第22話 Yellow×King×Vampire
「理性を無くして暴れまわる化け物ってことでしょ?」
お兄さんが話を戻すと男の人はこくりと頷いた。
「ええ、ええ。本来ならば。野良は次第に理性を無くしていきます。最初から持っていないのかもしれませんが。とにかく野良は見境なく人や吸血鬼を襲い、その命が尽きるか本契約するまで暴れまわります。大変面白いショーですが、自分がそうなりたいとは思いませんね」
何だそれ、ホントに化け物じゃないか。アタシ今、その化け物か吸血鬼かの間にいるってことなのか? 自分が自分じゃないような感覚は……少しだけ味わったような気がする。そのときのことを思い出してみたらとても怖ろしくて、ゾ、と背筋に冷たいものが走った。ヤツに襲いかかったあのときだ。あのときのアタシはとにかく目の前のヤツを傷つけてやりたいということしか考えていなかった。今になってみるとあれは異常だった。ホントに化け物だ。確かにあぁはなりたくない。
「ふぅん。面白そー。オレも見てみたいな」
にっこり、笑った瞳をアタシに向けてくるお兄さん。
「絶対嫌です!!」
きっぱり否定した。あんなのアタシが怖い! 理性を無くした化け物になんかなりたくない! 吸血鬼よりもごめんだ!
「だからご主人サマは野良にはかかわるなって言っていたんだ」
「そうですそうです。しかしレオ。貴方、マスターの言いつけを破って野良を連れてきたんですね。どういった理由で連れてきたんですか?」
男の人の目がスッと細くなった。それまで温和な印象を与えていた金の瞳が冷たい光を放つ。
怖い。この目は何度も見たことがある。殺意のこもった目だ。吸血鬼はすぐにこういう顔をする。仲間に対しても。
「仕方ないでしょ。ついてこられたらオレの知っている野良のことを話すって約束したら本当についてきたんだから」
「おやおや!? レオについてきたんですか!? この野良が!?」
男の人は何やら驚いた声を出した。突然大声を出すものだからアタシも驚いた。
「そ。追いつかれた」
「なんとなんと!? 本気でした!?」
「そりゃま、連れてきたくなかったから」
お兄さんは視線を下げて「撒くつもりだったんだけど」と付け加えた。
撒くつもりだったのか。確かに複雑な道を選んで走っているようだったし、高いところまで跳躍したり加速したりしていたな、とアタシはお兄さんとの追いかけっこを思い出していた。あれはわざとだったんだ。何とか追いつけて良かった。
「ほうほう。それは面白いですね! これはこれは。私のマスターもこの野良には興味を示すことでしょう。ねぇ、マスター?」
男の人が階段を仰ぎ見た。アタシもその視線を追って階段を見る。
するとそこには一人の男の人が立っていた。癖のある長めの金髪を全て後ろに流している。ほりが深く、金の目と眉毛の間が近い。鼻の下の髭や顎の下の髭の似合う、西洋の男前なオジサンだった。大きく胸の開いた柄シャツの上に黒っぽいスーツを着ている。それがとてつもなく似合っていた。まるで海外の俳優さんのようだ。
「失礼ながら話は聞かせてもらった」
サンダーの声がうるさいからだ、とお兄さんは男の人を睨んだ。男の人はにこっと笑って答える。
「野良のお嬢さんだそうだな」
階段に立った男前が階段を降りてくる。それだけで絵になる。アタシは映画を観ている気分でその場に立ち尽くしていた。
男前がホールに立った。大きい。ライオンのような男の人よりは少しばかり小さいが、男の人より体躯が良いので大きく見える。
「やぁやぁ! おはようございます! マスター!」
「おはよーご主人サマ」
男の人とお兄さんが頭を下げた。男の人は恭しく右手を胸に当てて深く頭を下げ、お兄さんは軽く頭を下げている。ハッとしてアタシも二人の後ろで頭を下げた。上目遣いで男前を見ると、男前は柔和な笑みを浮かべてアタシを見ていた。アタシは恥ずかしくなって思わず目をそらした。
「恥ずかしがらなくても良い。可愛らしいお嬢さんだ。さ、立ち話はこの辺りにして座って話をしようではないか。こちらへ」
男前は左側にある扉に掌を向けた。するとお兄さんと男の人が脇に下がってアタシに道を作った。お兄さんが目を動かして男前について行くよう合図する。
アタシはドキドキ緊張しながら足を踏み出した。途端、男前は笑みを深くしてアタシの腰に手を添えた。大きな手から熱を感じる。あんなに吸血鬼は冷たいと思っていたのに温かく感じる。不思議だった。
「ここは談話室になっているんだ。どうぞ」
部屋の前まで来ると、男前が扉を開けた。
部屋の中には深い茶色のローテーブルを囲うように重厚なソファや椅子がいくつか置いてあった。壁には西洋画のような壁紙が貼ってある。そして天井にはこれまた金のシャンデリアが吊るされていた。
感心してほう、と口から空気が抜けた。
「こちらへ」
いつの間にか部屋に入っていた男前が、三人くらい座れそうなソファを指した。アタシが指定されたソファの右端に寄って座ると、男前は目の前のソファに座った。それからお兄さんがローテーブルの左端にあった椅子に座り、右端には男の人が座った。
三方向からじっと見られ、アタシは恐縮して身をすくめた。特に目の前の男前の視線には耐えられなかった。だって、顔が良いのだ! 男前にじっと見られるなんて恥ずかしい!
「私は黄の王、フェリックス。分かるだろうが、吸血鬼だ。名は好きなように呼んでくれて構わない。この屋敷に招かれた時点でお嬢さんは私の友だ。君の好きなようにしてくれ」
男前から話してくれたことにほっとした。
「では……フェリックスさん、と」
「結構」
にこり、とフェリックスさんは柔和な笑みを浮かべた。う、とアタシは胸を押さえた。心臓に悪い笑顔だ。
「オレはレオ。元日本人。今はご主人サマのシモベ。レオって呼んで」
お兄さん、もといレオが口元を隠しながら言った。アタシはよろしく、レオと返した。
「ではでは次は私ですね! 私はサンダージャック。レオは親しみを込めてサンダーと呼びますが」
この時点でレオの「名前が長いから短くしただけだよ」という突っ込みが入ったが、サンダージャックさんはお構いなしに続けた。
「私としてはジキルと呼ばれたいですね!!」
「名前にかすってないですが!?」
アタシが突っ込むと、ダメですかね? としゅんとした顔をされた。そんな顔をされても。
「誰か分からなくなっちゃうのでサンダーさんと呼ばせていただきます」
きっぱり言い放つとサンダーさんはまぁまぁ仕方ないですね、と一応納得してくれた。残念そうではある。
「アタシはほのかです。……よろしくお願いします」
なんだか面接みたいだなと思いながら最後の言葉を付け足した。
「ホノカ君。ホノカ君は野良だということを聞いたのだが、経緯を教えてくれるかな? どの吸血鬼の血を飲んだのか覚えているだろうか」
「はい」
答えるとフェリックスさんは再び結構、と言って頷いた。
アタシは重い口を開いた。本当は思い出すのが怖くて、口に出すのが怖かった。けれど言わなきゃいけない気がする。今のアタシは、アタシのことが一番分からないのだから。
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