クラスメイト

 昼休み、弁当を食べる前に手を洗いに行こうとして、佐内一葉さないかずはと廊下で一緒になった。

鮎沢あゆさわ君、理系にするの?」一葉は訊く。

「わかんねえ。だから混合クラスにしとくよ」

「わからないの? 数学得意だから理系なのかと」

「そういう理由で理系にするなと芦崎あしざき先生が言ったような」

「芦崎先生が言ったのは『数学苦手だから文系などという安易な選択はしないで』だったはず」

「違うと言えば、違うな、たしかに」俺は笑った。「それに俺、数学得意じゃないし」

「難問は得意でしょ。誰も解けないような問題を解くのが専門」

「そうだっけかな」俺はしらばっくれる。

蒔苗まかない先生がそう言ってた」

 蒔苗まかないは数学教師だ。

「お前、俺より蒔苗まかないのいうことの方を信じるのか?」

「そりゃそうでしょうよ。あま邪鬼じゃくの鮎沢君のいうことは信じられない」

「へいへい」

「わたしは理系にするわ」

「数学教師にでもなるのか?」俺はふざけて訊いた。

「悪い?」ほんとかよ!

「怖い先生になりそうだな」

「もちろん、大学に入ってから気が変わることもあるかもしれないけれど、今はそれを目指す」

 冗談ではなく、一葉は本気で教職を考えているようだった。

 ただ、頑固そうに見えて一葉は気が変わることも多い。意外と周囲に影響されるのだ。俺はそれをよく知っていた。

 大学に入って、いろいろなものを見たり聞いたりして全く別の世界に足を踏み入れる可能性は十分にあった。

「ま、頑張れよ」

「他人事のような言い方」

「他人事、だからな」

 俺は手を上げて一葉から離れた。


 昼食はうるさい連中と一緒にとった。

 相変わらずカラオケの話とか、バレンタインの話とか、幼稚な話題が多かった。

 それでも構わない。ずっと真面目に考えていては息がつまり、疲れる。だから俺は軽い話題にのっていた。

胡蝶日和こちょうひよりからチョコもらえるかな」ひとりが突然日和ひよりの名を出した。

「お前、面識あるのか?」別の奴が訊く。

「廊下ですれ違うときに手を振った」

「向こうが、か?」

「いや、オレ」

「アホ」

 みんなで笑う。俺も大笑いした。そういうノリの奴らだった。

「ヒバナ、お前日和ひよりちゃんと仲良いんだろ?」

「家が近所だし、同じ小学校だったからな。うちの道場にも通っていたし」

「日和ちゃん、道場通っていたの? 空手か何か?」

「空手と剣道やっていたぞ。お前らなんかすぐな」俺は笑った。

「そりゃ、大変だ」

「でも三年生の先輩が狙っているって聞いたぞ。確か空手二段とかって奴」

「うちの学校にそんなのいたのか?」

「どこにでもいるだろ、それくらい」俺は口を挟んだ。

「あぶない連中とつきあいのある三年生って聞いたけど、大丈夫かな」

「呼び出されてのこのこついていくやつじゃないから、まあ、大丈夫だろ」俺は言ったが、一抹の不安はあった。

 やはり警戒しておくか。

 スマホで雷人らいとにもそれとなく気を付けるように促した。日和と雷人は同じクラスなのだ。

 しかし雷人は剣道部の活動があるためずっと日和を見ているわけにはいかない。

 だから俺が日和についているしかないと思った。

 放課後は一緒に帰るか。

 そう思ったが、そういう時に限って何かと邪魔が入るものだ。

 俺は数学教師蒔苗まかないに呼び出された。

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