第9話 呪いを解く方法は


 素早く足払いをかけ、巨体を転がす。受け身を取りながら転がった相手の胴体に飛び乗り、マウントを取って拘束した。

 がっと勢いよく確認。


「どうです!?」

「だめです。揺らぎ一つありません!」

「青々と広がる気持ちよい青空です!」


 レアンドルに馬乗りになったエマ。

 そんな二人を囲み庭園の空を確認する令嬢たち。


「十回転がしても異変無し…先程の揺らぎはレアンドル様に一撃入ったことと関係が無いのでは…?」

「そもそも揺らぎが呪いの解ける前兆かどうかも不明ですわ」

「でもなんかこう身体が引っ張られる感覚が…」

「まああなたも? 実はわたくしも」

「わたくしも」

「となるとやはり、前兆ではなくて? …となれば原因は…」

「…レアンドル様への一撃…」


 早くも見慣れた訓練風景だったはずだが、エマがレアンドルに一撃入れた瞬間に精神世界の空が揺らいだ。今までなかった変化に、令嬢たちは呪いが解ける前兆ではないか、きっかけは何かと精力的に確認を取り出した。

 そして心当たり…レアンドルへの一撃がまさかの、呪いを解く一歩ではないかと言うことで検証中である。

 精力的な令嬢たちから、エマに転がされてくれとお願いされたレアンドルは虚無の顔をしていた。完封するまでが任務と思っているのか、毎度毎度エマにマウントを取られる。

 エマにそんなつもりはないが、強引に押し倒されているようにしか感じられない。思わず虚無になってしまう。おそらきれい。

 令嬢たちは気にせず意見交換を行っている。

 エマはまだレアンドルを拘束中だ。

 …退いていいと思う。


「どうしましょう。やはり武器の使用が重要なのでは?」

「ですが武器を見るとレアンドル様は手加減が出来ませんわ」

「武器を向けられた瞬間感覚で動いてしまうらしく…」

「流石辺境伯…戦場の男ですわ」

「ですが恐らく本気度が関わります。本気で転がされてくださいませ!」

「でもレアンドル様が本気になればエマ様では転がせないわ」

「そう、それが眠り病の難解な理由なのですわ」

「マリア様? 何かご存じ?」


 今まで物静かだったマリアが何やら強気で発言している。

 昔読んだらしい呪いの本を片手にキリッとした目つきで発言するマリア。しかし手にしている本は呪いの本「基礎編」である。「基礎編」である。

 ちょっと不安になる。


「眠り病が難病…いいえ難解な呪いと言われるのは、感染する上に解き方が不明だからです。ですがその感染がそもそも呪いを解くために必要なプロセスなのだとしたら…? 呪いは強力であるほど犠牲が伴います。この呪いは呪いを解く方法がセットだからこそ強力なのやもしれません」

「マリア様、研究はせずとも呪いの勉強はしていたんですね~」

「福音があるので。儀式自体はしたことがありませんがどんな行動が儀式に繋がるかは確かめていました…魅了の魔女のようにはなりたくありませんし」


 魅了の魔女…それは魅力的になるお呪いを魅了の呪いに変えてしまった魔女の絵本だ。福音を持つ者は、自覚しないと事故を起こすという戒めの長年愛されている絵本である。

 愛されているのだ。自然と子供たちが呪いについて注意するようになるので。


「そう、呪われた人と呪いを解こうと動いた人…この呪いは、呪いを解こうと行動した人を巻き込むようにできているのではないでしょうか。そうして精神世界に閉じ込められれば、敵対することはまずありません。一緒に呪いを解く方法を模索するはず。相手を打ち倒そうと思う人の方が希少ですわ」


 希少か…エマはちょっと遠い目をした。レアンドルと同じ目だ。おそらきれい。

 というか呪いを解こうとしているのに呪われている奴に襲い掛かる奴はまずいない。

 いやしかし、目を覚ませって殴りかからないか? エマはちょっと首を傾げた。

 一般の令嬢はそんなことしない。


「精神世界に招かれるのが令嬢ばかりなのは真実の愛チャレンジの所為かと思いますわ。部下の方々も呪いを解く研究はなさっていると思いますけど、流石に部下のかたはそういった触れ合いをなさらないでしょう?」


