第18話 Death×Blood×Vampire

「ア……ゼ……!」


 ろれつが回らない。


 目を動かしてみると彼の姿があった。白髪が風に揺れている。青い目を大きく開いてアタシを見ている。咄嗟にこんな姿は見られたくなかったと思ってしまった。


「お前ら、何をしたんだ?」


 アイゼンバーグが淡々とした声を出した。


「血を飲ませただけだ。俺とこいつらの全部」


 頭の上から声が降ってくる。ヤツがアイゼンバーグの質問に答えたんだ。


「……そうか」


 アイゼンバーグは一言だけ答えた。そして、ゆっくりとアタシに近づいてきた。ヤツがアタシを押さえつけていた手を離して後退する。頭の痛みが少しだけ和らいだ気がした。けれど、全身の焼けるような痛みはまだ残っている。ホントに暴れたいほど身体が痛い。でも不思議と身体は暴れようとしなかった。


「ホノカ」


 アイゼンバーグが膝をつき、アタシの頬にかかった髪を耳の後ろにもっていった。顔には表情がなかったけど、アタシはどこか安心して、同時に悲しくなって泣いた。


「ア……!」


 声が出てこない。言葉にならない。彼の名さえ呼べない。


 嫌だ。嫌……こんなの嫌だ。涙がとめどなく溢れてくる。


「……吸血鬼は嫌なのか?」


「や……」


「……そうか」


 アイゼンバーグがおもむろに左腕を出した。シャツをめくり、右手の人差し指を掌につける。そしてその鋭い爪で皮膚を割いた。赤い血が掌に滲む。


「なら、死ね」


 アイゼンバーグがアタシの口の中に右手の親指を突っ込み、口を開けさせた。口の中はカラカラで唾液も出ない。


 それからアイゼンバーグは左手を近づけてきて強く拳を握った。小指から一筋の赤い液体が流れてきてアタシの舌に乗る。じわ、と乾ききった舌に液体が染みこんだ。乾いた喉が液体を求めてごくりと鳴る。


 舌を伝った液体が喉を通っていった。


「あ……」


 途端に身体が冷めていった。燃えるように熱かった身体が今度は冷凍庫に入れられたように冷めていく。全身が震えた。寒い。吐息を吐いたら白くなった。寒い。


 全身が凍っていく。硬くなっていく。指一つ、瞬き一つ、出来なくなっていく。


 怖、い……。アタシは恐怖で埋め尽くされた。死という単語が頭の中に浮かぶ。しかし、その頭にもしだいに白い靄がかかっていった。


 頭の中が固まっていく。何も考えられなくなる。大きく拍動していた心臓が……止ま……。


「……鼻がもげそうだ。頭がおかしくなっちまう」


「相変わらずお前は美味そうな匂いだなぁ、アイゼンバーグ」


「私はこの匂い、好きか嫌いかで分ければ嫌いです。頭が熱くなる、喉が渇く、理性が飛びそうになるそそられる匂いだということは認めますが、好きではありません。むしろ嗅ぎたくない匂いですね。軽率な行動はしないようにしてもらいたいです。アイゼンバーグ、青の王。貴方はいささか傷を負うのが多すぎます」


「……お前ら、もうすぐ夜明けだろ。また俺の勝ちだな」


「さぁ、どうだろうなぁ」

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