第11話

 そのあとのページはまっ白だった。

 三月はあふれる涙も構わずページをめくり続けたが、ついに裏表紙まで何も記されていなかった。

 あのあと、ヨシローがどんな気持ちでどんな人生を送ったのか、離れてしまった彼女に知ることはできない。


「全部あたしが勘違いして、何にも知らずに、ひとりにさせちゃったんだ……」


 育児放棄された三月のそばにいてくれたのがヨシローだったのに、三月はそんな彼から去った。自分の意思で。

 悔やんでも悔やみきれない。

 どんなに足掻いても、時間だけは巻き戻すことはできない。


「どうしよう、あたし、あたしっ!」

「三月?」


 遠慮がちにドアが開き、部屋に入ってきたのは三月の父だった。

 少し前から三月を追いかけて、廊下で様子を伺っていたらしい。


「お父さん、あたし、おにーちゃんに大嫌いなんて言っちゃった! あんなに愛してくれたのに、最後の言葉がそんなのってないよ! それにあたしがいれば、おにーちゃんは助かったのに!」

「三月、違うよ、おまえはなにも悪くない」


 父はベッドに腰掛けると、錯乱している娘の肩を強く引き寄せた。


「ヨシローさんはな、おまえに弱っているところを見せたくないって、秘密にしてくれって、婿養子の俺にまで頭を下げてくれたんだ。だからそんなこと言うな。男には最後までカッコつけさせてやってくれ」

「でもそのせいでおにーちゃんは孤独な最期になったんだよ? おにーちゃんが可哀想すぎるよ!!」

「可哀想だなんて、おまえが決めることじゃない」


 たしなめられた三月は体をこわばらせた。

 自分の主張がまた彼を傷つけるのかと、不安になった。

 優輝はそんな娘を抱きしめたまま、ぽんぽんとあやすように肩を叩く。


「可哀想だとかどうとか、決めるのは本人だよ。そしてヨシローさんは、自分が不幸だったとは1ミリも思っていない。もちろんそれは、おまえが離れたあともだ」

「どうしてお父さんがそう言えるの?」

「おまえはまだわからないかもしれないが、愛する人がいる人生は幸せなんだぞ」


 人を愛しく想うとき。

 愛しい人の幸せを心から願うとき。

 誰もが等しく、優しい気持ちでいられる。

 自分の境遇が不満だった三月も、ヨシローと一緒にいるときは母親への恨みなど一度も考えなかった。

 胸を張って言える。

 あの時間が幸せだった。

 大好きだったと。


「そんなのぉ、知ってるに決まってるじゃあん」

「そうか。だったら泣いている場合じゃないな、三月。ヨシローさんのために、おまえにしかできないことがある。よく聞きなさい」


 胸の中で泣きじゃくるまだまだ幼い娘へ。父は優しく言葉を続けた。





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