 医者も検診を行ったが、健康状態の確認と呪いを解く行動は結び付かなかったのだろう。塔への移動も同じ理由で適応外。

 マリアの発言に一部令嬢がそわっとしたが黙殺された。それどころではない。ステイステイ。


「呪いを解く為には精神世界で戦う必要があったのです。呪いの要が夢…夢を見ているのは呪われた本人。現実世界で起こそうとすればこちらに招かれ、起きている本人と相対します。叩き起こすと言いますでしょう? 眠り病の対策は精神世界で相手を叩き起こすことなのです。多分きっと」

「ちょっと不安が残りますわね…」

「…呪いながら呪いを解く方法も一緒になっていることから、この呪いは強力なのです。仕組みに気付いても、本気で相手を打ち倒すのは難しいことですもの。叩き起こすと言っても本人が夢の要なので、夢に打ち勝たねばなりません」

「本気で戦わないといけないとなれば、女性が呪われている場合も大変ね。相手を打ち倒すなんて…」

「レアンドル様の場合強すぎて勝てないけれど、女性相手と戦わねばならない場合も悲惨なのね」

「とにかくレアンドル様は程好く本気で程好くエマ様に負けてくださいませ!!」

「それって呪い解けますかね?」


 寝ているんだから叩き起こせと言われたら確かにシンプルでわかりやすいが、寝ている本人が本気で抵抗しないといけないとはどういうことだろうか。


 変化の無い空を見上げていたエマは、ご令嬢の考察にちょっと納得がいかない。


 本気で打ち倒せと言われるならば、エマは容赦なく槍を握り当初の目的を遂行したく思う。だが、そこにレアンドルの本気の抵抗が必須だと言われると意味が分からない。しかし十回はレアンドルを転がしても変化がないことから、成すがまま叩かれるだけでは夢から醒めないようだ。

 確信があるわけではないが、空が揺らいだのはお互いが本気で取り組んでいた訓練の最中。確かにエマは我ながら良い一撃を入れられたと思っている。かすった程度だが、蟻が象にかすり傷を負わせたと考えれば快挙である。

 本気のレアンドルを転がす…望むところだが、一朝一夕で出来る事ではない。周囲を囲む令嬢たちの期待に応えたいが、何度も言うが、今すぐ出来る事ではない。

 とても悔しいが。とても腹立たしいが、訓練を重ねてエマはより正確にレアンドルとの実力差を痛感している。

 しかしやり遂げねば呪いは解けない…当初の予定通りなのだからやる事変わりないのでは? とエマが察し始めたところで、今まで為すがままだったレアンドルが軽く首を動かした。未だエマが拘束したままなので、地面に転がされたままである。


「呪いを解く方法も一緒になっているから強力な呪いなのだと、言ったか?」

「は、はい」


 声を掛けられたマリアはキリッとしていた表情を崩して慌てる。この精神世界では、どの令嬢も普段の冷静沈着ポーカーフェイスが剥がれ落ちて表情豊かだ。レアンドルはそんな令嬢を気に留めず、床に倒されたまま、何やら考えていた。


「呪いの効果でありながら、それが呪いを解く方法の一手である…これが本当なら大きな発見になる。何を犠牲にして威力を上げるのかという話だ。だが精神世界と現実の時間の流れの違いを鑑みれば、こちらの方法の方が理にかなっているかもしれない」

「え?」


 抑え込むエマの下で、レアンドルが動く気配がした。

 惰性で押さえていたエマはいい加減に移動しようとして…伸ばされた手が頤に触れ、頬を包み、ぐっと伸びあがった上体が迫り―――エマは全力で右に転がった。

 きゃあっと黄色い悲鳴が響いたが、それどころではない。エマは目を剥いて槍を構えた。


「何をする!?」

「こちらの方が手っ取り早く理に適っているはずだ」

「は?」

「俺も考えていた。何故、触れた者と精神世界に閉じ込められるのか」


 急に語り出したレアンドルに、エマは胡乱な目を向ける。

 それとさっきの行動が繋がるのか? さっきの…まるで口付けるような行動と。


「それが呪いを解く為の一手と考えれば、こうも考えられる―――」


 ゆらりと起き上がった獅子は、やけに真っ直ぐな目でエマを見て、こう言った。


「これは、愛を育むための時間なのだと」

「…は?」





 は?


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