黄昏の公園

 余計な時間を食ってしまった。

 俺は少し焦っていた。

 隣のクラスを覗くまでもなく日和ひよりはもう下校しているはずだ。

 スマホで「今どこ?」と送ったが既読にならない。

 俺は自転車を立ちこぎした。


 日和ひよりも自転車通学をしていた。

 二月は、きたるべき神宮でのまいに備えて、毎日まっすぐに帰宅して自主稽古をしているはずだ。

 俺は日和の帰宅経路をなぞった。


 途中に新興住宅地があった。田圃や畑だったところに近年次々と家が建った。

 他所から移り住んでくる住民も多い。そしてそういう住宅地には区画ごとに決まって小さな公園ができる。

 そうした公園の一つ、その入り口に俺は日和の自転車を見つけた。

 自転車は他にも三台あった。


 俺は少し離れたところに自転車をとめて、公園の様子を窺った。

 何とも奇妙かつ滑稽な光景。ひとりの女の子を前にして三人の男が頭を下げて手を差し出していた。

 女の子はもちろん胡蝶日和こちょうひより。そして男三人は昨日バイト先のファミレスで見かけた三年生の男子生徒たちだった。

 三年生男子はみな神妙な態度だった。ファミレスで見たチャラさは見られなかった。黄昏に浮かぶ神々しいまでの美少女を前にして、彼らは失っていた純朴を取り戻したようだ。

 しかし客観的に観て、日和の相手にふさわしくない。ダサすぎる。

 この中から誰かを選ばなければならない設定なのか。

 こんな下衆の中からひとりを選ばなければならないなんて、とんだ罰ゲームだ。


 この寒空の下、三人の三年生はこの公園で日和が通りかかるのをずっと待っていたに違いない。

 何とも健気けなげな連中。そして可哀相なことに日和はその三人を袖にするのだった。

 いや、可哀相なのは日和の方か。


 日和が頭を下げた。「ごめんなさい」とでも言ったのだろう。

 それで男たちが豹変して日和に詰め寄るようなら出て行こうと俺は身構えた。

 しかし、そうはならなかった。


 三年生の男たちは頭を掻いて笑っている。昨日の勢いはどうしたのか。やはりあれは単なるノリだったようだ。互いに罰ゲームを科したのか。

 男たちは日和にとって害を与えるような連中ではなかった。


 日は落ちかけて暗くなっていた。

 日和を自宅まで送って行くつもりになっていた俺は、離れたところから様子を見守っていた。

 そこへライトを点けたバイクが三台通りかかり、日和たちの自転車が停まっているところにバイクをとめた。

 不揃いのライダースーツを着た若者三人。彼らはたまたま休憩がてらにここに来たようだったが、そこで高校生たちが何やら和気藹々とアオハルイベントをやっているのを見て興味を覚えたらしかった。

 しかもその中心に極上の美少女がいる。

 男たちは日和と三人の三年生男子のもとへ近寄った。

「ボクたちも混ぜてよ、楽しそうじゃん」

 へらへら笑いながら近づく三人の男。

 街頭に照らされた日和は全く無表情な顔をしていた。

 しかし三人の三年生たちは浮足立っていた。

 こいつら地元の人間ではないな。

 俺はライダースーツ姿の若者三人を観察した。

 ときどき、利根川の向こうから茨城県のガラの悪い奴らがやって来ることがある。

 それはもちろんお互いさまだ。俺が悪ダチどもとバイクで利根川を超えて向こうへ行ったときも、ガラの悪い奴らが来た、というような顔をされたことがある。

 どこにでもガラの悪い奴はいるものだ。中身を知らない以上外見でひとを判断するしかない。

 俺は自分のことをガラが悪いとは思っていなかったが、初めて俺を見た者はそう思っても仕方がないだろう。そういう外見と態度をしているからだ。


 男たちはただ単にからかい半分に声をかけただけに違いない。

 しかし三人の三年生たちはそれに威圧を感じた。

 特にガラが悪い奴らのひとりが、日和たちに近寄る際に三年生たちの自転車を倒してしまったから尚更だ。

 別に蹴り倒したわけでもないのに、三年生たちはそのように受け取ってしまった。

 みっともないことに三年生たち三人は、倒れた自転車を起こすと、そのまま日和を置いて逃げて行った。

 俺は溜息をついた。「やれやれ」

 日和はやっと帰宅する気になったのだろう。自分の自転車の方へ歩みかけた。

 その日和の前にライダー三人が立ちふさがった。

 薄暗がりで、目の届く範囲に人の姿はなかった。

 俺は周囲を見回し、公園の隣の家の敷地に役に立ちそうなものがないか探して、ちょうど目についた物干し竿を一本拝借した。



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