第21話 Rude×Noisy×Vampire
辺りはすでに暗くなっていた。明るかった世界が反転して夜の帳が降りている。深夜とまではいかないが、たぶん夕食時は過ぎているのではないかと思う。
民家の灯りが眩しかった。耳を澄ませるとテレビの音や人の笑い声などが聞こえてきて胸が苦しくなった。アタシはもう、あの世界に戻れないんだ。そう思うと途端に喪失感が襲ってきて、アタシは胸を押さえた。
「入りなよ」
金色の目のお兄さんが鉄格子の門を開けてアタシを招き入れてくれた。アタシは頷き、お兄さんの後に続いて門をくぐった。
暗くて視界が悪いけど、見事な庭が広がっているのが分かった。花をつけてはいないがバラが植えられているらしい。茎に棘があるので花に詳しくないアタシでも植えられているのがバラだと分かる。
そして庭の向こうには大きなお屋敷がそびえていた。家というにはあまりある、大きな大きな、お屋敷というのがしっくりくる建物だ。洋館というやつだろう。日本の伝統的な平屋ではない。煉瓦でできた可愛い造りのお屋敷だった。
花をつけたら綺麗なんだろうなと両脇のバラを見ながら石畳を踏んでいくとお屋敷についた。お兄さんが扉の前に立ち、木と鉄でできた扉を押し開けた。
「どーぞ」
レディファーストというやつだろうか。お兄さんは扉を開けたまま先に行くよう促した。軽く頭を下げて屋敷の中に入る。
「わ、すごい」
一歩入ったところで思わず声が出てしまった。
どこかで見たことのある広くて丸い玄関ホールがアタシを出迎えてくれた。大理石の床に高い天井から吊り下げられた金のシャンデリアが映り込んでいる。それから扉との直線状に階段があり、踊り場から両脇に分かれていた。
「オレも初めて入ったときは驚いたよ」
お兄さんは扉を閉めてアタシの隣に並んだ。
お兄さんはアタシよりも頭半分くらい大きい。アタシは百六十近いから、たぶん百七十五はいかないくらいだと思う。
「お屋敷にはいつから住んでいるんですか?」
「おやおや!? レオが女の子を連れて来るなんてビックリですね!!」
アタシの声は突然上から降ってきた大声によってかき消された。驚いて声の方を見ると、向かって左の階段から男の人が降りてきていた。無造作に跳ねた長い金髪をした男の人だ。ライオンみたいな髪型だと思う。歳はこのお兄さんよりは上に見えるが、おじさんというほどでもないと思う。顔が整っているからそう思うだけだろうか。
「サンダーうるさい」
お兄さんは両耳を塞いでじっとりと男の人を見つめた。どうやらお兄さんの名前はレオ、それからこの男の人はサンダーという名らしい。お兄さんと知り合いということはこの人も吸血鬼なのだろうか。アタシは少し緊張して身体を強張らせた。
「何ですか何ですか!? ガールフレンドですか!? いいですねいいですねー! 私も作りましょうかね!」
金色の瞳をニコニコ曲げて近づいてくる。そうして男の人はアタシの目の前に立った。
デカい。声も大きいが、この人身長もある。アタシの頭一個分よりももっとデカい。たぶん二メートル近いのではないだろうか。細身だが腰まである長髪も手伝って本当にライオンのように見える。服装は袖を肘まで上げた派手な柄のシャツに黒いズボン。左手には十字架のぶら下がったネックレスを巻き付けてある。
「いやいや! こういう子が趣味なんですね! いいじゃないですかいいじゃないですか! 小さくても可愛らしいですからね!」
男の人の視線の先を確認する。やっぱり、そう思ったけど、胸を見て言ったなこの人!! 最低だ!
アタシはすぐにお兄さんの後ろに隠れた。恨みがましく睨みつけてやる。
「ガールフレンドなんかじゃないよ。オレはもっとおっぱいおっきい方がい、痛っ」
後ろからお兄さんの背中を殴ってやった。すると思ったより強い力が出てしまったようで、バキッとだいぶ怖ろしい音がした。骨が折れたような音におろおろしてお兄さんの顔色を伺う。お兄さんは目を細めてアタシを振り返った。相変わらず口元を袖で隠している。
「君ねぇ。痛いんだけど」
「ご、ごめんなさい!」
アタシはあたふたしてお兄さんの腰をさすった。少しでもよくなればと思ったのだが、お兄さんはビックリした顔をした。
「さすってくれなくても良いよ君。大丈夫だから」
大丈夫というお兄さんの言葉を信じてアタシは手を離した。
コホン、とお兄さんが咳をした。仕切り直しということだろう。
「サンダー。この子はね、野良みたいなんだ」
「おやおや!? 野良ですって!? 貴方、目を見せてみなさい!」
「ぅわっ」
突然男の人がアタシの顎を掴み、顔を上に向かせた。思ったよりも太くて長い指がアタシの頬を持ち上げている。たぶんアタシ、だいぶ不細工な顔をしていると思う。というより、お兄さんもそうだったけど、どうして目を見るのだろう。目に何か秘密があるのか? そういえばこの男の人の目もお兄さんの目も同じ金色だ。二人ともまた違った美形で顔は似ていないから兄弟ではないと思うのだけど。
「もともとの目の色は黒に近い茶色だって。変わってないよね。でも吸血鬼っぽいから野良かなって思うんだけど、サンダーはどう思う? サンダーは何人か野良も見たことあるでしょ?」
男の人が手を離した。力強く掴まれていたので、アタシはすぐに指先で顔の形が変わっていないか確認した。どうやら顔の形は変わっていないらしい。良かった。しかし男の人はアタシを掴んでいた手を顎の下に持ってきて思案深げな顔をしていた。こちらは少しも良かったと思っていないようだ。
「確かに。確かにレオの言う通りこの娘は吸血鬼です」
あ、やっぱりアタシって吸血鬼なんだ。辛くなってきた。
数時間にわたるお兄さんとの追いかけっこで改めて人間ではないなと確信したが、吸血鬼という実感はあまりない。ちょっと身体能力の高い超人かな、くらいの認識なのである。でもこうして吸血鬼に吸血鬼と言われるとやっぱりそうなんだと思って悲しくなってくる。
アタシが人知れず悲しんでいる間にも会話は続いていた。
「いやいやしかし。この娘は私の今まで見たことのある野良とは全く違っています」
男の人が首を振る。
「そうなの?」
お兄さんは首を傾げた。
「えぇ、えぇ。野良というのは契約の途中の状態のことを言いますから、野良という存在は不完全なのです」
「人と吸血鬼の間ってこと?」
「いえいえ、違います」
アタシも人と吸血鬼の間ってことだと思ったのに違うらしい。もし人と吸血鬼の間なら、もしかしたら人に戻れるかもしれないと思ったのに。一瞬で希望が絶たれた。
「吸血鬼と化け物の間ということですよ」
「え!?」
「ふぅん」
お兄さんの声とアタシの声が重なった。化け物って何? 吸血鬼って化け物じゃないの!?
「ど、どういうことですか?」
アタシが聞くと男の人は金色の目をアタシに這わせた。値踏みするように、上から下にアタシを見る。
「やはり。やはり小さいですね」
コイツ!! 殴ったろうか!?
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