朝早く出る、そして日和に

 翌朝、朝飯を食べに居間へ行くと、いつものようにそこには従妹の飛鳥あすかしかいなかった。

 従兄の雷人らいとは部活で朝練がある。雷人は剣道部に所属していた。

 祖父に教えられ、俺も雷人も柔道、空手、剣道で有段者となった。そのうち剣道を部活動として選んだのが雷人だ。

 細身で姿勢の良い雷人は剣道が向いていると俺は思う。

 一方、俺はしている不良にしか見られない。

 幼いころから俺を知る近所の人には今も挨拶をかわす間柄だから「やんちゃ坊主」程度ですんでいるが、それを知らぬ学校の人間にはさぞやヤンキーに見えただろう。

 授業中でよく寝ている、バイクを乗り回してファミレスでバイトしている、そういう姿しか彼らには見えない。

 それでも俺は何も問題と思っていなかった。これも世を忍ぶ仮の姿。しかし真の姿は――――

「寝癖、ひどいよ」飛鳥に指摘された。

「ちっ、そのうち治るだろ」仮の姿なんだし。

「もうすぐバレンタインなのに、それじゃ収穫も期待できないね」

「うちの学校、偏差値高いから、そういうのないぞ」俺は事実と異なることを言ってやった。実はもらったチョコの数を競って浮ついているなんて言えないな。

「なんだ、ないのか、つまらない」飛鳥はひそかに俺のを期待していたようだ。「雷人らいとにいも期待するなと言っていたし」

雷人らいと日和ひよりからもらえれば良いんだろうよ」

「あれ、火花ほのかにいは?」

「俺は、そうだな、飛鳥からもらえればそれで良いかな」

「あたしたち、結婚するって約束したしね」飛鳥がウインクした。

「それいくつのときだ? いとこ同士は結婚できないよ」

「え、そうなの? 残念」

 実はできるとは言わなかった。

 法律的にはできたとしても鮎沢あゆさわ家ではできない。そういう約束だ。

 小さいころから祖父にそう教えられた。

 飛鳥もだんだん美人になっている。あと数年したら日和ひよりともいい勝負になるだろう。

 あまり身近にいるのもいけないかなとも最近は思うようになっていた。

「でも、保険としてチョコは用意しておいてやるよ」飛鳥は偉そうに言った。「それが『妹』のつとめだしね」

「サンキュー」憎まれ口をたたくが可愛いヤツだ。

 すでに叔父は仕事に出ていた。

 祖父と叔母は畑仕事やら家の用事で朝早くから動いている。

 俺と飛鳥がこの家でいちばん遅い朝食をとって登校するのだった。

「俺、今日はいつもより早めに出るわ」やらなければならないことがあるしな。

 朝食をさっさと平らげ、俺は家を出た。

 自転車をいつもより速いスピードで漕いだ。

 そうして登校し、時間調整をして駐輪場にとめて下駄箱に向かうと、計算通りに胡蝶日和こちょうひよりの登校に同伴できた。

「おはよ」日和ひよりの横顔に声をかける。

「おはよう、火花ほのか日和ひよりはわずかだが驚いたように俺を見た。

「日和の耳に入れたいことがあったから、早く来た」

 周囲の生徒に聞かれない程度の声で俺は言った。

「え?」日和は身構えた。

 いや、そういう展開ではない。勘違いするな。

「今日、上級生の男どもが何人か日和に声をかけると思うが、全部無視しろ」

「何それ、ひょっとして私を口説いているの?」だから、ちげえよ。

「まあ、何だな……」と言いかけて俺は改まった。「昨日バイト先のファミレスで上級生たちがいて日和にこくるとか言っていたから。しかもどう見てもゲーム感覚だったから、そんな連中相手にしなくて良いって言いたかった」

 できるだけ日和を不安にさせないように「ゲーム感覚」という表現をしておいた。罰ゲームで告るヤツがたまにいたりするからな。

「ありがとう。肝に銘じるわ」

「呼び出されてもひとりで行くなよ」

「はいはい」

 今でこそ華奢な大和撫子のイメージだが、小学校に入ったばかりの頃は俺や雷人とともに走り回ったやんちゃ娘だった。

 祖父の道場にも通っていて武道も教わり、護身術にも長けている。

 だから先輩男子だからと言って恐れることはない。

 しかしそれが逆に心配の種となるのだ。怖いもの知らずほど厄介なものはない。

「じゃあな」

 長話をするわけにもいかず、俺は日和のもとを離れた。

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