく、な。雪、両方の手を貸してくれないか?」
憂い顔の伊吹さんに促されるまま、疑うことなく両手を差し出した。
その手をそっと握られて……そのまま伊吹さんがすっと目を閉じて押し黙る。
いったいどのくらいだったのかしら? ずいぶんと長いようにも、ほんの一瞬のようにも思える時間が過ぎて、伊吹さんが再び目を開いた。
「やはりな……。かなり
「……? それって、つまり……?」
丹田っていうのは、なんとなく聞いたことがある。
気を溜めておくとかいうところで、武道をやる人にとって大事な場所だっていう話をお客さんが話してたのを小耳にはさんだことがあるの。
その時は私には無縁の話だと思ってたのに、まさか今になって関係してくるなんて!
「食べても食べても腹が減る……つまりは極端に燃費が悪い、ということだ」
「そりゃ大変だ! 雪ちゃんにとっては死活問題じゃないか!」
なるほど。だからこんなにお腹が空くのね。
それはもう深刻そうな顔をするお二人には申し訳ないのだけど、それのどこが問題なのか、よくわからないのよね。
そりゃあ確かに食費が人一倍かかりそうではあるけど、それに負けないくらい、頑張ってお金を稼ごうとは思ってるし……。
事態の深刻さをわかっていない私を見つめた伊吹さんと周さんが、ほぼ同時にため息をつく。
「雪は今、鬼でも人でもないという、酷く不安定な存在だ。それこそ、ほんのちょっとしたことで消滅しかねない程度に、な」
「そんだけ脆い雪ちゃんが、エネルギー不足に陥ってみなよ。あっという間に消えてなくなっちゃうよ!」
「え、そうなんですか!? 今の私、そんなに脆かったんですか!?」
二人がかりで説明されて、やっと今の私の厄介さ加減がわかった。
不安に駆られるあまり、供給される一方のお菓子の消費がついつい捗る。
どうやら感情が動くと、それに連動してお腹が空いちゃうみたい。
そんな……まだあのドラ息子に一矢報いてもいないのに、そんなに死にやすいなんて……これからどうなっちゃうのかしら?
こくりと飲み込んだクッキーは優しい甘さで美味しかったけど、この時ばかりは私を癒してはくれなかったわ。
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