第4話

 次の日、わたしは再びあの廃墟に向かっていた。

 

 この間は学校が終わってから向かったけど、今日は休みの日だから朝からだ。


 あの夜教えてもらった獣道を進んで、もう少ししたら紅葉が始まる木々を眺めながら歩いていると、やがて森は開けて、あの廃墟が目の前に広がった。


 この間は暗くてよく見えなかったけど、民家の他に少し高い建物や、集会所のようなものも見えた。


 で、来てはみたものの、とくに行くあても無いから、とりあえず昨日首をった場所に向かった。

 そこであの子と出会ったし、ここではあそこしか知らない。


 昼間に歩くと、改めてここはひどい場所だと実感する。


 道路はひび割れて、ところどころ沈下しているし。木造の建物のは、そのほとんどが崩れていて、コンクリートでできたものだけが冷たく残っている。

 

 とても人が住めるようには見えないけど、あの子はわたしと別れたあと、再び山を登って行ったのだから、もしかしたらここに住んでいるのかもしれない。


 山の中ににこういった場所があるのは、引っ越してきてすぐ、近所の人たちから教えてもらった。その時は興味はなかったけど、最近になってから面白そうな話を耳にした。


 廃墟団地には幽霊がでる。


 ナリちゃんにくと、どうやら事の発端ほったんは数ヶ月前にここに複数の遺体があると、警察に通報があったことらしい。

 

 すぐに警察官が調査に向かうと、ブルーシートに包まれた遺体がまとまって安置されていて、検死の結果、亡くなった日時は違えど、いずれも首を吊った後があり、おそらく自殺したのだろうと予想された。


 土砂崩れのせいでまともな道がなく、近所の人々も近づかず、誰の関心も寄せなかった場所だだから、そういった人が引き寄せられるのは不思議ではないし、何となくだけど、わかる気がした。


 では何故、誰がそのような場所に行って、わざわざ遺体を一箇所に運び、通報までしたのか? そんな事が、近隣住民やネットの暇そうにしている人たちの間で話題になったらしい。


 そんな顔の見えない誰かよりも、近所で死体が放置されていた現状を気にした方がいいと思うけど、それについては、みんな無関心だった。

 わたしが言うのも何だけど、ひどい人たちだ、まったく。


 あ、そうそう。幽霊の話題が出るようになったのはその事件の少し後の話になるんだけどね。

 

 案の定、そういった話題を面白がった人たちがあきらかに嘘だとわかる噂をながして、一昔前の都市伝説? っていうのかな、一部でそんなふうに話題になって、わざわざ遠くからここに訪れる人まで現れたらしい。


 それで、ここを訪れた人たちが口を揃えて言った事があったらしい。


『肌の白い、黒い髪の女の子を見た』


 山奥のこんな場所にそんな子がいるわけがない。だから、実はあの土砂崩れで亡くなった子がいて、幽霊になって化けたのではないのかと噂になって囁かれた。


 おかしな話しだ。けど噂になっているのならその理由があるはずと、日々の退屈に絶望していたわたしは、あの日ここへ向かったのだ。


 そしてここで彼女に助けられた。

 

 無機質なコンクリートの建物の一角。あの日、首を吊って死にかけてあの子に助けてもらった現場を、ただ見ていた。


 天井を見上げると、折れた鉄パイプにロープが吊り下がったままになっている。


 あの時、あの鉄パイプが折れていなかったらきっと足がつかなくて、あの子が来る前に首の骨が折れて死んでいたんだと思う。

 そもそも助けてもらえなかったら、そのまま死んでいたのだけど。

 

 転がっていた空の缶を足場にして、天井に残されたロープを回収した。


 少し太めの、どこにでもありそうなロープ。包帯の上から、まだ痛む首に手を触れて、あの時の喉が締め付けられた苦しみを思い出す。

 こんなものでもあれだけの苦しみを与えてくれるのだから、世の中って危険であふれてるのだなーと、他人ひとごとのように思った。


 先端の切断された部分に付着した血を見て、あの皮膚がただれた手のひらが頭に浮かぶ。


 多分、あっちの方がわたしの首より痛かったと思う。

 わたしの方はあざがのこっただけだけど、あっちは血が出ていたし、きっと今も痛いはずだ。


「ねえ? どうして助けてくれたの?」

 

