第4話 暇を持て余す
「信じられませんわあの方! レアンドル様に斬りかかる等!」
豪奢な金髪縦ロールを揺らしながら、真っ赤なドレスを身に纏う令嬢がプンスコお茶を飲む。そんな彼女を眺めながら、栗毛色の髪を高い位置で二つに結った少女は夢見るような口調で頬を染めた。
「でも、レオニハイド様に果敢に向かっていく姿は魔王に立ち向かう勇者のようでした。動きは鋭いのに真っ直ぐな髪が揺れる様子が優美で、ずっと見ていたかったです」
「ジェーン・ジェニーには物語の一幕のように見えていたのね」
「はい~! マリア様は違いましたか?」
「わたくしは、お二人が早すぎて目で追うことも出来ませんでしたわ」
真っ直ぐな銀髪を背中に流し、ほっそりとした美女がたおやかに笑う。
というかお前、仮にも真実の愛を望んだ相手が魔王に見えているのかという突込みは存在しない。
ジェーン・ジェニーは括られた二つの金髪を揺らしながら、楽し気に身を乗り出した。
「槍で突いたと思ったら身を翻し、ガンガンレオニハイド様に向かっていくのがカッコよかったです!」
「ただの無礼者でしょう!」
「落ち着いてローラ様。お茶でもいかが?」
「その茶葉は飲んだことが無いのでやめておきます! …どうせ味なんてしないわ」
伯爵令嬢のローラ。商人の娘ジェーン・ジェニー。子爵令嬢のマリア。
この三人は現実世界でほぼ面識がなかったが、複数いる令嬢たちの中で自然と出来た集まりだ。精神世界なので身分は気にせず(何せ意味がない)おしゃべりを楽しむ為だけの集まり。他の令嬢たちも刺繍をしたり、本を読んだりと様々だ。
レアンドルを閉じ込める為に出来た精神世界は不思議なもので、その人が経験した事ならばお茶もお菓子も、刺繍道具も小説も思いのままに取り寄せることが出来る。
ただし記憶にあるものだけなので、新しいものは取り寄せられない。他の令嬢が取り寄せた珍しい菓子も、記憶にないので味を感じることは出来ない。とても不毛な味がしたし、知らない小説の中身は真っ白だった。刺繍は出来ても、目新しい色の糸も図案も目にすることは出来ない。辛うじて、この場で刺せば把握することは出来た。
さらに言えば、睡眠も食事も必要ない。時間だけが有り余るので、このお茶会もどきを惰性で繰り返しているに過ぎない。彼女たちはそうやって長い時間を過ごして来た。
長い時間―――彼女たちにとっての、一年を。
眠り病とは、三年は何事もなく眠り続けるという―――しかし精神がそれより長い間を過ごすなら、呪われた者は一体何年一人で…場合によっては己の所為で感染したものとずっと一緒に過ごしていたのだろうか。
今回巻き込まれた令嬢たちは自ら飛び込んで来た暴れ馬だが、我こそは真実の愛と自信を持って口付けていたものが大半だ。その結果がこれである。お前のそれは真実の愛ではないと突きつけられて、嘆いた令嬢も少なからずいる。
レアンドルは令嬢たちの精神を慮って、いつも庭園の奥で一人過ごしていた。
ローラはレアンドルに淡い恋を抱いていたつもりだが、辺境伯夫人への願望がなかったわけではない。ジェーン・ジェニーは純粋に玉の輿を狙い、マリアは諸事情から行けるかもしれないと慢心した結果失敗した。
他の令嬢たちも似たり寄ったりで、レアンドル本人よりもその後の地位を欲しがった結果がこれだ。
まさかこんなことになるとは思っておらず、むしろ申し訳ないのはこちらの方だ。
長い時間考えさせられて、同じ境遇の娘たちと会話もして、喧嘩もあったが今では皆自業自得だと分かっている。
そこに辿り着くまで、紆余曲折あったけれど…この点に関しては、レアンドルは完全に被害者だ。眠っている彼に拒否権などない。
ただ、やはり当初は素直にそれを認める事の出来る令嬢は少なかった。
真実の愛チャレンジは失敗続き。一年経ってやっと現れた
