第6話 聖女狂いの命令


 何やら誤解と語弊と期待が渦巻いている様子に、レアンドルはすぐ詳しく話せとエマに詰め寄った。詳しくも何もそれが全てと言わんばかりのエマだったが、レアンドルにとっては端的で主観的かつ感情的な物言いに物申したい。

 とにかく、レアンドルがイヴァンジェリン王女に無体を働いたかの様な言い方は早急に止めさせるべきだ。無体も何も、挨拶したことしかない。


 自分が誤解を振りまいたことをわかっていない様子のエマは、レアンドルの勢いに首を傾げながらも構えを解いた。隙をついて攻撃しても、押さえ込まれて質疑応答を始めそうだと感じ取ったのだろう。このあたりの危機管理は出来る。そして尋問の時間だ。


「何故王女が、俺が呪われたことで泣くのだ」

「最高権力者に呪われた辺境伯に真実の愛の口付けをしろと強要されたからだ」


 レアンドルは早速頭を抱えた。

 なんだそれは。ベルンシュタイン出身だからと派遣されたエマもだが、実の娘に何を命じているのか。

 そもそも強要されて出来るモノではない。聖女への誤解が横行している世間はともかく、王家には正確に伝承が伝わっているはずなのに。


「陛下は何を考えておられる?」

「聖女への妄信しかない。今思えば、ご自分の娘が聖女になることを望んだのかもしれない」

「馬鹿な」


 確かに聖女を信仰し、行き過ぎた妄信に走る輩は居る。真実の愛の口付けで行った解呪を誤解して、どんな呪いでも解ける聖女と思い込んでいる者がいることも知っている。

 しかし血筋である王家は、真実を継承しているはずだ。実際、聖女と呼ばれた王妃は、アルバート王に掛けられた呪い以外の解呪を行ったためしはない。しっかり史実として記録されている。


「聖女の血筋だから、俺の呪いも解けると?」

「そう考えているようだ。辺境伯を愛せば出来るはずだと、軽く言ってのけるが陛下はその意味を理解していない」


 騎士は騎士だが、エマはイヴァンジェリン王女の騎士らしい。陛下への忠誠心が感じられない。さっきから陛下への不敬の連発だ。どう考えても正直に話してはいけないことだらけではないか。

 精神世界だからなのか、もともとエマが陛下に対して不敬なのかはわからないが、語られる陛下の妄信っぷりにはレアンドルも呆れる。ここまでとは思っていなかったが、陛下が聖女狂いは有名な話だ。

 しかし本当に聖女狂いだからそんな命令をしたとすれば…王女が憐れでならない。


 何故ならその命令は、「辺境伯へ嫁げ」と言っていることと同義だからだ。


 真実の愛の口付け。名前の通り、口付けだ。

 現在ぽろぽろ零れるほどの令嬢たちから口付けられているレアンドル。全て失敗に終わっているが、成功すれば愛と恩義が発生してその令嬢を娶ることになっただろう。

 自ら乗り込み失敗した令嬢たちの面倒は見切れない。見切れないが、失敗者多数の為そこまで大きな醜聞にはならないだろう。

 ならないよう工面しなければならない。この呪いが解けたらの話にはなるが。


 しかし王女となれば、そうはいかない。


 成功すれば勿論愛と恩義からレアンドルは王女を娶らねばならない。しかし失敗すれば、王女は眠り病に感染する。

 その後、別の形で呪いが解けたとしても…レアンドルは責任を取る形で、やはり王女を娶らねばならなくなる。

 真実の愛と認められなくても、口付けたという事は気持ちが向けられていたこと。

 大々的に異性に口付けた王女が他の男に嫁げるわけがない。成功しても失敗しても、王女が呪われた男に口付けた事実は途端に広まるからだ。


 このあたりを、陛下はわかっているのだろうか。それとも忠誠心の浅い辺境伯レアンドルの礎として、王女を差し出すつもりだったのだろうか。

 …失敗して呪いが解けない場合、自ら王女を死地に向かわせたのだと理解できているのだろうか。


「そんなわけで姫様は嘆きに嘆かれた。その御姿に殺意を漲らせた私がお前の呪いを解きに来た」

「正直に話せばいいってものでもないぞ」

「ベルンシュタイン出身だからな。きっと呪いも解けると陛下も納得してくださった。私も全力で取り組む心積もりだ」

「全力で殺しにかかるな」


 成程そう繋がるのか。残念ながら納得してしまった。

 聖女狂いの陛下は、聖女の血筋であればどちらでもいい。エマが成功しても、失敗しても構わないのだろう。聖女の生家はベルンシュタインだが、聖女の子孫は王家。エマが失敗しても王女がいる。エマの失敗を見て現実を見ればいいが、最悪エマの次に王女が送られるかもしれない。


 エマが全力でレアンドルを殺しにかかっているのは、自分の次が王女だと分かっているからだ。


 陛下が現実を見ればそれでいいが、あの聖女狂いが簡単に諦めるかわからない。

 なのでエマは、真剣に真っ直ぐレアンドルの命を狙っている。死んだら呪いも関係なくなると判断して。

 …いや、物騒だな。

 よし殺そう。と即決して行動する辺りとても物騒だ。


「よしんば俺を殺せたとしても、お前は殺人の罪を負うことになるぞ」

「もちろん、全ては私の責任だ。正直に『解呪不可能と判断し、感染拡大を防ぐため大本を抹消した』と伝える」

「…確かに被害は甚大だが…」


 現在のレアンドルは眠り病の感染源だ。

 これ以上の感染を防ぐための処置と言われてしまえば言い返せない。しかしその感染源を潰したところで、眠り病が解決するのかは不明だ。

 確かに三年後眠り病にかかったものは死ぬが…巻き込まれたものがどうなるのか、この国の眠り病と全く同じなのか、分かっていないはずだ。

 だから周囲もまだ行動に移していないのだろう。隔離して、被害をこれ以上広げないようにした。他に呪いを解く方法を研究しているはず。

 いずれ死を熱望されることになるかもしれない―――しかしそれは今ではない、はずだ。


「お前の動機はわかったが、俺も殺されてやるわけにはいかない。呪いを解くのは急務だが、それで俺が死んだら意味がない」

「だけど当てがないだろう。ここまで来れば懇意にしていた女性がいなかったことくらいわかるし、眠り病を解呪する方法も不明なままだ。やはりここは早急にサクッとやられてしまうのが手っ取り早いはず」