 誰もいないから、ロープの端に残った黒い血の跡に話しかけた。

 助ける理由なんてなかったはずだ。むしろ面倒が増えるだけで良いことはないはずなのに、


『しなせたくなかったから』


 確か、そんなことを言っていた。

 おかしな人。わたしから言わせてもらうと、よっぽどあなたの方が馬鹿馬鹿しいよ。

 怪我をしてまで人を助けるとか、わたしにはできそうにない。


 そもそも、死のうとしてる人を遮るなんて、失礼な気がしてできないかな。


「まあ、わたしはどちらでも良かったのだけどね」


 生きてようと、死んでようと、きっとわたしは退屈だ。


 

 再び外に出て廃墟を探索していると、森の奥から水の音が聞こえて来た。


 その音は幻想的で、数多もの木々に何度も反響しあって、雑音のないこの場所で心地よく耳に響いた。


 近くに川があるらしい。

 

 自然ってあまり触れた事がない。引っ越すまで自然があまりない地域で過ごしてきたし、こっちに来ても、自然というその言葉の通りそこにあって当たり前のものだったから、あまり関心がなかった。


 ふしぎだ。

 水の音なんて蛇口をひねればいくらでも聞けるのに、この音はどこか引っ掛かる。遠いむかしに忘れた何かを思い出すように、ひきよせられる。


 気がつくと、その音に向かって森の中を歩いていた。

 誰も歩かないせいか、地面が柔らかい。雨の後の校庭とは違った、なふかふかとしたスポンジのような感触が足から伝わってくる。

 少し歩いてから、それが長い間積み重ねられた落ち葉と、苔のせいだという事に気がついた。


 ふかふか、ぶよぶよ、と味わった事のない踏み心地に意識を向けていると、次にパキパキと高い音と、何かが折れる感触が加わった。

 足元に目を向けると、小さな枝が散乱していた。


「これが自然か」


 はじめての事に関心し、少し興味がわく。

 なるほど、山登りをする人はこういった物を楽しんでいるのかもしれない。


 そのまま進むと、次は息が白くなった。

 まだ十月なのに、上にもう一枚羽織りたいくらい、肌寒い。

 

 ふと、周りを見渡すと昼間なのに薄暗かった。

 上を向くと木々が邪魔をして太陽が見えない。

 ふしぎだ。森の中というのは生命で溢れているはずなのに、どれも暗くて今は不気味にしか感じない。

 

 でもどこかここちがいい。


 薄暗く、寒くて、人気のない孤独な場所を、ただ歩いた。


 このままどこかへ行ってしまいたかった。

 どこかはわからないから、興味の向くまま、音のする方へ。


 足を進めるたびに音は大きくなって、やがて視界が少し明るくなると目の前に渓流が見えた。


 周りにある大きな石に、勢いよく水がぶつかって白い水飛沫一緒に、大きな音が鳴っている。

 

 音の発生源がわかって、立ち止まる。わたしの興味への旅はここで終わり……でも、


「ながれって、いいな」


 水の流れを見ていたら、そう思った。

 あれに流されたら、どこへ行けるかな?

 知らない場所へ、連れて行ってくれるかな?


 それなら、すごくいいな。


 次なる興味へと足を踏み出す。

 フカフカとした足場から、ジャリジャリとした足場へと変わって、もう少しで水に浸かりそう、そんなところで腕を強く引かれた。


「だれ?」

 朦朧もうろうとした意識の中でそう尋ね、振り返ると、


「バカですか! あなたは!」

 

 怒った表情をした名前の知らないあの助けてくれた子が、素肌にタオルを羽織っただけの姿で立っていた。

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