第6話

 サラを先に宿舎に返した後、客間で寝ていたエミリー嬢さんを起こして今日の記憶の一部を『私とサラが出身の話をしている間に隣で寝てしまった』と書き換えてから宿舎に返しておいた。


 これで私のスパイ生活は一端の安寧を取り戻した……いや、取り戻したとは言いがたいな。



「どういうことですかイサネ様?」

「まあ……あれだよ友好の記しとして贈ったんだよ」

「指輪ですよ指輪!私には何も無いのに……」

「そんなにアクセサリーが欲しいなら両親に相談したらどうだ?財閥の娘なんだから欲しい物の百個や二百個与えてくれるだろ?」

「そういう話じゃないんです!」

「わかったよ……ほらこれ」

 根負けした私はコートと上着で隠れていた首飾りのペンダントを取ってエミリー嬢さんの前に差し出す。

「そんな感じで渡されても嬉しくないです!」

「一応私にとっては大切な御守りをエミリー嬢さんに差し上げようと思ったのですけど」

「本当に……?」

「ええこのペンダントは恩師に卒業祝いとして贈ってくれたものなんだ。お高い宝石をわざわざ開発部に頼んで作らせてね」白い宝石が埋め込まれたペンダントを揺らして強調する。

「それは良い先生ですね」

「ああ本当に良い先生だったよ」

「そんな大切な物を貰っても大丈夫なのですか?」

 

笑い混じりに「このペンダントが目に入ると昔のことを思い出して辛いんだよね。けど、捨てたくないって気持ちが勝っちゃってるからいまだに手元にあるんだ……だから受け取ってくれると私も助かるんだけど」と返すとエミリー嬢さんは怒ったかのように

「それなら余計受け取れません。それに、私は日常的に身に付けるつもりなので毎日目に入ってしまいますよ」

 「ははは、確かにそうだね……それじゃあ土曜日にでもエミリー嬢さんの納得いくプレゼントを用意するよ」

「私も行きます」

「え……ほら学生なんだし何か予定とかあるんじゃないの?」

「ありません。それにさっきの話を聞いてイサネ様の色々な部分が心配になってきましたので」

 いつにも増して真剣な表情で私をみてくる。


「実は土日は大使館に用事があってね。その帰りにプレゼントを買おうと思ってたんだけど……」

「それなら大使館に私も連れていって下さい。お仕事の邪魔はしませんので」

「でも……ロビーで待たせることになると思うよ?」

「かまいません。そのくらい」

「……わかったわかった日曜日の三時辺りに大使館のロビーで待っていてくれるならデートにしよう」


  そう言うとぱっと明るい表情を浮かべて「大丈夫です!問題ありません!」と嬉しそうな声色で返事がきた。

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