黄昏の立ち回り

「お嬢ちゃん、ボクたちと遊ぼうよ」男のひとりが日和ひよりに声をかけた。

「ごめんなさい、私、そのような時間はないので失礼します」日和は両手を揃えてお辞儀をした。

 どのような奴らが相手でも、見知らぬ人には最低限の礼を尽くす。それが日和の行動規範だ。

 もちろん俺だって祖父じじいにそう教えられた。ただ、それを誰に対しても適用するつもりはない。ガラが悪い奴らにはふさわしいガラがある。

日和ひより――」

 俺は物干し竿を右肩に載せた格好で日和に声をかけた。

 なかなか絵になっているんじゃないか。俺はナルシストなのだ。

「あ、火花ほのか」日和は俺を認めて、ちょっとほっとしたような顔になった。

「帰るぞ」俺は格好をつける。陰の実力者はこうでなければならない。

「なんで、そんなものを持っているの?」日和は怪訝な顔をして俺がかつぐ物干し竿を指さした。

日和ひよりが使うかと思って――」俺はにやりと笑った。

「私に使わせたいわけ?」

 日和の顔が徐々に不機嫌になっていく。

 あ、これはあかんやつだ。

「誰? そいつ、彼女の彼氏?」

 男のひとりがにやにやしながら割り込んできた。イイね。モブモード全開だ。

「違います」日和が答えた。

 違うのか。がっかりだ。

「――小学校からの友人です」

 どうせなら、幼馴染と言って欲しかったな。友人なんてただの顔見知りだと言っているに等しい。俺とお前はその程度の関係だったのかよ。

「お友達、ちょっと彼女を貸してよ」男のひとりはやけに女性っぽい喋り方をした。

「彼女は、ものではないっすよ」

「それ、何に使うの?」別の男が、俺が肩に担いでいる物干し竿を指差した。「ひょっとして、僕たちに向かって振り回すの?」

「僕たち、実は空手の達人なんだよ、けけ……」ボス格の男が笑った。

 品が無くて助かったよ。手加減の必要がなくなった。

「これは、彼女に貸すんです。彼女、バトントワリングの達人でして」

 俺は日和に向かって物干し竿を投げた。

 日和はそれを難なくキャッチし、両手でくるくるとまわした。バトントワリングに見えないこともない。

「上手じゃん」男たちは手をたたいた。

「僕も見せよっかな。極〇会」

 極〇会なんて名乗るかな。俺は呆れた。

 ただ、空手をしているのは満更嘘でもなさそうだ。立ち方や構えは有段者のそれだった。

「何段です?」俺は訊いた。

「二段」男は笑った。

「なるほど、それは良かった」

「ん?」

「僕も初段でして……」手加減する必要がないからな。上級者相手に。

「ほう、彼女にいいところを見せようと?」

「いえ、いいところを見せるのは、彼女の方です」

 日和の手をとろうとした男の一人が、すでに日和が振り回した物干し竿によって地面に伏していた。

「危ないですよ、バトンの傍に行ったら。ただでさえ、長いんですから」一応注意をしておいた。

「やりやがったな」

 地面に倒れた男が、起き上がろうとする。

 その頭に日和は容赦のない竿の一撃をくらわした。

 男は蛙が潰されたような声を発した。

「先に手を出すやつがあるか」俺は呆れて日和に言った。

「いや、私――腕を思いきり掴まれたから」日和が言い訳をする。「その人が先に手を出した」

「――そうか、なら、仕方ないか」

 もう一人の男が日和と向き合う。

 どうやら、倒れた男が素人で、今立っている男二人の方が空手をやっているようだ。

「どうでも良い奴を先にのしちまったか……」奇襲をかけるのなら一番強そうな奴を真っ先に倒すのが定石だろうと俺は日和を非難した。

「――だって、腕つかむから」強い弱いは関係ないようだ。

 ボス格の男が俺と対峙した。

 日和と向き合った男も、日和が構える物干し竿を警戒して距離をとっている。

 暗くなっていたが公園の街灯はついていた。

 日和には何とか時間稼ぎをしてもらい、まずは目の前のこいつをやる、と俺は決めた。

 相手の動きは悪くなかった。手刀の後に足技が飛んでくる。いくつかの手数をセットにした連続攻撃。

