神宮で出くわした者たち

 建国記念の日、市内一の神宮で紀元祭と祈年祭が行われた。紀元祭は建国を祝う行事でこの日のみ。祈年祭は何日かにわたって行われる。日和ひよりたち巫女および助勤は交替で何度も舞を披露することになっていた。

 しかしその日は地元の有力者と観光客が多く、俺たちのような一般庶民は拝殿で舞を観ることはできなかった。遠くの方から小さく見える巫女をどうにか目にするだけだ。

「全然見えないな……」遠すぎる。

 特に申し合わせたわけでもないのに、高校のクラスメイトや悪ダチどもがたくさん来ていた。

 ただ、俺は別行動だ。

 俺は従妹の飛鳥あすかとともに来た。知らない人が見たらデートする中高生だ。

 飛鳥の兄雷人らいとは部活で登校していて来られなかった。来たところで、これでは何にもならないだろう。それを知っていて雷人は部活を優先したのだろう。正解だな。

「見たらわかるでしょ、あれが日和ひよりさんよ」

 隣にいる飛鳥あすかがぴょんぴょん飛び跳ねて、巫女の中に日和がいるのを見つけていた。

「見えないのか、肩車してやろうか?」

 俺は後ろから飛鳥の腰を両手でつかんだ。

「や、やめてよ、火花ほのかにぃ、もう小学生でもないんだから」飛鳥は嫌がった。

「そっか」

 飛鳥が嫌がるのなら仕方がない。俺は手を引いた。

 飛鳥が物足りなさそうな目で見た気がしたが、見間違いか。

「やっぱり、日和さん、動きが違う。静かにゆっくりと動いているのに、体にキレがある。だから目立つ」

「かもな」

 ゆったりとした動きでいて、手の先、指の先まで体幹のエネルギーが伝わっているようだ。そして、ここぞとばかりにポーズ。静的な動きの中に動的な表現が組み込まれていた。

真冬まふゆさんも綺麗……」飛鳥がうっとりとした目を向けた。

 俺たちの高校からもう一人、舞の演者が加わっていた。前生徒会長の神津真冬こうづまふゆ。三年生だった。

 真冬は俺より二つ上。日和も飛鳥も同じ小学校に通った。飛鳥から見て真冬は四つ上だが、よく知った仲だった。

「真冬さんも今年で引退だな。日和という良き後継者ができて安心して旅立てるだろう」

「どこか行っちゃうの?」飛鳥が訊く。

「京葉大に受かったら、独り住まいを始めると聞いている」

「良いなあ、独り住まい」

「飛鳥は無理だろ、叔父貴が許すはずもない」

「だよね」飛鳥は苦笑した。「火花ほのかにいがどこかに下宿して、そこにころがり込むしかないか」

「お前な!」何を言っているんだ!

