五、南山由彦

五、南山由彦なんざんよしひこ


 食堂で神屋を見付けた。今日はいい日だが、もっといい日にしよう。

 食堂にはミーティングカフェテリアと呼ばれる、外から区切られた食事スペースが五つある。主に業務内容に関わることを話す場合に使う。その一つを押さえて、神屋が座っている席まで行く。

「神屋、ミーティングカフェテリアで一緒に食べないか?」

 私の顔を見た神屋が、読めたぞ、と言った顔をする。

「構わないよ」

 トレイを持ったまま移動する。食堂は全職員を収容出来る程広く、ミーティングカフェテリアは端にあるのでちょっと歩く。施設の色々なところから集まった人々の声が混じり合って均一なノイズになっている。私達は喋らずに進み、三番の部屋の中に入る。

 私の席の隣に神屋は就いて、食事の続きを始める。

「神屋、聞いてくれ。ついに私のチームのぬえが完成したんだ」

「きっとそうだろうと思ったよ。顔に書いてあった。おめでとう。……どれくらいのクオリティになったんだ?」

「猿の顔、狸の胴体、虎の脚までは完璧に再現出来た。問題は蛇の尻尾で、これをどう解釈するかなんだよね。普通に蛇の尻尾でいいならそれは難しくはなくて、そこに蛇の頭がくっついているとなると途端に難易度が跳ね上がる。と言うか頭二つはほぼ不可能だ。文献に書かれた絵ではただの尻尾のものが有名で、だけど、蛇の頭がある銅像もある。悩んだけど、普通の尻尾にしたよ」

「挑戦がモットーの南山でも出来ないものは出来ない、か」

「そう言うなよ。鵺を作ること自体が挑戦だよ。第一ラボの総力をあげて両方のパターンを模索したんだ。蛇の頭をつけるとなると、哺乳類と爬虫類を骨盤の部分で結合させなくてはならない。ゲノムをいじるだけじゃ決してその形にはならないだろう。現在の技術力じゃ不可能なキメラだと断定した。尻尾だけならゲノム操作でデザイン出来そうだったから、やってみた」

「そして、出来た訳だ」

「満足の行くクオリティだ。獰猛だよ。麻酔をしなければ触れることも危険なくらい」

「ベースは何にしたんだ?」

「胴体の狸だ。だから知能も狸程度。こんなに獰猛になるとは思わなかった」

「虎の遺伝子が混じったのかもね」

「それを同定するのも次の課題だね。もう一つ大きなポイントは、キメラ生物にありがちな短命を克服している。と言っても一年しか経っていないけどね。でも、もっと生きるだろう。キメラ生物の短命さは、臓器などのバランスがおかしくなるのと、脳がおかしいのとが原因としてあるだろ? そこを変にしないために、限りなく中身は狸なんだ。これが成功の秘訣だよ」

「全く同意見だね。僕のところも同じ方針で上手く行った」

「やっと追いついたよ。と言っても次にすることは山積みだけどね。神屋もそうだろう?」

「まったくだ」

「そっちは最近はどうだ?」

「今日、新しい卵巣を手に入れて、これを元に次のシリーズを作る。人工子宮と成長促進技術のおかげて、ばんばん生める」

「そのほとんどをばんばん殺す」

「前に議論した通り、僕はそれが新しい生物を作るために必要なプロセスだと思っている。普通の進化だってそうだろう? たくさんの命があって、たくさんの死があって、生き残った者の蓄積が進化だ。それと同じことを人為的にしているだけだ。だから、ばんばん生んで、殺すことに問題があるとは思わない」

「ああ。同意見だ。進化に目的はないが、私達には目的がある。そこは違うだろうけど」

「妖怪を作り、売る。それも進化の圧力と同じだろう。自然と違うのはランダムな遺伝子変異の累積を待つのではなくて、ゲノムを直接いじることだろう。でも、そうでもしないと目的の形質にはならない。むしろ、それをするために僕達はいる」

