第24話 Blue×Blood×Vampire

「不思議だね。いろんな吸血鬼の血が混じったから、ホノカはこうして化け物にならずにいられるのかな。それとも青の王の血のおかげなのかな。青の王の血はね、オレたち吸血鬼にも不思議な効果をもたらすんだよ」


「不思議な効果?」


 ニコニコ笑っているので気になって聞いてみた。レオはすごく面白そうな顔をして答えてくれた。


「パワーアップするんだって。それも青の王の血はすごーく美味しいらしい。ま、血への欲望が強い吸血鬼は青の王の匂いを感じただけで花に群がる蝶みたいに寄っていっちゃうらしいし、青の王の血を飲み過ぎると化け物になるらしいんだけどね」


 レオはふふ、と笑った。純粋に興味があるらしい。そんな毒にも薬にもなるものなんて怖くてよっぽどのことがない限り口にしたくない。アタシには分からない感覚だった。まだ吸血鬼になりきれていない半端者だからだろうか。


「ふぅん。吸血鬼が吸血鬼の血を飲むなんて変だね」


 どちらかというとそっちの方が気になった。アタシの中の吸血鬼は人の血を飲む化け物だったから、吸血鬼が吸血鬼の血を飲むなんておかしいと思ったのだ。


「普通だよ」


 しかし、レオはそれを否定した。


「普通なの?」


 アタシは驚いて聞き返した。アタシの中の吸血鬼は人を家畜のように扱って血を吸う化け物なのである。間違っても同族の血は飲まない。


「主従関係にあればね。ご主人サマはオレたちの血を飲んでるよ。ご主人サマは人の血はあまり吸わない。飲んでも月一回くらい。主従関係にない吸血鬼同士の血は受けつけないから、基本的には違う種類の吸血鬼の血は受けつけないんだけど、青の王は例外」


「そうなんだ」


 アタシは頭の中でフェリックスさんがレオの首に噛みつこうとしているところを想像した。そしてすぐに消した。なんだかいけない扉を開いてしまうような気がしたからだ。ちょっとドキドキする。


「ホノカ、何か余裕そうだね。堂々としているのはたぶん性格かな」


 レオは右掌に顎を乗せ、指先で口元を隠している。


「身体は痛かったりしないの?」


「痛くないよ。何で?」


「興味があったから聞いただけ。……吸血鬼の血を飲んだとき、全身が焼けるように痛くて熱かったでしょ? それが続いているのかなーと思って」


「うん! うん! 痛かった! でも今は全然!」


 アタシは首を縦に大きく振った。それはもう、発狂してしまうのではないかというくらいに熱くて痛かった。思い出すだけで眉が寄ったので忘れることにする。まぁ、あんな凄まじい痛み、忘れたくても忘れられないのだが……。それよりも怖い感覚があった。アタシはまたあの感覚を思い出しそうになって、強引に思考の隅へ追いやった。


「オレはご主人サマがすぐに本契約してくれたから全身を焼くような感覚も一瞬だったんだよね。懐かしいな、と思って。あんな思いをしたのは本当に最悪だったけど、でも、オレ吸血鬼になって良かったって思っているんだ。結構楽しいよ。だからホノカも早く自分のご主人サマと契約してちゃんとした吸血鬼になりなよ」


 吸血鬼になって良かった、か。アタシはまだ欠片もそう思えない。だって吸血鬼って、あの人たちのことだ。あの、人間を見下して、平気で他人を傷つける人たち。レオやフェリックスさん、サンダーさんはなんだか親しみやすいからそうじゃないのかもしれない。そもそもあまり吸血鬼という感じもしない。でも、時々見せる冷たい瞳や言葉からはあの人たちと同じ空気を感じる。


 アタシ、ちゃんとした吸血鬼になんてなりたくないのかもしれない。このまま半端者のまま、化け物にならずにいられるならこれで良い。


「アタシ、このままがいいな……」


 ぼそりと呟いた。するとレオが何を言っているんだというような顔をした。


「このままでいいの? ホノカ死んじゃうよ?」


「え!? 死ぬ!?」


 それはまたどうして!?


「なんで?」


「野良が多くない理由にもなるんだけど。それからさっきサンダーも言っていたけど。本契約の済んでない吸血鬼は化け物になって暴れるんだ。死ぬか、本契約が終わるまで。ホノカは暴れてないから分からないけど、たぶん本契約されなきゃいずれ死んじゃうよ。だってオレたち眷族はときどきご主人サマの血をもらわないとこうして存在していられないんだから。灰になって消えちゃうよ」


「えええ!? うそ!?」


 初耳!! というかそれを聞きたくてレオを追って来たのをすっかり忘れていた!! あのとき絶対にレオを追いかけるって決めたアタシさすが! ではなく、ちょっと待って。アタシこのままだと死んじゃうの!?