「手っ取り早さで動くな。動くな。槍を構えるな」

「おい槍を掴むな。力負けする」

「押さえ込んでいるんだ。本当に血の気の多い女だな…この土地には向いているが、護衛騎士には向かないぞ」

「む」


 護衛騎士に求められるのは忍耐だ。血の気の多いものに護衛役は向いていない。

 主人を守るため、外敵を倒す最低限の力は必要だが、そもそも危険に近づかせてはいけない。上級護衛は危険に気付かせない。

 そのためには判断力と、時を待つ忍耐力が必要だ。何より、主人に合わせて行動出来る事が重要。主人の行動について行けない護衛は三流だ。

 エマの実力は申し分ないが、些か血の気が多い。若い所為もあるのだろうが、外敵を退ける事ばかりを考えていてはいけない。

 レアンドルはイヴァンジェリン王女をよく知らないが、集めた情報的に護衛に暗殺を頼む様な人物ではないと思われる。どちらかと言ったら王太子の方だろう、血生臭いのは。


「責任は自分にあると言うが、お前が王女の護衛騎士である以上王女にも責任問題は飛び火する。余程の事でない限り迷惑になるぞ。そして俺の事情は、確かに何れ考えられることだがまだ打つ手を模索しているはずだ。そう軽率に殺されるわけにいかない」

「むむ…」


 レアンドルの言葉に唇を尖らせる。不満ですと睨まれるが、まったく怖くない。むしろ不機嫌な猫のようで愛らしい。

 …ん?


「その打つ手に王女がなる前に仕留めたい」

「その忠誠心は認めるがもっと考えろ」


 拗ねたような顔は愛らしいが言っていることが可愛くない。

 …んん?


 ちょっと考えて、レアンドルはぐいぐい槍を取り返そうとするエマを見下した。

 真っ直ぐな青黒い髪を赤いリボンで一つに束ね、凛々しいながらに幼さの残る春空色の目。女性らしい柔らかな曲線を残しながら、しなやかに鍛えられた実戦向きの身体。恐らく年下の、見た目と違い血の気の多いベルンシュタイン伯爵家出身の女騎士。

 言っていることもやっていることも物騒だが、その行動理由を聞けばかなりぶっ飛んだ忠誠心が分厚くて健気で面白くて愛い…ふむ?


「…なんだ。まだ聞きたいことがあるのか?」


 じっと見下されていることに気付いたエマが、不服そうにレアンドルを睨む。ぐいぐい引っ張っていた槍を取り返すことは諦めたのか、構えているが動いていない。

 否、力を抜いたら突き刺してきそうだ。レアンドルはぐっと力を込めて槍の穂先を逸らす。悔し気な呻きが聞こえた。

 レアンドルとの圧倒的な力量差は、本人もわかっているのだろう。しかしそこで諦めず研磨を重ねている。一朝一夕で縮まるものではないが、本人が言った通り次の打つ手が王女になる前に何とかしたいのだろう。この娘もまた、焦燥に駆られている。

 ―――呪いを解かねば連鎖は続く。


「…ベルンシュタイン出身と言っていたな。後継ぎはお前か?」

「いや、弟がいる。だから私がいなくても伯爵家は安泰だ」

「ほう」


 ほほう?


 レアンドルなりに考えていることがある。何故眠り病に感染した者たちは、精神世界に囲われるのか。時間の流れが違うのは何故なのか。三年という猶予が何を意味するのか。

 口付けていないというエマがここにいる、意味を。


「俺は暇だ。護衛としてのお前を鍛える時間が有り余っている」

「…私を鍛えると? 敵に塩を送るか? それとも多少鍛えたくらいでお前にても届かないと思われているか? 侮辱か?」

「だから血の気が多いと言っているだろう。護衛の心得を学び直せ。それに殺されるわけにいかないが、万が一必要ならせめて俺に穂先が届くくらいにはならないといけない」

「むむむ」


 力量差も一人での鍛錬にも限界があると分かっているらしいエマは、眉を寄せて悔し気に唸る。

 しかしレアンドルの師事を受け入れる以外にここで強くなる方法も思いつかないのだろう。不満をぐっと呑み込んで、頷いた。


「いいだろう。暇つぶしの相手になってやる」

「ああ、期待している」

「む」


 結局不満そうなエマだが、レアンドルは嘘をついていない。

 レアンドルはエマに期待している。それを先程自覚した。


「…改めて、俺はレアンドル・レオニハイド。辺境レオニハイドの地を治める者だ」

「イヴァンジェリン王女殿下の護衛騎士、エマ・ベルンシュタイン」


 握手を交わし、エマは不遜に言い放った。


「いずれお前の呪いを解く者だ」


 ―――ああ、期待している。


 エマこそがレアンドルを呪いから解放するのではないかと、令嬢たち同様、彼も期待していた。










「この槍でな」

「殺すな」


 しかし前途多難な気はする。

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