第12話

 とある晴れた日曜日、三月は掃除のために父親と屋敷を訪れていた。


 あの後、遺産を求める実子たちに見せたヨシローの通帳残高はわずか3桁だった。

「宵越しの金は持たない」と言っていた通り、生活費を除いた預金は全て寄付し、余らないように端数は下手なギャンブルで使い切っていた。

 薄情な身内に一銭だって残してやるものか。

 そんな強い意志が感じられる。


 ちなみに遺言書は封がなかったためそもそも無効だが、中には「ハズレ」と書かれた紙が1枚だけ入っていて、美桜をブチ切れさせていた。


 ただ一つ残った深川の屋敷という資産は、美桜とは離縁したがヨシローと養子縁組をしていた優輝が相続することになった。

 母と叔父は最初こそ渋っていたが、古い屋敷は売っても二束三文、継いでも税金でマイナスになることを知り、相当の配当金を優輝から受け取ることで話がついた。


『おにーちゃんのことを、覚えておく? そんな当たり前なことでいいの?』

『ああ。誰かが覚えている限り、魂は永遠に生きていられる。そんな相手と出会うために人生を紡ぐのなら、ヨシローさんはなかなかに上々じゃないかな?』


 あのとき、父親が言った「三月にしかできないこと」は、彼女にとって当然のことだった。

 だけどそれが、どれだけ大事なことなのか。

 遺産に血眼になっていた母と叔父を目の当たりにすれば、しっくりと腹落ちした。

 この人たちは死んだとき、悲しむ人はいるのだろうか。知らんけど。



 庭の焚き火に、三月はぽいぽいと紙を破っては放り込んでいた。

 炎は、古い写真や幼い子どもが描いた絵などを容赦なく飲み込んでいく。

 目先の愉悦のために実家を手放したあいつらが、自分たちの生きた軌跡をなくしたことにいつか遠い未来に気づいて、少しでも後悔すればいいのにな……という私怨しえんで、蔵で見つけた思い出グッズは絶賛焼却中。事実、自分には必要ないし。


 でもおそらくああいった手合いは、金にならない思い出の価値は低いだろうから、ダメージを与えられるとは期待していないが。

 ただ、自分がスッキリするかどうか。そういった嫌がらせである。


「ねえあたし、ルービックキューブのセンスないから、できるようになるくらいには孫がいそうだよ……。でも、それくらいがちょうどいいのかな」


 自分は自分で、あの人が生きた軌跡を繋いでいこう。


――この古い屋敷にはね、昔、とっても面白くてクズな男が住んでいたんだよ。


 三月は青空へと昇っていく煙に微笑みかけた。愛おしそうに。いつまでも。




 

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