「え、嫌だ! 灰になるなんて嫌!!」


 怖すぎる!


「だったら早く誰が自分のご主人サマか見つけて契約してもらわないと。たぶん持って一週間なんじゃないかな」


「短っ! アタシ一週間このままだったら死ぬの!? 灰になって!?」


「たぶん」


「嫌ー!」


 アタシはレオの足元に飛びついた。そうして懇願するように両手を合わせた。


「レオ、レオ、助けて!! アタシのご主人様探し手伝って!!」


「面白そうだし、いいけど……」


 ちら、とレオは視線を泳がせた。アタシはレオの視線を追って振り返った。フェリックスさんが金色の瞳をこちらに向けていた。ドキリとしてアタシはそっとソファに戻ってスカートの裾を整えた。


「ホノカ君。君は吸血鬼になりたくはないのではないか?」


 言われてそうだと思った。


 アタシは吸血鬼なんかになりたくない。血を吸う化け物になんてなりたくない。なによりアイツと同じ存在として呼ばれるようになるのが、自分で憎いと思った存在になるのが嫌だった。残忍で、他人のことも自分のことも大切にできないようなヤツらと一緒だと思われたくない。あれだけ自分で否定した存在になりたくない。でも。でも……。


「アタシ、吸血鬼は嫌いです。みなさんの前で言うことじゃないのかもしれないけど。でも、アタシ、死ぬのはもっと嫌です。……指一本、瞼一つ、身体が、動かなくなって、何も考えられなくなって、頭の中に白い靄がかかっていって……心臓が、止まるのは、嫌です」


 全身に鳥肌が立っている。身体が震えている。


 死の、感覚。それが足の先から頭の先まで蘇ってきた。


 アイゼンバーグの血を飲んだ後、身体が凍って動かなくなって、何も考えられなくなって、心臓が……止まった。あれは死だ。ぞく、と身体が大きく震えた。


 アタシは絶対に再びあんな感覚を味わいたくなかった。その前に感じた身体を焼かれるような痛みの方がまだましだった。


 ぎゅっと震える手でスカートを握りしめる。するとその手が大きな手に包み込まれた。顔を上げてみると、柔和に笑っているフェリックスさんの顔が目に入った。


「ホノカ君は死を経験したようだね。あれは本当に恐ろしいものだ」


 どく、と心臓が大きく動いた。やっぱり、あれは、ホントに、死の感覚……。目が震えた。


「心配しなくて良い。ホノカ君が再びそんな感覚を味わわないように私も力を貸そう。ホノカ君はこの屋敷に入った時点で私の友なのだから」


 フェリックスさんの優しく下がった金色の瞳がアタシの凍った心を溶かしたような気がした。握ってくれている手が温かい。


 嬉しかった。優しい言葉をかけられて、ホントに嬉しかった。


「ありが、とう、ございます……」


 ずび、と鼻を啜った。いつの間にか涙が目から溢れていた。


 ずっと不安だった。アタシはあの廃墟で目覚めた時、孤独になった。自分が何者かも分からなくて、誰にも頼れなくて、どうすれば良いのか分からなかったけど、ただ、自分がもう元の世界に戻れないことだけを理解していた。それが耐えられなくて泣いていた。紛れもない絶望だった。自分が吸血鬼らしいと知ったときも絶望したけど、孤独よりはいくらかましだと思った自分もいた。


 アタシは吸血鬼という化け物よりも死が怖かった。そして、アタシは吸血鬼という化け物よりも孤独が怖かった。だから、吸血鬼のレオの後をついていったんだ。憎いと思った吸血鬼でも、孤独の中で絶望していた時に現れてくれた、たった一つの希望の光のように思えたから。


 いや、違う。アタシ、たぶん吸血鬼が憎いんじゃない。あの吸血鬼たちのことがちょっと、いやだいぶ嫌いなだけだ。この人たちのことは大丈夫だ。特にアタシをここに連れてきてくれたレオは。


「レオ、ここに連れてきてくれて、ありがとう……」


 ずるずる鼻をすすりながら言うとレオは袖で口元を隠したまま、目を細めた。


「……ホノカって、泣き顔ぶっさいくだよね」


 アタシはレオの脇腹を殴ってやった。バキッという音がした。


「いった!! 肋骨折れた!」


「そういうこと言う方が悪いんだからね!」


 大声を出したら元気が出てきた。


 もう、良い。自分が分かってきた。アタシは何より死が怖い。それから遠ざかれるなら吸血鬼にでもなんでもなってやる! アタシを放っていったご主人様とやらを絶対に見つけ出して、文句を言ってやって、何なら一発顔でも殴ってやる!! だってアタシを吸血鬼にしたのはあのムカツクヤツらの誰かなんだから!

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