「だけど、なかなかイメージ通りにはなってくれない。そこで大量のトライアンドエラーの登場と言うことになる」

「ばんばん生んでばんばん殺すのは、この稼業では当然のものだ。……鵺を作るのにも相当の命を使っただろう?」

「そりゃあね。毎日生んで、毎日殺して、死体処理場に送らない日はなかった。でもだからと言って、完成した鵺に『お前にはたくさんの命がかかっているのだよ』と言ったって仕方がない。神屋のところだったら、意味があるかも知れないね」

「あっても、そんなことは言わない。のどかに育って欲しい。出荷するまでは、少なくとも」

「教育もしているんだっけ」

「している。人間がベースだからね、教育しないと何も出来ないんだ。だから、ラボ内に教室があるよ」

「IQってどれくらいなんだ?」

 神屋は嬉しそうに口角を上げる。

「調整しているんだよ」

「それってすごい技術だな。鵺はそう言うところはいじってない」

「出荷するのは平均70くらいにしていて、研究用に高IQの個体も作っている。130くらいはある」

「やっぱりメスしか作らないのか? 鵺もメスしか作らないけど、オスと両方作ると手間がさらにかかるからだ」

「うちはオスは出荷する宛がないから、メスだけだよ。手間の問題ももちろんある」

「でも、神屋のところのは花形だよね、妖怪の中でも」

「そう思う。実際に出荷出来るようになるまでは長かったよ」

「お互いな」

「鵺、見たいな。今日これから見に行ってもいいかな?」

「ああ、いいよ。私も今度見せてくれよ、高IQの人魚」

「低IQのは見たことあったっけ?」

「あるよ。最初に出荷された個体を見た。見事だった」

 神屋は満足そうに箸を置く。私達はもう十年以上施設で妖怪を作っている。私にとって今日が節目であることは間違いない。他の誰からの言葉より、神屋に聞いてもらうことが私の勲章だ。

「じゃあ、神屋、そろそろ行こうか」

 ミーティングカフェテリアを出て食器を下げて、第一ラボに向かう。施設は第一から第三の巨大なラボと、食堂、病院、死体処理場で構成されている。広大なので、食堂から第一ラボまで車で行く。神屋が助手席に乗った。

「自分の車はどうしたんだ?」

「昼食は健康のために歩いて食堂まで行っているんだ」

「そうか。一つ健康から外れたな」

「それよりも鵺だよ」

 第一ラボの私の専用駐車場に車を停めて、神屋を連れてラボの中に入る。入れると言っても何でもかんでも見せる訳にはいかないから、通路をまっすぐ進んで鵺のいる部屋に通す。

 それぞれの檻の中に鵺は計七体いる。発生させてから一年経った個体が二体、半年が二体、三ヶ月が三体だ。

「すごい。本当に鵺だ」

 神屋の賞賛が私の胸を掴む。

「だろう?」

「でも、なんか小さくないか?」

「狸ベースだからね。あと、まだ生後一年以下しかいない。狸でもそれなりに大きくはなる、と思う」

「それは経過観察するしかないね。最初から大きな個体を作る予定はないの?」

「あー、見事だね。ある。今それをやっている」

「ベースを変えた方がいいかも知れない」

「それもやっている」

「何にしろ、ここにいるのは鵺だね。いいもの見た。僕も頑張るよ」

 神屋は頷きながら踵を返して、とっとと部屋を出て行く。一人で歩かせる訳にはいかないから、追いかけて横に並ぶ。

「じゃあ、今度、人魚見せてくれな」

「見せると言うより、会うに近いよ。期待してくれ」

 ラボの玄関まで送って、私は自分のデスクに戻る。やはりサイズが良くないと完璧とは言えないか。私は軽く息を吐いて、アイデアを練るために腕を組んで虚空を見詰める。

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