第8話 問題解決の一手
「まあまあまあまあ」
「あらあらあらあら」
「もしかしてもしかして」
「ありえる? ありえちゃう?」
令嬢たちはわくわくどきどきそわそわと、何やら関係性が変わってきている二人を観察していた。野次馬ともいう。
今まで庭園の奥から姿を見せなかったレアンドルが、当然のようにエマと稽古を繰り返す。
護衛戦で恐怖を改めて植え付けられた令嬢も多いが、もともと戦う男。今まで欝々としていたのが日に日に生き生きと輝いているような気がする。
ああやって打ち合っている間もだが、何気に外敵役でエマを追い詰めるのが楽しそうだ。やはり獅子。狩りが楽しいのかもしれない。
あれ、エマが獲物? いや、彼女も狩人の目つきなのでレアンドルが狩り甲斐のある獅子に見えているかもしれない。
エマもまた、いつでもどこでもレアンドルを仕留めようとしていたのが少し落ち着いた。やっぱり仕留めようとはしているが、レアンドルを標的だけでないモノへと認識し直した気がする。
…やっぱり標的扱いだったのですね。
「もしやお似合いでは?」
「これは可能性があるのでは?」
「情は育まれているはずですわ!」
きゃいきゃいと期待交じりの歓声を上げる令嬢たちの声を、ローラは苦虫を噛み潰したような顔をしながら聞いていた。令嬢としてお外でしてはいけない表情である。
「楽観が過ぎますわ。お互いの距離が縮まったのは見て取れますが…どう見ても騎士同士の友愛です」
「エマ様がぞんざいな口調を貫く所為か、騎士を目指す甥っ子と厳しくしつけるおじさんにも見えますよね」
「ジェーン・ジェニー。それはお二人に失礼よ」
二人とも、それほど若くも老いてもいない。
嗜めるマリアに、ジェーン・ジェニーはぺろりと舌を出した。
「わかってますよう。でもインスピレーションを得た方はいらっしゃるようです」
「楽しいお話しを聞かせてくれる方々だとは思っていたけれど、ご自分で筆を取られるのね」
「あの二人を見ていると創作意欲が湧くらしいです」
二人の話題から、ローラは鬼気迫る表情でペンを走らせる令嬢たちの一角をチラ見した。
彼女たちは血走った目で今日もレアンドルとエマのやり取りを観察しては声にならない歓声を上げ、取り寄せた真っ白いノートとペンで迸る想いを書き殴っている。
この空間、記憶にないものは呼び出せないが、呼び出したものから新しいものを作り出すことは可能である。この空間で書いたのだから、他の令嬢も目を通すことが出来た。
新作が読めないなら新作を書けばいいじゃない!!
最も、その生み出したモノが目覚めてどういう扱いになるのかは不明。深く考えると発狂ものなので考えてはいけない。
「ちなみに私、『魔王レアンドルが勇者エマと繰り広げるドタバタコメディ』が好きです」
「あれは楽しかったわね。私は『王女様しか見ていない女騎士エマに執着して嫉妬して護衛騎士として活動できなくなるくらいぐちゃぐちゃにするレアンドル様』がほの暗くてよかったわ」
「ええー、私まだ最後まで読めてませんよー。ちょっと覚悟が必要で…確実に人気出る作品だとは思いましたけど」
「あとは『男の子エマ』ね」
「王女と男の子エマとレアンドル様の三角関係に滾りました」
(性別を変えなくてもそう見えるのはわたくしだけかしら)
ローラは詳しくないが、王道担当とアブノーマル担当がいるらしい。
エマの凛々しい騎士服…男装姿。レアンドルとの攻防。令嬢たちには丁寧なのに、レアンドルにだけは不遜な対応をする姿などから、一部の令嬢たちは新しい扉を開いているらしい。ジェーン・ジェニーは全ての創作に目を通し、全ての作者と連絡先を交換している。目が覚めたら本を書いて欲しいそうだ。商魂たくましい。
ちなみにローラは『エマがレアンドルの配下となり共にレオニハイドを守りながらお互いに惹かれあう』王道ストーリーが好みだ。程好く甘酸っぱいのが良い。
だが、現実はそう甘くない。
