第7話 守り方、模索中


 そして始まった、レアンドルとの護衛の心得指導。


「護衛対象が襲われた時、確かに敵を倒すのは大事だ。だが護衛として一番大事なことは何だ」

「御身の守護。護衛対象を危険から遠ざけ、守る事」

「その点に関しては問題ないようだな」


 当然だ。何より大事なのはイヴァンジェリン王女を守る事。エマはその為の槍だ。


「しかし長物か…室内ではどうしていた。屋外ならともかく、槍は室内では不向きだろう」

「室内では、短剣を使う。槍は一番得意だが、護衛の時に持つのは牽制や威圧目的だ。ならず者を近づかせない為、相手を近づかせないための長物だ」

「その辺りは考えているな。なら、やはり問題はその血の気の多さか」


 血の気が多いと言われ続けているが、そこまでか?


 エマは内心首を傾げた。今まで護衛に向いていないと指摘されたことはない。

 イヴァンジェリン王女が公務の時も、プライベートの散歩の時も、お傍に控えて適度な距離を保ち、危険に目を光らせていた。実際襲われたことは何度かあるが、大事に至る前に対処できたと思っている。血の気が多い、忍耐が足りないなどと言われたことはない。


「それは、守られていたからだろう。護衛はお前一人ではないし…外敵に対処出来ても、内側の敵…武力だけで解決できない問題に初めて直面したのではないか?」

「…そう、か?」


 そうかもしれない。

 何せ最高権力者からの命令だ。今まで王女を守っていたはずの最高権力者からの命令。しかも的外れでどうしようもない。その命令から王女を守るため、自分では最善だと思ったが思い返せば暴走していた気がする。


 …王女も、引き止めていた。

 王太子殿下は…うん、彼にとってはイヴァンジェリン王女が一番だ。彼はおそらく時間稼ぎがしたかっただろうし、エマとは利害が一致していたので見送ったのだろう。殺って来いのポーズだって本気じゃない。

 いや二割くらい本気かもしれない。いやいや三割…?

 そもそもエマが立候補したのだから、全てはエマの責任だ。そこは変わるまい。


 言われてみれば、今まで不届き者の対処はしたことがあったが権力者への対処はしたことが無かった。何せ王女以上の存在と争ったことが無い。王女はもともと和を尊重する方だったので、微笑みながら上手く社交を熟しておられた。反感を持たれるほどのことも、飛びぬけた好意を持たれるほどのこともしていない。自分に何が出来るか模索している最中だったのだ。

 だからこそ、待つのとは違う忍耐が必要なことはほぼなかった。そもそも王女という肩書が、あの方を守っていた。


 …そうか、私は暴走していたのか。

 でもこの方法以外の時間稼ぎも思いつかない。最善でなかったが、間違いでなかったと思いたい。何より暴走した後なので、あとは突き進むしかない。うん、お覚悟突き進む


 血の気が多いらしいことは認める。忍耐が必要なこともわかった。

 つまり、我が姫に仇なす敵は即ではなく様子を見て突き殺せと言うことだ。


「…何か違う気がするが、忍耐を覚えておけ。それを今鍛えるのは難しいから、とにかくお前の実力を伸ばす」

「結局は個人の能力か」

「本来なら、対象を守る護衛と敵を倒す騎士と複数で警護するものだが…俺とお前だけでは連携は学べない。単騎で対象を守りながら逃走する能力を鍛える」

「滅多にないことだが、ないとも言えないな」

「令嬢の誰かに協力を仰ぎ、実際に守れ。全力で俺から逃げろ」

「安全地帯を複数決めてくれ。あと、時間制限。援軍が来るか否かも決めたい」


 この獅子から一人で護衛対象を守り切るのは至難の業だぞ。あと場所が庭園なのがよくない。見晴らしがよく、隠れる場所も少ない。そんな場所で逃げ切れる安全地帯を決めないと、この強敵からは守り切れない。

 単騎ならば援軍を求めなければならない時もある。そのための合図だってあるのだから、どれだけの時間を凌げば援軍を望めるのかも決めたい。

 そんな不満が顔に出たのか、レアンドルは小さく目元を和らげた。


に向かう蛮勇はしないようだな。安心した」

「私は護衛騎士だ。足止めならともかく、守る方が居るのにお前の様な魔物に挑むわけがないだろう」

「魔物」


 なんだそれは初めて言われたと言わんばかりにきょとんとした顔をされた。しかしこいつの強さは人外だと思うので間違っていないはずだ。獅子だと? まだ対処法が浮かぶが、対処法が浮かばないからこいつは人外だ。

