第2話 これは予想外



 国王陛下父上は僕が何とかするからお前は辺境伯の呪い元凶を何とかして来い。


 そんな王太子殿下の無言のエールを受けて、エマは辺境へと旅立った。


 無言なのは流石に明言するのは不敬だしエマがやらかした場合、責任を負うことになるからだ。王太子が暗殺を依頼したなど言われてはたまらない。殺って来いのポーズ?そんなものは知らない。

 出発の際には王女が引き止めようと必死だったが、エマが行かねば王女が行かねばならない。国王は聖女の血筋…その女性に特別な力があると狂信している。聖女狂いの国王が、そう簡単に発言を撤回するとは思えない。


「いけないわエマ。あなただって聖女の生家というだけで、呪いを研究してきたわけではないのよ。恋に恋する性格でもないし…初対面の辺境伯を心底愛するなんて…」

「その通りです。伴侶は周囲に流されず見極めるべしと祖父から言われております」

「真実の愛の口付けが出来ないのはあなたも一緒でしょう。ええと、可能性が全くないわけではない…と思うけれど…え、あれ、出来てしまうの…?」

「辺境伯とはそもそも遭遇したこともございませんね」

「出来なさそうだわ…! お願いよエマ、おかしな真似はよして頂戴! 辺境伯は被害者なの。わたくしが行ってダメだと分かればお父様だってもっとお考えに…!」

「いいえ私が行きます。ご安心ください。ベルンシュタインの血族として、呪いなど串刺しにして参ります」

「物理しか考えていなさそうなのが怖いわ! 行かないでエマ!」

「私で失敗すれば王も考え直すでしょう。何せ聖女の生家です。姫様は心安らかにしてお待ちください」

「エマ…わたくしが嫌がったばかりに…」

「我が姫を泣かせた辺境伯マジ万死」

「辺境伯は被害者よエマ!!!」


 ぶっちゃけエマはマジでサクッと辺境伯を殺っちまおうと思っていた。


 何故なら、王女同様エマも辺境伯を全く想っていないし、王女が言う通り一目惚れで真実の愛の口付けをかませるような情熱もない。そして呪いを解く方法がわからぬまま辺境伯を三年も放置することなど出来ないからだ。


 エマの向かう辺境レオニハイドは枯れた大地と言われるほどに寂れた土地で、作物が上手く根付かない呪われた地と言われている。その上隣国と距離が近く、隣国と数代前から何かと小競り合いが起こりやすい場所だ。

 それでも住み着くものは事情のある者が多く、作物が育たないことから職人が多い。鉱山が近く、それがわずかばかりの収入源となっているらしい。


 その僅かばかりの収入源を、隣国は虎視眈々と狙っている。

 というのも戦乱の世であった百余年程前、レオニハイドは隣国の領地だったのだ。


 作物の育たぬ寂れた土地なれど、奪われた土地と思えば取り返したくなるもの。我が国では価値のない屑石も、隣国では上手く加工して価値ある石に変貌するらしい。だからこそ鉱山のある奪われた土地レオニハイドは、隣国にとっていずれ取り返したい土地なのだ。


 そんな土地を守る者が三年も寝ていたらどうなるか。

 隣国の襲撃に耐えられず、レオニハイドを明け渡してしまいかねない。そうなれば、我が国としても黙っていられない。戦争が始まってしまう。


 ちなみに辺境伯を呪った術師は隣国の者だったが、捕らえた瞬間自害した。隣国は術師の存在を知らぬ存ぜぬで通し、自害されたので呪いの解き方も分かっていないし責任問題も問えない。証拠だって、見た目が隣国の者だったという、不確かなモノしかない。

 眠り病の儀式内容は国で保管されているが、危険指定され禁忌扱いだし、感染するのでおいそれと研究も出来ない。強力な呪いなので、実験することも出来ないのだ。


 戦争を起こさぬためにも呪いを解かねばならず…解けないなら辺境伯を亡き者として、次の辺境伯を据えねばならない。辺境伯が生きている限り、レオニハイド辺境伯は彼一人。代理の者を立てても、決定権は呪われて眠っている彼にある。呪いが解けぬならば、早急に対処しなくてはならない。


(でも、意外と人気が高いんだな。呪われた辺境伯は)


 エマは単騎で王都から辺境へと向かった。女騎士であるため護衛はいらないし、一人である方が馬を駆けて短い日程で辿り着けると判断したからだ。普通の令嬢はまず考えない強行軍である。


 道中で耳にした呪われた辺境伯の噂は、彼の目覚めを望む者の声が多かった。


 前辺境伯は病となり現役を引退。引き継いだ辺境伯は25歳の若さで辺境の地の防衛を務め、鉱山から採れる宝石を今流行のアクセサリーに加工して王都に販売している。大量に採れる屑石も隣国にとっては価値があると知ってからは、王都経由で輸出出来るように手を回したらしい。前辺境伯の時から防衛だけでなく、辺境の地の交易も手掛ける男として有名だった。