 俺はかわすのに苦労した。一方で日和の動きも気になる。

 日和はいつもの身軽さを欠いていた。中途半端な灯りが視界を不確かにしているようだ。

 目の前のこっちを先に終わらせる必要があるな。

 足技をかわして、相手の懐にとびこむ。

 相手は用意していたかのように突きを出した。

 それを間一髪かわし、袖をつかんで、払い腰を入れた。

 相手の体は宙に舞い、一回転して背中から地面に落ちた。

 自分の背中で押さえつけながら、相手の腕を締め上げる。男は悲鳴をあげた。

 残念でした。俺、柔道も初段です。

 日和の方は竿による突き技を繰り返していた。相手の男は日和に近寄れない。

 しかしこれではらちが明かない。

 そうこうしているうちに、倒れていた三人目の男が後ろから日和の脚にしがみついた。

「いやあ――!」日和が滅多に出さない悲鳴をあげた。

 俺は、押さえつけていた男の鳩尾みぞおちに当て身をくらわせ、そして日和の救出に向かった。

 日和は足元の男に向かって竿を何度も振り下ろした。まるでゴキブリを潰すかのようだ。

 不遜にも俺はそれを面白いと思ってしまった。

 しかし笑っている場合ではない。立っている男が日和のすぐそばまで迫っていた。

「おめえの相手はこっちだぜ」

 男が振り返りざまに回し蹴りを放った。

 そういうのは読んでいる。野球の滑り込みのように男の軸足めがけて足をいれ、相手の足元をすくった。

 倒してしまえば絞め技だ。

「空手は初段、柔道も初段――」俺は笑いながら男の首を締め上げた。

「――ついでに剣道も初段、そしてそして、ケンカは三段」

 言いながら日和を見る。

 日和はむすっとして、俺が締め上げる男の鳩尾に竿の先を落とした。

「ってのは、だ」

 最後の俺の言葉は男たちには聞こえなかっただろう。


 すぐにパトカーがやってきた。さきほど逃げ去ったと思われた三年生の三人が警察に連絡をいれたようだ。

 警官たちの目の前に、物干し竿を握った日和。頭を掻いている俺。そして地面に這いつくばっているライダースーツの男三人がいた。

「すみません、怖かったので、ついつい」日和が涙目で警官に訴えていた。

 まったく、たいした役者だと思う。女優の素質もバッチリだ。

「その物干し竿は?」

胡蝶こちょうさんが三人に絡まれていたようなので、近くの家の庭から拝借しました」俺は答えた。「何しろ、空手の達人とか言うので」

 日和は、お前も役者だなと言うかのような目で俺を見た。

 警察署で事情を、という話になりかけたが、ライダー三人が「ちょっとからかっただけ」と言い、俺と日和ひよりも大袈裟な話にしたくなかったので、名前を訊かれただけですんだ。

 お互いたいした怪我はしていなかった。知らんけど。

 日和が竿で殴り続けていたようだったが、ちゃんと手加減をしていたと思う。

「兄ちゃんたち、悪かったよ」男たちは苦笑いを俺と日和に向け、疲れ切った様子で去って行った。


 日和の家族が車で迎えに来ることになった。自転車は車に積んで帰るらしい。

「それにしても、日和、体にキレがなかったな」思い出したように俺は日和に訊いた。「あんな連中、棒っきれ一本でいくらでも叩きのめしただろ」

「こんな格好じゃ、思うように動けないわ」

 日和は制服姿だった。

「え、なんで? ロングスカートでもあるまいし……」俺はよく考えもせずに、日和のスカートをつまんで持ち上げた。

「何するの!」

 暗がりでよくわからなかったが、日和は黒タイツを穿いているだけで、短パンもスパッツも身につけていなかった。

「バカ火花ホノカ!」

 俺は日和に思いきり足を踏まれた。

「すまん……」

 俺は反省を強いられた。

 俺と日和の関係は幼馴染から進展することはなさそうだ。単なる友人だ。

 近すぎる関係も善し悪しだなと俺は思った。

 

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