 それに師事してもらいながら何だが、言い聞かせるような態度が少し気に障る。確かに実力差が象と蟻だが、蟻であることが悪いのではない。象がやば過ぎるだけだ。


 その後、エマはレアンドルに何度も何度も転がされることとなる。




 護衛対象の王女役は暇を持て余した令嬢たちが進んで協力してくれた。むしろ一種のスリルとして受け入れられている。

 何せ仮想敵がレアンドル。どう考えても強敵。

 そんなレアンドルから護衛騎士のエマと逃げて安全地帯に辿り着くまでのスリルは暇を持て余していた令嬢たちを虜にし、時にトラウマを産んだ。

 その時々で設定が凝っていて、本気で守り切ろうとするエマの気迫と「王女わたくしを守る凛々しい女騎士」の顔がお姫様になったような気分にさせてくれるのだ。襲い掛かるレアンドルは恐ろしいが、敵の動きを予想して遭遇しないよう逃げ回り、時には身を挺して護衛対象を守るエマに令嬢たちは胸をときめかせていた。


「いけませんわ…わたくし、まだ胸の高鳴りが止まりません」

「わかります。わかります。わたくしの時は『お茶会の集まりから外れたところでならず者に襲われる』設定でしたが、レアンドル様が扮する暗殺者の影に気付いてすぐ、エマ様がわたくしを庇うように立ち廻られて…すぐ身を隠しながら逃げることになり、その間ずっと『大丈夫です』『必ずお守りします』とお声を掛け続けてくださって…はうっ」

「レアンドル様が強すぎるから、まず身を隠すことを前提となさるの…だから、こう、狭い影にお互い身を寄せあって…エマ様のお身体と密着して…ああ、目が眩むほどいい匂いでした。女性の汗の香りにときめくことになるなんて…!」

「わたくしの時は安全地帯に辿り着く前にレアンドル様に見つかってしまい…エマ様は昏倒させられ、わたくしも捕まってしまいましたの。その瞬間、横たわりながら悔し気に、わたくしに向かって『姫様』とエマ様が…!」

「わかります…! こう、胸が、ぎゅううううっと締め付けられるような切なさが…!」

「レアンドル様が御強くて、滅多に成功できないことを悔やんでいらして…その分、成功した時のエマ様の達成感に満ちた笑顔が眩しいのです。ボロボロなのに『姫が御無事で何よりです』とおっしゃって…ああ! 滅多にない爽やかな笑顔!!」


 令嬢たちは胸をときめかせていた。


「レアンドル様は怖い」

「御姿を見たと思ったらエマ様と戦闘に入っておられました」

「いなくなったと思ったのに背後に現れた時は気を失うかと」

「エマ様に抱えられて逃げた時肩越しに見えたレアンドル様の追いかけてくる御姿はまさしく獅子」

「いいえ悪魔」

「わかる」

「手加減なさっていると分かっていても捕まった瞬間死を覚悟しました」

「エマ様が本当に殺されたかと思って本気の悲鳴を上げました」

「わかる」

「レアンドル様は怖い」


 同時に恐怖トラウマを刷り込まれた。


「勝率は二割と言ったところか。これでは王女を守り切れないぞ」

「く…っ!」

「対象の安全が確保できるまで倒れるな。凌ぐことを優先しろ。倒せると判断出来ないなら斬りこむな」

「血の気の多さを自覚した。まさかこんなに、反撃の手が制御できないなんて…」


 制限時間を凌がなければならないと分かっているのに、レアンドルの見せる僅かな隙につい踏み込んでしまう。

 勿論それは罠で、毎回転がされて終わる。悔しい。


「自分より強い奴に、急所に一撃でも入れられるようになれ。そうすれば少しでも時間を稼げる」

「結局は実力不足か…分かっている。私はまだまだ未熟…だがお前を倒すためにも止まりはしない。その胸をお借りする!」

「ああ、来るがいい!」


 そして護衛戦の後は、ひたすら二人で打ち合う。それが、ここ最近の庭園での流れだった。

 そんな二人を、令嬢たちはうっとりと観戦している。

 ここ最近、二人が打ち合えば途端に二人だけの世界になる。それを令嬢たちは感じ取っていた。庭園の空は常に青空だが、彼らの背後だけ夕焼けに見えないこともない。


 ―――そう、まさしく、夕日の河原で殴り合うような一体感。


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