第12話 Play×Tag×Vampire
「ホノカ」
アイゼンバーグの穏やかな声に導かれて目を開けると、目の前はパイプだらけの世界に変わっていた。どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
ゆっくりコンクリートの床に下ろされ、ぼうっとした頭で辺りを見渡してみる。両腕でも抱えきれないくらい太いパイプから片手で握れるほどの細いパイプがひしめき合う光景は蜘蛛の巣のようだ。ボイラー室だろうか。
アタシの視界は一周回ってアイゼンバーグのところまで戻ってきた。
「俺の腕の中でよく寝られたな、人間」
ニヤリと笑う、彼の顔。その言葉と表情のおかげでアタシの頭は覚醒した。
「吸血鬼なんて別に怖くないから」
ホントは怖いのだが、吸血鬼である彼の腕の中で眠ってしまったことを考えると恐怖は吸血鬼に対してではないのかもしれない。今も全然恐怖なんて感じていない。少し前までは絶対的な敵だったのにいつの間にかアイゼンバーグは安全、という認識になったのだ。おかしな話だ。
「怖くない、か」
アイゼンバーグはそう呟いた後に
「眠いのなら奴らのいない今のうちに寝ておけ」
と言った。今のうちに寝ておけということはこの先寝られないようになるということか? つまりそれはまだ家に帰れないということであり、危険がまだ続くということだ。
ちょっと待てよ、アタシはいつまでこうしていればいいのだろう。そもそもなぜアイゼンバーグは彼らから逃げなければならないのだろう。
「ねぇ、アイゼンバーグ。どうしてアイゼンバーグはあの人たちに追われているの?」
武装した人に追いかけられるなんてよほどのことが無い限り有り得ない。しかも彼らの雰囲気は尋常ではなかった。しかし。
「ただのゲームだ」
アイゼンバーグの答えは至極簡単なものだった。
「は?」
ゲーム? 信じられない。彼らは剣や銃を持っていて、お兄さんなんて四肢を折られて……。血みどろになったり骨を折ったり、そんな生死の拘わったゲームなんておかしすぎる。頭おかしいんじゃないか? 吸血鬼ってホントに全然訳が分からない。
「俺が日の出まで逃げ切れば俺の勝ち、奴らが俺を捕まえて連れ帰れば奴らの勝ち。俺は今まで負けたことはない」
ニヤリ、アタシの頭の中で音が鳴る。
「アタシそんなのに巻き込まれたの?」
なんだそのデンジャラスな鬼ごっこは。アタシは何てものに巻き込まれてしまったんだ。しかも日の出までとは思いもしなかった。それならアタシは太陽を見るまでアイゼンバーグと共にいなければならないのか?
「アタシはそれまでアイゼンバーグと一緒に?」
「死にたいなら出ていけばいい」
「嫌」
死ぬのはごめんだ。だがアイゼンバーグと共に夜を過ごすのも嫌だった。何と言うか、野生の勘と言い表せそうな直感がアタシの中で警告している。なぜかは分からないが。それでも彼から離れれば殺されてしまう。究極の選択だが仕方がない。少なくともアイゼンバーグといる方が安全な気がする。と思っていると、ふと疑問が浮かんだ。
「吸血鬼って太陽の下に出られるの?」
アイゼンバーグは日の出と言った。アタシの知る限り吸血鬼という存在は太陽を嫌い、もしくは滅されてしまうので夜にしか行動しないはずだ。しかし彼の言葉を汲み取ると日の光も大丈夫だと言うことにならないか?
「あぁ。奴らはな」
奴らは?
「どういうこと?」
「俺は純系吸血鬼だ。血が濃い分、影響は大きく太陽の下には出られない。だがさっきの奴らは、元は人間だ。長く生きていればその分吸血鬼の血は濃くなるが、純系吸血鬼ほどではない。好んで太陽の下に出ない奴は多いが、出られないわけではない」
ふむ。どうやらアタシの頭の中にあった吸血鬼についての知識というものは半分くらい作り話の世界だったようだ。まぁ人間が勝手に作り上げた幻想の生き物なのだから実際と違っているのは当たり前だろうが。
ん? 幻想か? こうして吸血鬼は存在しているんだから実は幻想ではない? ……分からなくなってきた。
「そういえばホノカ、デインのことを知りたがっていたな」
「え?」
デイン、とはあの紫頭のお兄さんのことだな。さっきの濁った赤い瞳のお兄さんを思い出し、少しだけ身体が震えた。しかしアタシはいつあの人のことを知ろうとしたのだろう。自分のことなのに全く記憶にない。眉にしわを寄せて考えているとアイゼンバーグがアタシの変化に気づいてくれて、忘れたのか? と質問してきた。
「彼奴が蝙蝠になった時だ」
「あぁ!」
あのとき! そういえばパニックになっていたところに後で教えてやるとか何とか言われたような気がする。すっかり忘れていた。いや、あのお兄さんがコウモリに変化してみせたことは衝撃的だったので覚えている。もちろん、鮮明に。けれどさっきのあのトランス状態のお兄さんを見た後では若干印象が薄くなってしまっていたのだ。だって、あの濁った瞳は今までの何よりも怖ろしかったんだから。恐怖は何にも勝るということか。
「説明してやろうか?」
「……あー、いいや」
少し考えてから遠慮することにした。知りたくはあるのだが、ここで知って何になるのだという気持ちもあった。タイムリミットが日の出までなら、それ以降はかかわることもないんだろう。なのに知識だけ詰め込むというのは些か変な話だ。
「そうか。なら、寝ろ」
いつの間にかニヤリ顔に命令されている。さっきはよく寝られたな、とか言ったくせになんなんだ。
アイゼンバーグは安全か? いや、決して安全ではないはずだ。とは思ったが、しかしまぁ、彼らがいないことを考えると今はある意味で安全なんだろう。あぁ、脳が麻痺している。
アタシは肺に溜まっていた空気をゆっくり吐き出し、その場に座り込んだ。背中を太いパイプの一つに預ける。すると緊張から解放されたからか今までの疲れがどっと襲ってきて徐々に身体の力が抜けていった。あぁ、眠い。瞼が重い。そういえばあんなに真剣に走ったのは久しぶりだし、彼らへの妙な緊張は初めての感覚だった。
身体が疲れているのも無理はない。彼の言葉に甘えて寝てしまおうか。
アタシは下がる瞼に逆らわず、目を閉じて闇の世界に身体を受け渡す。
しかし、受け渡そうとしたのだが出来なかった、のが現状だった。
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