第7話

 大使館の職員食堂の奥端の席で、机に並べられた黒パンとミルクを交互に胃に流し込みながら、待ち合わせをした顔も知らぬ零機関の分隊長さんを待っている。


 イリュア王国での肩書きは大使館で働く巡査だったと聞いている。それなら警官の服装をした人間が来るってことかな。


 それよりこの黒パン固いな……クッキーみたいな食感だし口の水分が奪われてジョッキのミルクがもう無くなったよ。まるで


「大戦での糧パンみたいな味だろ」


 聞き慣れた声に顔を上げる。


「久しぶりかな?文明大戦が終わってから一度も会ってないよね?」見知った青い眼に団子で纏められた赤茶色の髪と、はじめてみる警官服姿の彼女が右手のアタッシュケースを私の向かい側にある奥の椅子に置いて腰を掛ける。

「あってるよ大戦以来だね巫月ふつき。まさか排撃部隊の分隊長やってるとはね」

「はは普通の食堂でそれを言ったら危なかったな」

「なんのために大使館を選んだと思ってるのよ」

「それは確かにな……それにしても功音いさねが壱機関で諜報員やってる事には驚いた」

「それは私もだよ。大戦での戦果が私よりも低かったのによく排撃部隊に入れたよね」

「功音との差は微々たるものだろ?まあ確かにあたしには誘いが来て功音にお誘いが来ないのはおかしいよな~」本当に不思議そうな顔をして首を傾げている。

「私にも来てたよ」

「え?」

「だから零機関から誘いは来てたよ」

「断ったのか?」

「うん」

「何で断ったんだ?誘いを受けていれば高い確率であたしと仕事ができていたかもしれないのに……」本当にわからないと言った顔をしているから親切に答えることにしよう。

「確かに巫月と一緒に戦場で過ごす日々も楽しかったし、私には戦場しか居場所はないとも思ったよ。でもねそれよりも面白く楽しいことを見つけた……というかやりたいことを思い出したんだよね」

「それって何だ?」

「養成所で元諜報員の授業があったでしょ」

「ああ異文明の獣人に恋をしたっていう変態の授業だろ?強烈な授業の内容だったから良く憶えてるよ。それがどうしたんだ?」

「敵国民に恋をして、敵国民を洗脳して、敵国内の情報を皇国に流して、私はそれを聞いて何故か胸が高鳴っていたんだ。なにも知らぬ国で暮らす話に胸を高鳴らせたのか?敵意を向けていた人間を従わせる話に胸を高鳴らせたのか?それとも許されぬ恋に胸を高鳴らせたのか?それを確かめたいと昔っから思ってたんだ……そこに壱機関からも誘いが来て、確かめるチャンスなんじゃないかと……そっちの誘いを受けたんだ」

「それは好奇心なんじゃないか?」

「そうかも……多分わからないことを探求するのが私は好きで戦場に居るよりも楽しいはずだと当時の私は思ったのかもね」

「それで……実際に働いてみて自分の胸を高鳴らせたるモノが何かわかったか?」


 私はその質問に今日一番の笑顔をつくり 

「もともと敵国だったイリュア王国で働いて、気軽に話し合える人間に出会えることには感動したし、敵意を向けていた人間が従順になるギャップには興奮したし、この黒パンみたいな異国の食文化には毎度驚かされるしで十分楽しめたはずだけど……まだ何か足りないんだよね」と答えた。

「そうか……それが何かわかれば良いな」

 と巫月は元気の無い笑顔で私を労った。

 

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