第3話
「はぁーあ〜ぁ」
教室の窓枠に
首が痛い。昨日の夜は何ともなかったのに、朝になったらまるで強めの関節痛のようにズキズキと痛かった。
腰をくの字に曲げて、
後ろからクラスメイトたちが話す声が聞こえる。けど、正直興味がなかった。
退屈な毎日が嫌で、わざわざ遠くの高校を受験したのに、結局のところ人間って同じようなことしか話さなくて、どこへいっても変わらないのだと入学してすぐに思い知らされた。
別にみんなの事が嫌いなわけじゃないけど、わたしはもっとこう、何か刺激的というか、味の消えないガムというか、飽きないような何かを求めてた。
それは何かと誰かに
偉そーに、知ってるよそんなこと。だから探してるし、こうして
「あ゛ぁ゛ぁー」
あの時の事を思い出したらまた変な声が出た。よく覚えてないけど、よっぽど嫌な思い出なんだろうなぁ。
「わぁ、すごい声だね
聞き知った落ち着きのある声に、そちらを向いた。
「ははは、あながち間違ってないかも、ナリちゃん」
それがどんな声かはわからないけど、昨日首を
「どういう事?」
そういって目の前で首をかしげている髪を後ろで束ねた子はナリちゃん。
本名は忘れたけど、出会った当時は髪を金色に染めてたから、「すごい、これがヤンキーか」とわたしの放った一言に、「違う、なりきってるだけだ」と返したことから、“なりきり”からとって“ナリちゃん“と、わたしが命名した。
当人はあまり気に入ってはいないようだけど、気がつけば先生までもがそう呼ぶようになって、本人もそれでいいやと諦めたらしい。
ほんとうにごめん。こんな事になるとは思ってなかったんだ。ゆるしてほしい。
まあ、それはそれとして、
「なんか、色々あったんだよ」
「いや、それ説明になってないから」
ははは、と適当に誤魔化した。説明するのがめんどくさい。
「ナリちゃんの方こそどうしたの? 急に話しかけてきて?」
ナリちゃんとは仲が良い方だと思うけど、用もなしに話したりはしない。
互いにそこまで会話が得意ではないし、行動は必要最低限で、わたし達は基本的に省エネで生きているのだ。
「んー、注意しようと思って」
「何を?」
「その姿勢。男子がみんな八雲さんのお尻を見てる」
え? と声を出して後ろを振り向くと、教室にいた男子達が一斉に別の方向を向いた。
「そんな腰を突き出すような姿勢して、はしたないよ」
「だって、この方が楽なんだもん」
正直、首が痛い。今はそれに尽きる。それに、ナリちゃんはそう言うけど、わたしなんかをわざわざ見る人なんていないって、皆んな外を眺めてただけだとおもう。
「まあ気持ちはわからなくはないけど、あたしは八雲さんに変なのがつかないか心配だよ」
「あはは、心配してくれてありがとー。で、話しはそれだけ?」
「いや、あと一つ」
そう言って首元に巻いた
昨日まではしてなかったもので、あの時できたロープの
「それ、どうしたの?」
笑みを浮かべてる。けど、声が冷たい。
やっぱり気になるよね。
「ファッションだよ。ほら、今月末ハロウィンだし、仮装の練習」
「へぇー意外、そういうの興味あったんだ」
「うん。まあ少しは努力して、退屈な毎日を変えないとね」
「ふぅん。てっきりあたしはこの
ふっ、と驚きなのか笑いなのか分からない息が出た。すごいな、見抜いてる。
「まさか、そんな事するわけないじゃん」
さりげなく嘘をつく。
「だよねー、さすがの八雲さんもそこまではしないか」
あははは、と二人して笑っているとチャイムがなり、先生が入って来て、みんな自分の席に戻っていく。
わたしもナリちゃんもそれにならって席に向かう。
その途中でナリちゃんに肩を叩かれた。
「よかったよ。今日も会えて」
「はいはーい、また会えますよー」
軽く手を振って、あしらった。
どうしてかナリちゃんはいつもそう言ってくる。もしかしたら色々と気になる事があるのかもしれないけど、それを訊いてこないところがわたしは好きだ。
席に着くとすぐに授業が始まって、退屈な時間が、変わらず退屈に流れていく。
こうして先生の板書を書き写していても、今のように集中できていなくて、面白そうなものがないか探してしまう。
包帯をの下がムズムズして手を首にまわしたところで、
『かかないでくださいね』
と、その言葉を思い出して手が止まり、あのショートボブの、綺麗な黒髪をした子があたまに浮かんだ。
昨日、首を吊ったわたしを、怪我をしてまで助けてくれた女の子。
跡が残ってしまっても、わたしとしてはどうでもいいけど、肌が綺麗と言われた事はそこまで悪い気はしない。
でも山を降りている最中、馬鹿馬鹿しいと言われたのはショックだった。そんなふうに言わなくたっていいじゃないか、わたしだって真剣だったのに。
「はぁー」
昨日のあれは退屈じゃなかった。
一部だけ刺激が強くて今も痛いけど、それでもあの一連の出来事はいい感じだった。
「せんせー、八雲さんが退屈そうでーす」
誰かはわからないけどそう言って、先生がなんだとー、と反応する。
先生がこちらを向いて、くそー面白くしてやるからな、と悔しそうにしていた。
「えーっと、楽しみにしてます」
授業も退屈じゃないならその方がいいな。
そのやり取りで教室に笑い声が響き渡り、そのなかでわたしは窓の外へと目を向けた。
あの山の中、ここからは見えない木々の中にあの廃墟がある。
こないでくださいと言われたけど、すでにわたしの興味はあそこに向かっていた。
あそこに行けばまた会える、そんな予感がしていた。
もし会えたら、何かが変わるかもしれない。その根拠のない期待を胸に、わたしはこの退屈な一時を過ごしていた。
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