 見た目も大柄で、逆立つ赤毛が獅子のように野性的な色男、らしい。

 式典で王家と挨拶する前辺境伯の姿を遠目に確認したことはあるが、エマは現辺境伯を見たことが無い。しかし噂になるほどの美丈夫だそうだ。

 だからこそ彼の呪いを解こうと真実の愛の口付けチャレンジに臨む令嬢が後を絶たなかった。

 現在は眠り病が伝染する実証となったため、夢見がちな令嬢を立ち入らせぬため塔の最上階に隔離しているらしい。

 エマが聞いた話と少し順番が違ったが、辺境伯がレオニハイドにある塔の最上階にいることは確からしい。


 隔離されているのが事実なら、忍び込んでサクッと目的を果たせる。騎士としてどうかとは思うが、全ては国の為王女の為。眠り病が国中に広がる前に、その根源を絶たねばならぬ。


(何よりお前が呪われたとばっちりで我が姫が泣いたのだ。許すまじ辺境伯)


 辺境伯は悪くない。悪いのは無茶振りをした国王だ。


 そして聖女を妄信する国王は失敗した時のことを考えていない―――失敗それ即ち、眠り病への感染。

 一国の王女が、だ。

 その重大さを、聖女狂いの国王はわかっていない。

 というか成功しても…その意味を国王は本当にわかっているのか?

 失敗しても成功しても、王女の未来は決定してしまう。


(なんとしても、我が姫を近づかせるわけにはいかない。何よりあの方の清らかな口付けをこんなことで消費してなるものか。呪いが何だ! 呪われた奴を潰せば解決だ! という訳で覚悟しろ辺境伯!)


 エマの殺意は辺境伯にとって完全にとばっちりだった。

 ホントに辺境伯は悪くない。とても可哀想。




 エマが辺境の地レオニハイドに到着したのは、王都を発って四日目のことだった。

 ちなみに単騎で馬を休み休み進んだ結果であり、馬車で移動するならばもっと日数がかかる。爆走と言っても過言ではない勢いでやって来たエマに、レオニハイドの者たちは大層驚いた。

 レオニハイドは国境を守る砦なので、集落の出入りも厳しく取り締まられている。

 ただし、エマの持つ身分証明書…ベルンシュタインの出であるという証明書に、ついに救いが現れたとばかりに歓声が上がった。その勢いと期待に、やはり奇跡の乙女の伝承が間違って伝わっているんだなと遠い目をしてしまう。


 踏み入れたレオニハイドは、想像していたよりまともに見えた。

 職人たちの町らしく武骨で気難しそうな空気だったが活気があった。食料問題は深刻だが、町の収入源は確保されているようだ。それも現辺境伯の功績だろう。


 国境を守る砦。石造りの物見の塔。そのひときわ高い塔に、辺境伯は眠っている。


 レオニハイドの砦はエマが思っているほど混乱してはいなかったが、やはり辺境伯が眠りについたままなのは不安なのだろう。ピリピリと張り詰めた空気を感じた。

 現在はレオニハイド所属の騎士団長が防衛の要となり、隣国の動きに目を光らせているようだ。辺境伯の右腕と呼ばれる人物で、防衛だけならば彼がいればしばらく問題はないだろうと国王ですら認める腕と聞く。前辺境伯の時から騎士団長を務める壮年の男性で、エマも一目見てその貫禄に背筋を伸ばした。

 問題は、辺境の地の統治。その分野は、辺境伯…領主でなければ手を出せぬ。

 代理はたてられるが代理だ。権限は、そこまで大きくない。今はよくても、必ず破綻するだろう。


(三年待っても呪いが解けるとは限らないから、やはりサクッと終わらせるべきか)


 王女過激派のエマはどうにもそれ以外の道を考えられそうにない。脳筋ともいう。

 辺境伯がサクッと亡くなっても後継者と言えるものが居なければ意味はない。代理の者にそれなりの権限を与えて三年粘るべきだが、呪いを解く手がかりがないので今サクッとしても問題ない気がしてならない。結局は遅いか速いかだ。そうだろう?


 そんな邪まな殺意に気付かれたのか何なのか。

 砦の中。とりあえず下見にと侍従に案内され訪れた問題の塔の入り口で。


「べ、ベルンシュタイン様―――!?」


 エマはすっと頭のてっぺんから魂が抜けるような感覚に襲われて、身体の制御を失い転倒した。


(…待ってくれ、キスどころか辺境伯の顔を見てすらいないんだが!?)


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