レアンドルも攻撃された始めは混乱していたが、令嬢たちの悲鳴で我に返ったのかすぐ彼女を取り押さえた。
彼女の掲げる「こいつを殺して呪いを解く」などという物騒な手も、自ら戦う辺境伯相手には分が悪い。
「レオニハイドを守って来たレアンドル様が、守られている王都の騎士に負けるはずがありませんわ」
「ですがあの方、諦めていませんわね」
チラリと薔薇の庭園の、噴水のある拓けた場所へと視線を向ける。
そこでは、
三人は―――庭園にいる令嬢たちは、連日変わらぬ女騎士の行動に、思わずこそこそと様子を窺っている。
「毎日毎日鍛錬に明け暮れています」
「睡眠も食事も必要としない現状を聞いて『無限に鍛錬が出来る…?』などと真顔で宣っただけはあります」
「精神世界ですから、肉体が直接鍛えられるわけではないと思いますが…」
「打倒レオニハイド様って言ってました!」
「本当に諦めていませんのね!?」
ジェーン・ジェニーの言葉にローラがプンスコ怒る。マリアは苦笑した。
「わたくしとしては、騎士様には愛の口付けチャレンジをなさってみて欲しい所です」
「まあ! マリア様はあの無礼者が呪いを解けるとお思いですの?」
「可能性は全部試しておきたいではありませんか。だって…現実では三カ月ですのに、私たちはもう一年はここにいる感覚です」
「う…」
「これを三年…三カ月で一年…つまり計算すると」
「わーやめてくださいマリア様! リアルな数字にしないでくださーい!!」
悲鳴染みた声を上げてジェーン・ジェニーがじたばたと手足をばたつかせて抗議する。淑女として減点ものだが、ジェーン・ジェニーは商家の娘。貴族の娘ではない。この無垢な部分が眩しいので、黙殺することにする。現実ならばこうはいかないが、ここは精神世界なので。
「とにかく、可能性は追っていきたいのです」
「気持ちはよくわかりましたわ…ですが、無理では?」
「あの方、気持ちいいくらいバッサリとレオニハイド様に『愛してない』って言いきりましたもんね」
「いえ、そこまではっきりとは…」
「あれ? 『特に何も感じない』でしたっけ?」
「潔い程に無情…」
「でも、辛辣でしたけど真理でしたよね。私たちが軽率に真実の愛チャレンジしてたんですね」
こちらもあっさりと自分の非を認めるジェーン・ジェニーに、ローラは拗ねたように唇を尖らせてマリアは苦笑を深めた。分かっているが、言葉にされるのはショックが大きい。その時はいけると思っていたので。何故そう思った。一種のお姫さま願望だろうか。そんな自分を見つめ直す時間があり過ぎて正直辛い。
辛いが、そうも言ってはいられない。
「気持ちは大事ですが…気になることが」
「あら? あれは…」
苦笑したまま言葉を続けようとしたマリア。しかし何かに気付いたローラの声で、その言葉は掻き消えた。何か言いかけたマリアも、聞いていたジェーン・ジェニーも、ローラの視線の先を認めて目を丸くする。
黙々と鍛錬を繰り返す女騎士の傍―――そこに、普段庭園の奥から出てこない、レアンドルの姿があった。
自業自得な令嬢たちの精神を慮って庭園の奥でひっそりしていたはずの、レアンドルが。
今までじっとしていたレアンドルが―――自主的に、女性に近づいている、だと?
三人は揃って立ち上がった。そそくさと会話が聞こえる距離に向かう。
様子を窺っていた他の令嬢たちも動き出した。さざ波の様に、彼女たちは徐々に距離を詰めていく。
盗み聞きなどはしたないが、それを咎める者はいない。
見咎める者はいない。
むしろ一緒に聞き耳を立てる者しかいない。
だからこれは令嬢として何の問題もない。セーフセーフ。
精神世界に一年間。変わらず変えられず薔薇の庭園。
彼女たちは、変化に飢えていた。
どうしようもなく、暇だったので。
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