確かにエマはレアンドルに対して考えを改め…た…の、かも? しれないが、それは上官に対する信頼や尊敬の様に思える。どこから見ても汗臭い、夕日の似合うスポ根的やり取りに見えてならない。
創作ではいくらだって愛を語らい合わせられるのに、現実は愛のときめきでなく汗のきらめき。どっちにしろちょっと眩しい。
令嬢たちの娯楽は増えたが、問題はまだ解決していない。
「…エマ様、真実の愛チャレンジはやっぱりしてくださらないのかしら」
「マリア様、諦めませんねぇ」
マリアはテーブルに両肘を置き、組んだ手に自分の顎をくっつけるという令嬢らしからぬ姿勢で何度目かもわからぬ呟きを落とした。ジェーン・ジェニーは軽く、ローラは呆れたように受け流す。しかし今日は、言葉を濁すマリアも話を続けた。
「そもそも…エマさまは、現実世界でレアンドル様に出会う前にこちらに来たとおっしゃられていました」
「そうだったわね」
「ありえるんですか? そういうの」
「聞いたことはありません。いえ、眠り病の様な呪いは滅多にないのでわかりませんが…こちらに来た条件が他と異なっているのはわかります」
言いながら自分に言い聞かせているのか、マリアは深く頷いた。
「もしかしたらエマさまは、誰よりもレアンドル様と波長が近いのかもしれません」
波長とは何ぞ。
首を傾げたジェーン・ジェニーに対し、ローラははっとした。
「そういえばマリア様。あなた『福音』が…」
「ええ。『福音』があるので解呪も出来ると驕った結果が
実際は福音の研究などしていなかったのだから、宝の持ち腐れ。役に立つわけがなかった。
そもそも『呪いが使える力』なのであって、儀式を通さないと何の意味もない力である。
「波長が近いとはどういう事です?」
「人には相性というものがありまして…『福音』関係なく、付き合いやすい人や行動が似ている人、嗜好が一致する人が存在します。そういった人と『波長が合う』と言います」
「まあそうです、ね?」
一般的にも使用する言葉だ。しかし今回は、より深い意味で使ったらしい。
「近づいただけで干渉し、精神が重なり合うほど波長が近い…つまりお二人は、運命の相手と言っても過言ではないのではないでしょうか」
「「「きゃー!」」」
耳を傾けていた周囲の令嬢たちが歓声を上げた。
きゃいきゃいと嬉しそうな彼女たちを横目に、ジェーン・ジェニーは首を傾げた。
(それってエマ様が呪いに全く耐性がなかったとかもあり得ない?)
武力全振りしているような御方なので、呪いに全く免疫がなかった可能性も無きにしも非ずと思ったが―――それはちょっとロマンを感じなかったので、マリアの意見を全力で応援することにした。
しかしその時。
ガツンと鈍い音が響き―――庭園の青空がぐにゃりと歪んだ。
「え」
誰かが呟き空を見上げ。
一拍の間で、青空は元に戻る。
静寂。間。
次の瞬間、令嬢たちのざわめきが爆発した。
「なんですの!? 今のは一体なんですの!?」
「空が、空が極彩色の渦を!」
「いいえ玉虫色に蠢きましたわ!」
「まさか呪いが解ける前兆!?」
「そんな! 何故一瞬だけ!」
「今一体何が」
「わたくし見ましたわ!」
「エマ様がレアンドル様に一撃を入れたのです!!!!」
ざっと全員の視線が鍛錬を行っていたエマとレアンドルに向かう。呆然と立っていた二人はその勢いにぎょっとした。
そこには、槍の石突き部分でレアンドルの肩に一撃を与えた体制のまま固まるエマと、反撃の為に槍の柄を握ったまま動かないレアンドルの姿が――――…。
鍛錬でも受け流されいなされるばかりのエマの、初めての一撃。
その瞬間に歪んだ空。
…え、なに、つまり。
ジェーン・ジェニーは驚愕の声を上げた。
「本当にレアンドル様を倒さないと呪いは解けないってことですかぁあああああ!?」
「「「ナ、ナンダッテ――――!?」」」
暴論と思われたエマ、まさかの
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