第13話 Let’s×Eat×Vampire

 足に違和感を覚えてビクッと身体が震えた。何だ、足が……冷たい?


 どうしてだろうと思いながらうっすら目を開けてみた。瞳に映ったものは、色のない手がアタシの足に触れているところだった。それも焼けたような、切ったような傷の近くに。


「ちょっと!」


 アタシは驚いて目を見開き、触れる冷たい手を掴んで離そうとした。しかしアタシが非力すぎるのか、全く動かない。


「何! 何なの!?」


 アイゼンバーグの顔を見ると不気味に笑っていた。いつものニヤリ顔のはずなのに今はかなり不気味に見える。


「ホノカお前、俺の糧になれ」


 白い牙が銀色に光り、背筋がゾクリとした。何それ。


「良い色だな」


「痛っ!」


 アイゼンバーグがアタシの傷を指でなぞった。反射的に足が逃げようと動いたけれどがっしり掴まれていて無理だった。血は止まっているがまだ傷は癒えていないので触れられるとかなり痛い。


 普通触るか? アタシはアイゼンバーグをキッと睨んでやった。しかし彼はアタシの傷口を見たままその不自然に光る瞳を動かさない。


 ちょっと、ちょっとちょっとちょっと! 何その目、何その笑顔、相当怖い!


「ぎゃっ!」


 傷を舐められた!


「不味い」


 アイゼンバーグが苦い顔をする。


「不味いなら舐めるな!!」


 アタシは素早く両手でアイゼンバーグの額を押し、足から離そうとする。それでも全く動かない!


「ひいいっ!」


 更に傷から流れてすでに固まっていた血を舐め取られた! 足がビクつく。おいおいおい! これはあれか!?


「ちょっとやめろ! やめてよ馬鹿!」


 アタシがバタバタ暴れると動きがピタリと止まった。ホッとして彼を押さえつけていた両手を退けようとすると今度はその手を掴まれ、左足をぐいっと引っ張られてアタシは床に倒されてしまった。


 打った背中と頭が痛いとか彼の片手に掴まれて動けない両手が痛いなどと思っている場合ではない! 天井の代わりに見える彼の顔が、瞳が、牙が、怖ろしい!


「傷の治りが遅いんだ。飲ませろ」


 あぁやっぱり吸血鬼特有の吸血本能だ! 最悪だ! どうしてアタシは血なんか流してしまったのだ!


「嫌だ! 絶対嫌だ! 不味いんでしょ!! 離して!」


 吸血鬼に血を吸われるなんてごめんだった。だってアタシも吸血鬼になったらどうしよう! それにすごく怖い! 食べられる恐怖が迫っている生き物の心境が初めて分かった。激しく暴れようと試みるが、いや、もう、全く身体が動かない! コンクリートか何かで固められているのではないかと思うほど手も足も何もかも!


「こういう時のために連れて来たんだ。大人しくしろ」


「そういうことだったの!? 最悪!」


 だからどうでも良いはずのアタシを連れ回していたのか! 己のためだけだったとは何ということだ! アタシはおやつじゃない! もうこんなヤツ嫌だ!


「馬鹿! 離せ!」


「血が足りないんだ。俺の糧になれ」


「嫌!」


 絶対嫌だぁぁぁ! なるべく鋭い眼光でアイゼンバーグの顔を睨むが、全く堪えていない。むしろ彼は面白そうな顔をしてアタシを上から観察しているのだった。


 もう、もう! その綺麗な顔を何十発も殴ってやりたい!


「心配するな。吸うだけにしてやる」


「だけって何!?」


 他にも何か出来るのか!? あぁもう怖ろしいとかを通り越してすごくムカツク!


「暴れると何をするか分からないぞ」


 脅しに屈するなという脳とは裏腹に、身体は藻掻くのを止めてしまった。その一瞬の隙をついてアイゼンバーグは顔を素早く近づけてきて、アタシの首筋に甘い吐息をかけた。首から身体全体に鳥肌が広がる。


「ひぃっ」


 あー! 呼吸などしないみたいなことを言っていたくせに!


「力を抜け」


 甘い声が耳を、全身をくすぐる。それに加えて、甘ったるい香りも。


「や、やめ……!」


 言い切る前に鋭い牙が皮膚を貫く感覚がした。アタシの世界はその瞬間、真っ暗闇に包まれた。

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