第23話 Amazing×Miracle×Vampire
感心してほう、と口から空気が抜けた。
「こちらへ」
いつの間にか部屋に入っていた男前が、三人くらい座れそうなソファを指した。アタシが指定されたソファの右端に寄って座ると、男前は目の前のソファに座った。それからお兄さんがローテーブルの左端にあった椅子に座り、右端には男の人が座った。
三方向からじっと見られ、アタシは恐縮して身をすくめた。特に目の前の男前の視線には耐えられなかった。だって、顔が良いのだ! 男前にじっと見られるなんて恥ずかしい!
「私は黄の王、フェリックス。分かるだろうが、吸血鬼だ。名は好きなように呼んでくれて構わない。この屋敷に招かれた時点でお嬢さんは私の友だ。君の好きなようにしてくれ」
男前から話してくれたことにほっとした。
「では……フェリックスさん、と」
「結構」
にこり、とフェリックスさんは柔和な笑みを浮かべた。う、とアタシは胸を押さえた。心臓に悪い笑顔だ。
「オレはレオ。元日本人。今はご主人サマのシモベ。レオって呼んで」
お兄さん、もといレオが口元を隠しながら言った。アタシはよろしく、レオと返した。
「ではでは次は私ですね! 私はサンダージャック。レオは親しみを込めてサンダーと呼びますが」
この時点でレオの「名前が長いから短くしただけだよ」という突っ込みが入ったが、サンダージャックさんはお構いなしに続けた。
「私としてはジキルと呼ばれたいですね!!」
「名前にかすってないですが!?」
アタシが突っ込むと、ダメですかね? としゅんとした顔をされた。そんな顔をされても。
「誰か分からなくなっちゃうのでサンダーさんと呼ばせていただきます」
きっぱり言い放つとサンダーさんはまぁまぁ仕方ないですね、と一応納得してくれた。残念そうではある。
「アタシはほのかです。……よろしくお願いします」
なんだか面接みたいだなと思いながら最後の言葉を付け足した。
「ホノカ君。ホノカ君は野良だということを聞いたのだが、経緯を教えてくれるかな? どの吸血鬼の血を飲んだのか覚えているだろうか」
「はい」
答えるとフェリックスさんは再び結構、と言って頷いた。
アタシは重い口を開いた。本当は思い出すのが怖くて、口に出すのが怖かった。けれど言わなきゃいけない気がする。今のアタシは、アタシのことが一番分からないのだから。
緊張感の漂う空気になってしまった。
「あの、アタシ、変なこと言いました?」
不安になって聞いてみると、フェリックスさんはじっと金の目を向けて無言の肯定をした。
「えぇ、えぇ。今までに複数の種類の吸血鬼の血を飲んだ事例は聞いたことがありません。さらにホノカの話が嘘でないならば、そこにはあの青の王も含まれているということになります。これは。これは奇跡です。有り得ないことが起こっています」
「ホノカ君がこうして存在しているのだから有り得たのだろう」
「えぇ、えぇ、そうですとも、マスター。しかしあの青の王ですよ? にわかには信じられません」
「それは私もだ」
それきり二人は黙ってしまった。アタシは話についていけず、頭の中にたくさんのクエスチョンマークを浮かべながらレオに助けを求めた。
「レオ、どういうこと?」
ソファを移動してレオの近くまで来ると、レオは目を上げてアタシを見てから唸った。
「んー。オレもそんなに長く生きてないから詳しいことはあまり知らないけど、オレの知ってることを話してあげる。まず、王サマのことから。吸血鬼には純系吸血鬼がいて、その吸血鬼たちは王サマって呼ばれているんだよ。目の色にちなんだ王の名を持っている」
血の濃い吸血鬼が王様というのは、あの廃墟で聞いたことだ。目の色を王様の名前にしているということはつまり、青の王はアイゼンバーグということか? フェリックスさんはさっき黄の王と言っていた。目が金……黄色で血の濃い吸血鬼なんだ。なんだか途端に彫刻のように微動だにしない男前が怖くなってきた。だって吸血鬼の中の吸血鬼が目の前にいるということになるんだから。
「吸血鬼は王サマをトップにしてピラミッド式に集団をつくるんだ。その集団が一つの種類になるわけ。例えばオレたちみたいな、ご主人サマを王サマとした、黄の王の種、みたいな。同じ種類なら目の色が同じになるから分かりやすい」
なるほど、とアタシは頷いた。あれ、それなら……と少し考えようとしたがレオが話を続けようとしたので考えを頭の隅に追いやった。
「それで、王サマたちはそれぞれ拠点を持っていてね。王サマはほとんど拠点を動かないから、別種の吸血鬼が集まることはあまりないんだ。それに王サマ以外の吸血鬼たちは自分のご主人サマから離れられない。だから、一人の人間に違う種類の吸血鬼たちが血を与えるなんて今までなかったんだよ。いや、あったのかもしれないけどオレたちは知らない」
レオはフェリックスさんとサンダーさんを見た。王様だというフェリックスさんはたぶん、レオより物知りだ。そのフェリックスさんが知らないと言うのだから今までホントに無かったのかもしれない。
「それから、青の王ってのがね、厄介なんだよ」
「厄介?」
思わず聞き返すとレオはこくりと頷いた。
アイゼンバーグが厄介とはどういうことだ? 彼の性格か? 確かに厄介そうだったが。
「青の王には一人も眷族がいないんだ。眷族ってのはご主人サマにとってのサンダーやオレみたいなシモベのことね。昼間動けないご主人サマを守ったり、ま、いろいろするシモベの吸血鬼。王サマはこのシモベの眷族を積極的に作るんだ。多ければ多いほど良いから。一人もいないなんて、有り得ないんだよ。自分の首を絞めている。でも、青の王には眷族が一人もいない。いや、できないんだ」
「できない?」
「そ。吸血鬼って誰にでもなれるわけじゃないんだ。吸血鬼の血を飲んで、その血が適合すればなれる。でも適合しなかったら吸血鬼の持つ毒みたいなものが全身に回って身体を焼き尽くして灰になるんだよ。約八割は灰になるらしいよ」
「えっそんなに確率低いの!?」
アタシ、九死に一生を得た状態なの!? とはいえ吸血鬼にはなりたくなかったから複雑な気分だった。
「だから吸血鬼って選ばれた存在なんだよね。オレは選ばれた」
にこり、とレオは満足そうに微笑んだ。だから吸血鬼ってみんな自信たっぷりで上から目線なのかな、と思ったけれど黙っておくことにした。
「脱線しちゃった。ま、二割はこうして吸血鬼になるわけ。でも、青の王は血を分けた相手全員死んじゃってんの。本当に一人も眷族にならなかったらしい。オレはよく知らないけど、ご主人サマが言ってたから間違いない」
レオは再びフェリックスさんを見た。今度はフェリックスさんもレオを見ていた。レオは少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「ご主人サマとサンダーが有り得ないって言ったのはそういうこと。ホノカが複数の種類の吸血鬼の血を飲んだことも、血を飲んだ人間全てを死なせた青の王の血を飲んでこうしていられることもあり得ないって言ったんだよ」
レオの話でようやく分かった。二人がこうして考え込んでいるのも無理はない。イレギュラーなことがいくつも起こっているんだから。アタシなら頭を抱えているところである。けれどもアタシは吸血鬼の常識なんて知らないのでそんなに大変なことだとは思っていなかった。吸血鬼になってしまったことはホントに最悪なんだけど、そのときのことを思い出すと怒りと悲しみが同時に湧いてくるので考えないようにする。
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