 従妹の飛鳥になつかれるのは悪くないが、こいつは恋愛対象外だ。

 巫女の舞が終わったので、その後も行事は続いていたが、俺と飛鳥は本殿から離れた。

 参道にはひとがたくさんいた。この寒空なのによく出て来れるものだ。

 通りがかりに出くわした悪友たちは、俺が飛鳥を連れていたものだから、みな冷やかすようなことを言って通り過ぎて行った。

 その中に佐内一葉さないかずはもいた。彼女もまたクラスメイトの女子と気晴らしに来ていたようだ。

 意味ありげに俺に微笑を向け、自分の後ろを指差して去って行った。

 一葉が指し示した方に、蒔苗まかない芦崎あしざき西銘にしながいた。

 蒔苗を真ん中に、芦崎と西銘が両隣にいる。ただその距離は違った。

 蒔苗と芦崎の間には人一人分空いていた。しかし西銘はべったりと蒔苗にくっついている。

「どうかした?」飛鳥が訊いた。

「いや、なんでも……」

 飛鳥は中学生だから蒔苗らを知らない。

「うちの高校の先生がいたんだ」とだけ俺は言った。

「どれどれ」と飛鳥は俺の視線の先を見た。

「あの状態のひと?」めざとく飛鳥は蒔苗たちを言い当てた。

「そうだ」

「若い女ふたりに挟まれて鼻の下伸ばしているのが先生なの?」

「いや、三人とも先生だ」

「ええ? 右の地味な美人はともかく、左のは……ないわ~」

 蒔苗の右にいたのが芦崎。黒っぽいコートに身を包んでいた。黒タイツの脚が細い。

 左の西銘は明るいピンクのコート、真っ赤なミニスカートに、紫のタイツ、そしてショートブーツだった。派手な女子大生スタイル。とても教師には見えない。

 おそらく西銘は就職したばかりでまだ社会人らしい私服を持っていないのだと俺は好意的に解釈した。そうでも思わないと見ていられない。

 蒔苗たちと離れたかったが、好奇心旺盛な飛鳥がそれを許すはずもなかった。

 飛鳥のペースで歩いたせいで、俺たちは蒔苗たちと出くわしてしまった。

「おっ!」と蒔苗まかないは俺に気づいた。

「あら、鮎沢あゆさわ君」続いて担任の芦崎あしざきが俺に気づく。

「だれだっけ?」ととぼけたのは西銘にしなだった。

 西銘は、たとえ教え子であったとしてもいちいち顔は覚えていられない、というスタンスをとっていた。

 しかし、西銘は俺のことをしっかりと認識している。その値踏みするような目が俺を捉えていた。どうやら俺は西銘にとって擬態の対象外のようだ。

「なんだ、紀元祭デートか?」蒔苗が先手を打つように俺に言った。

「従妹の飛鳥です。雷人らいとの妹の」俺は飛鳥を蒔苗たちに紹介した。

「兄と火花ほのかがお世話になっています」飛鳥は丁重に頭を下げた。

 小さいころから礼儀を教えられている飛鳥は、初対面の相手には礼を尽くす。とても中学二年生には見えない。俺も見倣うべきだな。

「しっかりしたお嬢さんね」芦崎が目を細めた。「鮎沢君の担任の芦崎です」

「数学の蒔苗まかないだ」

「古文の西銘海優にしなみゆよ」なぜか西銘は姓名とも名乗った。

「先生方もデートですか?」飛鳥はいきなり切り込んだ。「両手に花ですね」

 それを訊くか? こっちはデートじゃないだろ。

「いや、いちおう、うちの生徒が巫女の舞をするというので」蒔苗はうろたえていた。

真冬まふゆさんと日和ひよりさんですね」

「よく知っているのね」と訊いたのは芦崎だった。

 芦崎は、飛鳥の切り込みをノーダメージで受けた。鈍感なのか「デートですか?」が全く気にならないようだ。

 おそらく芦崎は蒔苗に誘われたとしても、それがデートの誘いだと認識できないだろう。

「小学校からの幼馴染ですから」と飛鳥は答えた。

 そうやって参道の途中で立ち話をしていると、知り合いが通りかかるものだ。

 さきほど別れたはずの悪ダチどもがまたも顔を見せた。その興味はどうも西銘に向けられていたようだ。

「あれ、海優みゆちゃんじゃん」悪ダチどもは西銘相手にタメ口を利く。

「なんだ、お前ら、行ったり来たりうろうろしてんのか」俺は訊いた。

 そばに佐内一葉や女子も数人いた。

「女子と合流しちゃったから、どこか行こうか誘ってたんだよ、火花ヒバナも行かないか? って火花ヒバナは彼女付きか」

「従妹の飛鳥だよ、知ってんだろ」

軽部かるべさん、こんにちは」飛鳥は笑いを抑えて、悪ダチのひとりに頭を下げた。

「も、もちろんだよ、飛鳥ちゃん」軽部はうろたえた。飛鳥の殺気を感じたようだ。

「てか、海優みゆちゃん」軽部は話をそらそうと西銘に矛先を向けた。「イケてんじゃね?」

「な、何よ……」西銘は少し後退あとじさりして、蒔苗から離れた。

「ぴっちぴちの女子大生じゃん」

「こ、こういうのしか私服は持っていないのです」

 怒ったような仕草が可愛い。しかし俺の目にはそれがあざとく映った。

「またまた……蒔苗先生、バツイチ卒業できると良いですね」軽部は蒔苗にも飛び火させた。

「お前らなあ……」蒔苗は絶句している。

 なかなか面白い光景だったが、ここは軽部たち悪ダチどもに任せて、その場を立ち去ることにした。

「良かったの? 行かなくて」飛鳥が訊いた。

「良いんだよ、別に。日和の舞も観たしな」

「ふうん、良いんだ?」

 不思議そうに見る飛鳥を連れて、俺は参道を下った。

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